第178話.銀の魔女……か
メリアノ平原の決戦は、味方の完全勝利に終わった。
戦闘の後処理を行ってから、俺と同盟の軍隊は一旦臨時要塞に帰還した。もう急ぐ必要すらない。敵軍は修復不可能な被害を受けてしまったのだ。
臨時要塞では素朴な戦勝パーティーが開かれた。兵士たちはお酒や果物などを手に持って、焚き火の周りに三々五々集まった。
「その時、矢が俺の顔面の前を通ったんだよ!」
「お前ってやつは本当に運がいいな」
話し合ったり、歌を歌ったり、一緒に笑ったりと……兵士たちはパーティーを楽しむ。地獄のような戦場から生還した彼らには、素朴なパーティーも楽しすぎるわけだ。
俺も『レッドの組織』のみんなと一緒に天幕に座って、深夜まで話した。
「こんなに活躍したから、もう女の子に好かれるのは確定ですよ!」
ゲッリトが笑顔で言うと、ジョージが首を横に振る。
「そんな考えばかりしているから好かれないんだよな」
「何だと……!?」
ゲッリトが激昂する。
「図体ばかりデカくて、女の子に話しかけることもできないくせに!」
「うっ……!」
ジョージが衝撃を受ける。
「お、俺は運命の人が現れるまで待っているだけだからな!」
「いつまで待つんだ? 来世までか?」
「こいつ……!」
ジョージとゲッリトが互いの胸ぐらを掴む。子供か。
そんなくだらないやり取りをしているうちに、いつの間にかみんな眠ってしまった。お酒の飲みすぎだ。まだ起きているのは、お酒を飲まない俺とレイモンだけだ。
「ボス、シェラさんは?」
「シェラはカレンと一緒にいるよ。今夜は女同士で話したいらしい」
「そうですか」
レイモンが頷いた。俺は笑顔で彼を見つめた。
「これでしばらく戦争はないだろう。南の都市に行って、エリザさんの出産に立ち会わないと」
「ありがとうございます」
外交や内政が落ち着いたら少し余裕ができる。できるだけ仲間たちと一緒に過ごしたい。
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翌日の朝……自分の天幕に戻ったら、シェラが寝ているのが見えた。
「レッド……?」
シェラが目を覚ました。俺は彼女の傍に座った。
「お前、カレンと一緒なんじゃなかったのか?」
「……来るの遅いわよ」
シェラは俺の手を掴んだまま目を閉じる。俺も彼女の傍で横になった。
「ずっと待っていたんだからね」
「すまない」
俺は苦笑した。
しばらくシェラと一緒に睡眠を取ってから、木製浴槽で簡単に洗った。今日はアップトン女伯爵と今後の方針について話すことになっている。
「失礼いたいます」
ふと天幕の外から声が聞こえてきた。外に出ると頭の良さそうな女性が見えた。アップトン女伯爵の副官であるトリシアだ。
「女伯爵様がお待ちしております」
「分かった。すぐ行くよ」
俺は天幕に戻り、革鎧を着て外出する支度をした。
「……レッド」
シェラが上半身を起こして俺を見つめる。
「どこ行くの?」
「今後のことについて、アップトン女伯爵と話してくる」
「またあの女伯爵か。レッドのお気に入りだね」
「違う」
俺は笑ってしまった。
「アップトン女伯爵は同盟の最高指揮官だ。この戦争を終結するためには、彼女の同意が必要だ」
「はいはい、立派な言い訳ですね」
「だから違うって」
俺はもう1度笑ってから、シェラの額にキスした。
「じゃ、行って来るよ」
「早く戻ってきてね」
「ああ」
俺は天幕から出て臨時要塞の中央に向かった。
青空の下でゆっくり歩いていると、アップトン女伯爵の兵士たちが俺を見つめた。彼らの視線には敬意と尊敬、そして恐怖が込められていた。みんなあの日の光景を……『覇王の姿』を忘れられないのだ。
やがて俺は1番大きい天幕に入った。天幕の中にはアップトン女伯爵が1人でテーブルに座っていた。
「待たせたな」
俺は彼女の向こう側に座った。
アップトン女伯爵は相変わらず無表情だ。もう『銀の魔女』というより『銀の彫刻』だ。
「今朝」
美しい彫刻が口を開く。
「カーディア女伯爵から手紙が届いた」
「どういう手紙だ?」
「『貴女の支配権を認める。これ以上の戦争は無意味だ』……という内容だ」
「なるほどね」
俺は頷いた。それは事実上の降伏宣言だ。
こちらがメリアノ平原を制圧した今……カーディア女伯爵の領地はバラバラに分断されて、無防備もいいところだ。いくら『金の魔女』だとしても、もう攻勢に出ることは無理になったのだ。被害が大きくなる前に、戦争を辞めるのが賢明だ。
「でもただで降伏を受け入れるわけにはいかないだろう」
「ああ」
俺の言葉にアップトン女伯爵が頷く。
「カーディア女伯爵には領地の一部と戦争賠償金を支払ってもらう」
「そうだな」
妥当な線だ。
何しろカーディア女伯爵の領地を完全に奪うことは無理だ。『金の魔女』の領地は広すぎて、たとえ奪っても維持が困難だし……名分もない。領民たちも反発するだろう。
ならいっそお金をありったけ奪い取った方がいい。
「俺は賛成だ。これ以上の戦争は……こちらとしても無益だ。『金の魔女』からお金をありったけ奪い取って、ただの魔女にしてやろうじゃないか」
「……やはり少し意外だな」
アップトン女伯爵が俺の顔を眺める。
「其方は……もっと血を欲しがると思っていたのに」
「だから俺を何だと思っているんだ?」
つい苦笑してしまった。
「見た目がこんなんだからって、俺が人間の血を主食にしているとでも思っているのか?」
「違うのか?」
「へっ」
俺はもう1度笑った。
「俺は戦いが好きだ。それは否定しないさ。でも無益な戦争は望みではない」
「……よかろう」
アップトン女伯爵が小さく頷く。
「戦争賠償金は、其方と私で2等分しよう」
「ああ、分かった」
俺は快く頷いた。
「……随分あっさり答えるんだな」
アップトン女伯爵が目を細める。
「やっぱり其方の本当の目的は……領地やお金ではない」
「俺の……本当の目的?」
「ああ」
アップトン女伯爵の美しい顔が、更に冷たくなる。
「『自分の力を証明して、世に認められる』……それが其方の本当の目的だ。そして其方が領地やお金に欲を出さないのは、先日の戦いでその目的が果たされたからだ。違うか?」
俺は少し驚いた。この女は……俺の野心に気付いている。
「否定しないのか? じゃ、もう1つ聞こう。世に力を認められた其方は……これから何をするつもりだ?」
「へっ」
俺は笑った。答えられないからだ。
アップトン女伯爵は俺の同盟だ。だがこの美しい『銀の魔女』は……大貴族の1人でもある。俺の目標がこの王国の滅亡だと知ったら……一体どんな反応を見せるんだろうか。
沈黙が流れた。俺もアップトン女伯爵も何も言わなかった。
「……俺は」
ふと俺が口を開いた。
「俺は……俺が背負っている人々のための王国を作りたい」
「……背負っている人々のため? 空想の話だな」
アップトン女伯爵の無表情が嘲笑に変わる。
「15歳で女伯爵の爵位を継承した私が、最初に学んだ教訓は……『誰も信じるな』だった」
彼女の声は凍りつくほど冷たい。
「親戚から何度も暗殺されかけた後、私はただ自分自身のために生きてきた。だから今まで生き延びることができたのだ」
「そうか」
「其方の話は空想に過ぎない。もっと冷静な人間だと思っていたのに……失望した」
その言葉に俺はゆっくりと頷いた。
「なるほど……だからあんたは不安だったんだな」
アップトン女伯爵の顔が強張る。
「誰も信じられず、頭のどこかではずっと疑っている。だから『心の支えになってくれる大事な人』もいなくて……ずっと不安だったんだ」
「其方、一体何が言いたい?」
アップトン女伯爵が俺を睨みつけてきた。俺はそんな彼女を直視した。
「あんたも……俺が背負ってやる」
「何?」
「あんたが俺を裏切らない限り、俺もあんたを裏切らない。約束する」
またしばらく沈黙が流れてから、アップトン女伯爵が口を開く。
「……そんな言葉を信じろと?」
「自慢ではないが、俺は今まで約束したことは全部守ってきた。叩き潰すと宣言したら本当に叩き潰して、信頼すると言ったら本当に信頼した」
「愚かな行為だな」
アップトン女伯爵が首を横に振る。
「指導者たる者、嘘は基本中の基本だ。そんなことも知らないのか?」
「知っているさ。しかし愚かだからこそ……価値がある」
俺は腕を組んだ。
「そもそも俺には利口な生き方などできない。でも俺が愚かに生きてきたからこそ、周りの人々は俺を信頼してくれた」
「綺麗なことを……」
「別に綺麗ではないさ」
俺は首を横に振った。
「俺は別に完璧な人間ではないし、正義の味方でもない。俺が周りの人々を信頼しているのは……俺が頂点に立つためでもある」
「頂点だと……?」
「ああ、そうだ」
俺は笑った。
「背負っている人々のための王国を作るためにも、そして俺の欲望のためにも……俺は頂点に立つ。それが俺の究極の目標だ」
「自分自身が何を言っているのか、理解しているのか?」
「もちろんさ」
俺とアップトン女伯爵は互いを見つめた。そして数秒後、彼女の方から視線を逸らす。
「……できない」
アップトン女伯爵が小さな声で言った。
「そんな言葉を信じるなんて……私にはできない」
「ならそれでいいさ」
俺は席から立ち上がった。
「別に強要するつもりはない。あんたが何を信じようが、あんたの自由だ。ただし……」
俺は天幕の入り口へと足を運びながら話を続けた。
「もしあんたが俺の前に立ち塞がるのなら……その時は全力であんたを潰す」
アップトン女伯爵は何も言わなかった。俺はそのまま天幕から出た。




