第173話.一緒に戦う
偵察から2日後の夜……俺は側近たちを呼び集めた。
カレン、シェラ、そして『レッドの組織』の組織員たち……計8人が指揮官用の天幕に天幕に集まり、俺を見つめる。
「もう説明した通り……数時間後、敵の野営地を夜襲する」
俺はみんなの顔を見渡しながら説明を始めた。
「作戦の目標は簡単だ。夜明けが来る前に敵を一掃し、山脈を渡る道を確保すればいい」
側近たちの顔は強い意思に満ちていた。
「我々は本隊と別働隊の2手に分かれる。カールトン、ゲッリト、エイブ、リック……そしてシェラは別働隊だ。別働隊は俺と一緒に崖を登って、敵を側面から叩く」
別働隊の5人が一斉に「はっ!」と答えた。シェラの顔は緊張で強張っていた。
「カレン、レイモン、ジョージは本隊だ。本隊は別働隊の襲撃が成功してから部隊を進軍させ、敵を正面から叩け」
カレン、レイモン、ジョージも口を揃えて「はっ!」と答えた。
「12時が過ぎたら作戦開始だ。それまで休んでおけ。以上、解散だ」
側近たちが天幕から出た。たった1人……シェラを除いて。
俺はシェラに近づいて、彼女の頭を撫でた。
「シェラ」
「うん」
「いつもありがとう」
「何よ、いきなり」
シェラが笑う。
「ま、レッドは私がいないと駄目だからね」
「ああ、まったくだ」
俺も笑った。そして手を伸ばし、シェラを抱きしめた。
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12時が過ぎて、俺たちは作戦を開始した。
俺とシェラ、カールトン、ゲッリト、エイブ、リックの6人は軽い革鎧を着て、ランタンや短剣などを装備し……夜の山道を進んだ。
今夜は月が雲に隠れて、結構暗い。途中まではランタンの光に頼ればいいけど……崖に着いたら、敵にバレないようにランタンを消さなければならない。前もって地形を探索しておいたから問題はないが、慎重に動くべきだ。
俺たちは沈黙の中で歩き続けた。今夜は何故か夏虫の鳴き声もあまり聞こえてこなくて、周りは本当に静寂だ。6人の足音だけが響く。
進めば進むほど山道が険しくなり、歩きづらい。だが別働隊の6人は……全員優れた身体能力を持っている。この程度では疲れない。
やがて数時間後、例の崖に辿り着いた。俺たちはランタンの光を消して、崖を登り始めた。
レイモンとジョージを別働隊として選ばなかったのは、この崖のせいだ。レイモンはまだ足を引きずっているから崖を登るのは無理だ。巨漢のジョージは、崖を登れるけど時間がかかるだろう。
数時間も移動して、高い崖を登って、敵を奇襲する。危険かつ困難な任務だ。しかし俺が選んだ5人なら……『信頼』できる。
唯一の気がかりは……シェラだ。シェラの能力に問題があるわけではないが、今回は彼女も敵と直接戦わなければならない。つまり……。
「……これから敵の野営地に接近する」
崖を登り切った後、俺は他の5人に話した。
「俺が合図するまで交戦するな」
5人が無言で頷いた。
俺たちは音を立てずに進んだ。もうランタンの光もないし、数メートル先も見えないほど暗い。でも先日の偵察で、ここら辺の地形は頭の中に入っている。
足下に注意しながら30分くらい歩いた時だった。向こうからランタンの光が見えた。2人の敵兵士が今夜も見回りをしているのだ。
先日と違って、今夜はこいつらを生かして返す必要がない。俺はカールトンとゲッリトに奇襲を指示した。
「っ……!?」
敵兵士が短い悲鳴を上げる。暗闇からいきなり筋肉質の男たちが現れたんだから、驚くのも当然だ。そして敵兵士たちが何か行動を取る前に……カールトンとゲッリトがやつらの首に短剣を差し込む。
「よくやった」
俺は満足気に頷いた。
「エイブとリックは敵兵士の服を着ろ」
使えるものは使ってやる。エイブとリックは革鎧の上に敵兵士の服を着て、兜を被った。こんな暗い夜なら、なかなか区別できないだろう。
俺たちは少し速度を上げて道を進んだ。もう敵の見回りを心配する必要がないのだ。
「あれだ」
数分後……木造の壁が視野に入ってきた。壁の中には多数の焚き火と天幕がある。敵の野営地だ。
敵は崖の下に野営地を作って、狭い道路を完全に封鎖している。やつらの数はたった500くらいだが……地形のせいでいくら大軍があっても攻撃が困難だ。
「エイブ、リック」
俺は敵兵士に変装した2人を呼んだ。
「お前たちは敵の野営地を潜入し、火事を起こして混乱させろ。俺が突入したら敵の服を捨てて合流するように」
エイブとリックが「はい」と静かに答えた。
2人はランタンを手にして敵の野営地に近づいた。敵からすれば、見回りから帰還した味方に見えるだろう。
残りは近くの茂みに身を隠して機会を待った。俺は隠密行動は苦手だが……こういう奇襲は嫌いではない。
やがてエイブとリックが敵野営地の入り口まで近づいた。すると入り口を守っていた敵兵士が彼らに話しかける。
「おい、もう戻ってきたのか? 流石に早すぎるだろう」
エイブとリックはその言葉に答える代わりに……電光石火の如く剣を抜いて、一瞬で敵兵士たちを斬り捨てる。そしてすかさず死体を物陰に隠し、敵の野営地に侵入する。
「やるな」
俺は素直に感嘆した。結構難しい任務なのに、2人は難なく成功した。
更に数分後……敵の野営地が騒めき始める。
「おい、これはどういうことだ!?」
「か、火事だ!」
予定通りエイブとリックが火事を起こしたのだ。いよいよ頃合いだ。
「これから突入する。俺に続け」
カールトン、ゲッリト、シェラが頷いた。俺は茂みから飛び出て、敵の野営地に向かって走った。
「あ……!?」
入り口の近くにいた敵兵士が、俺の姿を見て目を見開く。俺は全速力で突進し、やつの顔面に拳を入れた。その一撃で敵兵士は頭蓋骨が砕かれる。
「敵が現れた……!」
仲間が倒れるのを見て、他の敵兵士たちが声を上げる。俺は倒れたやつの腰から剣を取り上げ、向かってくる敵に振るった。
「ぐおおおお!」
今夜は戦鎚『レッドドラゴン』も大剣もない。おかげで殲滅力が少し低下しているが……この程度の敵なら問題ない!
敵の首を斬り飛ばすと、真っ赤な血が曲線を描きながら飛び散る。次の敵の首筋に剣を差し込み、やつが持っていた斧を奪い取る。
「ぬおおおお!」
即座に斧を投げると、俺を狙っていた弓兵の頭が両断される。
俺は敵の野営地のど真ん中で暴れまくった。そうしているうちに、雲の中から月が出てきた。
「あ、あ、赤い化け物だ……! やつが来た!」
敵兵士たちが恐怖に満ちた声で叫ぶ。月明かりのおかげで、俺の肌色がはっきり見えたのだ。
「まとめて……かかってきやがれぇ!」
敵の恐怖が俺を滾らせる。眼前の敵の心臓を剣で貫き、その体を盾にして突進する。3人の敵が俺の前に立ち塞がるが、次の瞬間、まるで馬車に跳ねられたかのようにぶっ飛ばされる。
「でいやああっ!」
ゲッリトの気合の声が聞こえてきた。俺の部下たちも暴れているのだ。俺は周りの敵を一掃してから状況を確認した。
カールトンとゲッリトは敵から奪った斧を両手に持ち、大胆かつ無慈悲に戦っている。数倍の敵に迷いなく突進し、瞬く間に死体を積み上げる。まるで獲物を前にした猛獣たちだ。
エイブとリックは機敏に動いて、主に弓兵を倒している。短剣を投げてから長剣で奇襲し、敵に被害を与えて離脱する。カールトンとゲッリトが猛獣なら、この2人は猛禽だ。
そしてシェラは……エイブとリックの近くで戦っている。彼女の剣術はカレンから授けられたものだが、攻撃的なカレンとは違って守備的だ。
俺は敵を倒しながら走り、シェラに近づいた。
「レッド!」
シェラが強張った顔で俺を呼んだ。彼女の剣には血が付いていた。
「シェラ、俺に続け! 一緒に敵を迎え撃つ!」
「うん!」
俺とシェラは一緒に走り、一緒に戦った。集まってくる敵を斬り捨て、一緒に戦場の真ん中で暴れた。
「うおおおおお!」
「突撃せよ!」
いきなり大きな鬨の声が聞こえてきた。カレンの率いる本隊が攻撃を開始したのだ。
本来なら、狭い山道に陣取っている敵を一掃するのは難しい。だが敵は我々別働隊の夜襲によって混乱に陥り、あっけなく防御線が突破される。
「怯むな! 怯むな!」
野営地の西側で、華麗な鎧を着ている男が叫んだ。敵の指揮官に違いない。俺はシェラと一緒に戦いながらそいつに近づいた。
「赤い化け物……!」
敵指揮官の目に殺気がこもる。こんな状況なのに、まだ抵抗するつもりのようだ。
「死ねぇ……!」
勇敢な敵指揮官は剣を抜いて、俺にかかってきた。しかしその動きは……俺にはまるで止まっているかのように遅く見える。
敵指揮官の攻撃が俺の体に届く直前、俺は一歩動いた。それでやつはバランスを崩してしまう。その隙を逃さず剣を振るうと、敵指揮官は血を流して絶命する。
「うわあああっ!?」
指揮官が倒れると、敵兵士たちは総崩れになる。もうこれ以上攻撃する必要もない。我々の勝利だ。
「シェラ」
俺はシェラの方を振り向いた。彼女は長剣を両手で握りしめて、荒い息遣いをしている。
「シェラ」
「私は……大丈夫」
シェラはやっと剣を納めた。
シェラの革鎧のあちこちには血がついている。しかしそれは彼女の血ではない。
「ボス!」
カールトン、ゲッリト、エイブ、リックが俺の前に集まった。全員血まみれだ。
「みんな、よくやった。期待以上の働きだ」
俺はみんなの活躍を褒めてから、彼らを率いて本隊に帰還した。




