第17話.ジンクスなどに負ける俺ではない
「今日も素晴らしい試合でした!」
試合が終わって2階に上がると、トムが明るい顔でタオルと水を渡してくれた。
「これで9連勝ですね! 流石レッドさんです!」
「ありがとう、トム」
9連勝……もうそんなに戦ったのか。まあ、格闘場で戦い始めてからもう3ヶ月くらい経ったからな。
しかしよく考えてみれば相当厳しい日程だった。他の選手たちは、試合の傷や疲労を回復するために何ヶ月も休憩する場合もある。しかし俺は大体10日に1回は戦ったわけだ。
「今日の報酬は、ボスが直接渡したいそうです」
「そうか。分かった」
俺はトムにタオルとコップを返して、2階の奥の部屋に入った。まるで貴族の居所みたいに華麗な部屋……そこであの男が俺を待っていた。
「レッドさん」
ロベルトはゆっくりと席から立って俺に挨拶した。犯罪組織のボスとは思えない優雅な身のこなしだ。
「今日もお見事でした。レッドさんの試合にはいつも感心しています」
「ありがとう」
「こちらが今回の報酬です」
俺はロベルトから硬貨の入った革袋を受け取った。結構なお金だ。格闘場の選手たちが命かけて戦うのも頷ける。
「ところで……レッドさんと静かに話がしたいんですが、時間は大丈夫でしょうか」
「問題ない」
ロベルトは部屋の中の部下たちに目配せした。すると部下たちが部屋から出ていった。一体何の話をするつもりなんだろう?
俺とロベルトは窓辺に近づいた。窓を通じて夜の都市の光が見える。アイリンにも見せてやりたい風景だ。
「……今日の勝利で、レッドさんは9連勝ですね」
ふとロベルトが話を始めた。
「こんなに短期間で9連勝……本当に17歳とは信じられない強さです」
「褒め言葉はいい。本論に入ってくれ」
「分かりました」
ロベルトが微かに笑う。
「実は……この格闘場には『10連勝のジンクス』がありましてね」
「10連勝のジンクス? 何だ、それ」
俺は眉をひそめた。
「格闘場の選手たちは強者ばかりだから、10連勝は至難の業です。私はこの格闘場を20年近く運営していますが、10連勝した選手は6人だけです」
20年の間、6人だけ……確かに少ない数だ。
「ところが、その6人のほとんどは……10連勝を記録した直後、不幸な事故に遭いました」
「事故って……」
「ひどく酔いつぶれた状態で海に飛び込み、そのまま溺死したり……大通りで馬車に轢かれたり……そんな不幸な事故です」
「なるほど、それが『10連勝のジンクス』か」
話が見えてきた。
「つまり10連勝をした時点から、誰かに狙われるわけだな?」
俺の質問にロベルトは笑顔を見せた。
「格闘場の試合を楽しんでいるのは、表の観客たちだけではありません。見えないところで試合を楽しんでいる人たちもいます。ちょっと力のある人たち……ですね」
表の観客たちとは別に、裏で博打をしているやつらがいるのか。たぶん……他の組織のボスたちなんだろう。
「その人たちは試合の勝敗に敏感でしてね。10連勝するほど強すぎる選手が現れると、その人たちから嫌われるわけです」
なるほど、特定の選手が強すぎると博打が成立しにくいから……犯罪組織の手によって『不幸な事故に遭わされる』わけだ。
「話は分かった。知らせてくれてありがとう」
「いいえ」
ロベルトが優雅に笑った。
「自分はレッドさんに期待しています。何しろレッドさんはあの鼠の爺さんの弟子ですからね」
俺とロベルトの視線が交差した。
「10連勝した6人の中で、不幸な事故にも屈せず勝ち続けた選手がたった一人います」
「それが……鼠の爺か」
「はい」
ロベルトがゆっくり頷いた。
「まあ、30連勝した時点から、誰も爺さんの相手をしようとしなかったせいで……仕方なく引退してしまったんですがね。それももう15年くらい前のことですね」
「なるほど」
俺も頷いた。
「その弟子のレッドさんも、どうか『10連勝のジンクス』に負けないでください」
「ああ」
爺は俺に『格闘場で1年以上生き残れ』と言った。その言葉の隠れた意味をついに理解した俺は、拳を強く握りしめた。




