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第176話.絶好の時を……

 7月19日の朝……俺は指揮官用の天幕で、側近たちと一緒にテーブルに座っていた。


 俺たちは作戦について話し合った。主に騎兵と歩兵の連携についてだ。


「歩兵部隊は迅速に突撃する。しかし目先の敵軍に囚われる必要はない。大事なのは……」


 俺が発言していた時だった。1人の兵士が急ぎ足で天幕に入ってきた。偵察兵だ。


「報告いたします!」


 偵察兵が緊迫した声で報告を上げる。


「敵軍が進軍を開始しました! こちらへ向かってきています!」


 その報告を聞いて、側近たちの顔に緊張が走る。


「レッドの言った通りだね」


 傍からシェラが言った。


「敵軍がもうすぐ来るって言ったよね」


「ああ、敵軍も最適のタイミングを知っているのさ」


 俺は顎に手を当てて話した。


「雨は止んだけど、まだ地面は濡れている。つまり『戦闘は可能だが、騎兵は動きにくい状態』なわけだ」


「去年のケント伯爵との戦いを思い出しますね」


 巨漢のジョージが言った。俺は頷いた。


「あの時は敵の騎兵を封じるために水攻めを仕掛けた。しかし今は……敵がこちらの騎兵を警戒し、このタイミングで戦いを挑んできた」


「やっぱりやつらも怖いんでしょう。ボスの率いる騎兵隊が」


 ゲッリトが明るい声で言った。


「そんなに怖いんなら、いっそ逃げてくれればいいんですけどね」


 ゲッリトの言葉に、俺はつい笑った。


「ま、敵も必死なのさ。そう簡単には諦めないだろう」


 側近たちの顔を見渡しながら、俺は話を続けた。


「危機に陥って、敵は逆に団結している。人間の底力だ。俺たちはそれを粉砕して……力を示さなければならない」


 俺は席から立った。


「ただ勝利するだけでは足りない。俺たちの存在を……この王国の全ての人間に教えてやれ。『赤竜の旗』の恐ろしさを……敵に教えてやれ」


 側近たちは片膝を折り、口を揃えて「はっ!」と答えた。


---


 晴れた空の下で……臨時要塞が騒めき始める。


「急げ! 急げ!」


「もたもたするな!」


 士官たちが額に青筋を立てて叫ぶ。それで兵士たちは急いで装備に身に付けたり、物資を運んだりする。これから彼らはこの要塞から出陣して……敵軍との決戦に挑まなければならない。


 やがて兵士たちは各々の部隊に集まり、隊列を組む。それで出陣準備が終わる。


「全軍」


 本隊の真ん中で、軍馬に乗っている美人が口を開く。総指揮官であるアップトン女伯爵だ。


「進軍を開始せよ!」


 『銀の魔女』の号令に従い……1万の兵力が歩き出す。目的地は『メリアノ平原』の中央部だ。


 1万の人間が隊列を整えて歩く光景は、なかなか壮観だ。梅雨の直後の日差しが暑いけど、戦場に慣れた兵士たちは勢いを落とさない。


 敵の総指揮官……つまり『金の魔女』カーディア女伯爵もまた、1万の兵力を率いて平原の中央に向かっている。2人の魔女の長い戦いも、これでいよいよ最後なのだ。


 俺はケールに乗ってゆっくりと進んだ。俺の後ろには3500の兵士が『赤竜の旗』を掲げて歩いている。今まで鍛え上げてきた『俺の軍隊』だ。


 俺の軍隊は同盟軍の右側面を担当している。中央はもちろんアップトン女伯爵の本隊で、左側面はグレン男爵とハリス男爵の軍隊だ。


 このまま進めば、ちょうど正午に敵と遭遇する。俺は頭の中で戦闘の様相を描いてみた。


「ボス」


 ふと声が聞こえてきた。レイモンの声だ。


 『レッドの組織』の6人が軍馬に乗り、俺の左右に集まっていた。彼らの顔は戦意に満ちている。


「先鋒は僕たちにお任せください」


 レイモンが静かな声で言った。俺が笑顔で首を横に振った。


「お前たちの役目は先鋒ではない。切り札だ」


「切り札……ですか?」


「ああ」


 俺は6人の顔を眺めた。


「戦闘が始まったら、俺たちは敵の左側面部隊と交戦することになる。しかし敵の左側面部隊は……決して勝負を急がない。むしろ時間を稼ごうとするはずだ」


 6人は俺の声に耳を傾ける。


「『敵の強いところを避けて、弱いところを叩く』……それが戦術の基本だ。つまり敵は俺たちとの勝負を避けて、比較的に弱いグレン男爵とハリス男爵の軍隊を攻撃するはずだ」


「では、僕たちの役目は……味方を助けに行くことですか?」


 レイモンの言葉に、俺は頷いた。


「その通りだ。もしグレン男爵とハリス男爵の軍隊が敗走したら、本隊の側面が露出されてしまう。そうなる前に俺とお前たちが戦場を突破して……味方の救援に行く」


「……かしこまりました」


 6人の気迫が更に強くなる。


 いつもながら、危険極まりない役目だ。しかし俺とこいつらなら……できる。数万人が戦う戦場を……俺たちの力でねじ伏せてやる!


 決戦の時が近くなるほど、俺たち7人の気迫は強くなっていった。


---


 太陽が空高く昇って、広い平原を照らしている。正午だ。


 兵士たちは携帯食料で食事を済ませてから、更に進んだ。すると地平線の向こうから、数えきれないほどの人影が現れた。


「敵だ……」


 兵士の誰かが呟いた。


 緊張が全軍に広がる。味方も多いけど、敵も多い。これほどの大規模の戦闘は……なかなか経験できないことだろう。


 もうすぐ計り知れない殺戮が始まる。死体の山が出来上がり、血の川が流れるだろう。兵士たちはその光景を想像し、圧倒されそうになる。


 しかし圧倒されてはならない。覚悟を決めて、闘志に身を任せて、自分たちもその殺戮に参加しなければならない。


 ケールが低い鳴き声を上げる。この真っ黒な純血軍馬は、緊張するどころかむしろ喜んでいる。もっと大きな戦場で、もっと多くの人間に自分の力を示すことができて……喜んでいる。その気持ちは……俺もまったく同じだ!


「戦闘開始の合図です!」


 俺の隣から兵士が叫んだ。


「本隊から戦闘開始の合図が来ました!」


「よし」


 俺はゆっくりと手を上げた。


「全軍、前進」


 俺の軍隊が敵に向かって前進し始める。同盟の軍隊も、敵軍も同時に動き出す。数万の人間が生死の分かれ道に向かって進む。


 点に見える敵軍の顔が、どんどん近くなる。そして敵意に満ちた表情すらはっきりと見えた時……角笛の音が鳴り響く。その低い音が兵士たち心から迷いを消す。


「射撃開始!」


「射撃を開始せよ!」


 最初の一手は射撃だ。弓兵部隊の士官たちが合図を送ると、1千を超える弓兵が一斉に矢を放つ。青い空が一瞬暗くなり、矢の雨が両軍に降りかかる。


 歩兵たちは大きな盾で身を守りながら、少しずつ進む。あちこちで悲鳴が上がるが、それでも兵士たちは足を止めない。


 そして両軍の距離が十分に近くなった時……もう1度角笛の音が鳴り響く。突撃の合図だ。


「突撃ぃ!」


「うおおおお!」


 数万の人間が鬨の声を上げる。その轟音は天地を揺るがし、人間の心を狂わせる。


「殺せ! 殺せ!」


「敵を蹴散らせ!」


 両軍は互いに向かって突撃し、やがて衝突する。兵士たちの武器が真っ赤に染まり、返り血が空中に飛び散る。


 激しい足音、鉄と鉄がぶつかる音、雄叫び、悲鳴……戦争の音が響き渡る。味方の兵士が剣で敵を刺し殺した直後、他の敵が斧を振るってその兵士を殺す。


 たった数分の接戦で、メリアノ平原は血の匂いに満ちる。兵士たちの怒りと恐怖、生への執念と絶望の声が交差する。そんな地獄を目の前にして……俺は冷静に状況を見極める。


 ケールが首を振る。『早く戦おう』という意味だ。しかしまだだ。まだ切り札を出す時ではない。


 俺は拳を握りしめた。俺だって早く戦いたい。でも待たなければならない。俺の力を世に示す、絶好の時を!


 そして更に数分後……ほんの少しだけど、戦況が変わる。正面の敵が俺の軍隊に押されて、少しだけ後退したのだ。


「今だ……」


 俺は本能的に感じ取った。この瞬間を逃してはいけないと!


「レイモン」


「はっ!」


「俺に続け」


「はっ!」


 俺と『レッドの組織』の6人、そして数十の精鋭騎兵隊は……地獄のような戦場に向かって走り出した。

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