第170話.指導者の責任
『赤竜』の旗を掲げて……俺たちは北進を続けた。
100人という小規模の部隊だから、進軍は割と早い。このまま順調に行けば7月には同盟の軍隊と合流できるだろう。
夜になって、俺たちは小さな湖の近くに野営地を作った。水の確保はいつも必須だが、蒸し暑い夏には特に大事だ。
天幕を張って、焚き火に火をつけて、大きな鍋で水を沸かし、食糧を配る。もう見慣れた光景だ。
夕食の後は交代で体を洗う。兵士にとって清潔の維持は義務だ。病にかかったら戦えなくなるからだ。こういう『戦闘外での管理』を疎かにしてはいけない。
ふと歌声が聞こえてきた。振り向いたら……エイブが焚き火の近くで歌を歌っていた。兵士たちはそんなエイブの周りに座って、歌に耳を傾けている。
エイブは昔から歌が上手い。流石に吟遊詩人見習いのタリアには一歩譲るけど、人々を感動させるほどの歌の実力を持っている。
「だから待っていてくれ……俺の帰還を……」
エイブの歌声が野営地に響いた。戦場に出ている兵士が、故郷の家族や恋人に送る歌だ。周りの兵士たちの一部は、もう涙を流している。
俺はしばらく歌を聞いてから、俺の天幕に向かって足を運んだ。その時、少し妙な光景を目にした。
「ん?」
1人の男が野営地の外側に立って、月を見上げている。その男は……。
「カールトン?」
その男はいつも無口で目立たないカールトンだった。俺は少し疑問を感じて彼に近づいた。
「ボス」
カールトンが俺を振り向く。俺は彼の顔を見つめた。
「ここで何してるんだ?」
「少し……考え事をしていました」
カールトンが小さな声で答えた。
「考え事?」
「はい」
しばらく沈黙した後、カールトンはまた口を開く。
「……ボスは、魂の存在を信じていらっしゃいますか?」
「魂の存在……?」
俺は腕を組んだ。
「正直に言えば、深く考えたことがない」
「そうですか」
カールトンが頷く。
「実は……先月、デリックの夢を見ました」
「デリックの?」
俺は驚いた。
デリックは『レッドの組織』の8人目のメンバーだ。彼は薬物中毒で苦しみながらも勇敢に戦い……最期の瞬間まで『人間の意志』を見せてくれた。
「デリックが話してくれました。ボスが不利な状況にいるから、早く助けに行ってください、と」
「そんなことが……」
俺は言葉を失った。カールトンは地面を見つめながら話を続ける。
「自分もこういう経験は初めてです。だから……もしかしたらデリックの魂が自分たちを見守っているんじゃないかな、と」
「なるほど」
俺は頷いた。
「そうかもしれない。デリックは今も『レッドの組織』のメンバーだからな」
「はい」
カールトンも頷いた。
「それに……もしかしたらデリックだけではなく、今まで命を落とした兵士のみんなが……今もボスを信じているのかもしれません」
「そうだな」
「だから……ボスは絶対負けない。そんな気がしました」
カールトンの話を聞いて、俺もしばらく考えに耽った。
今まで犠牲になった人々、そして今から犠牲になる人々のためにも……俺は負けない。どんな敵にも絶対負けない。必ず頂点になってやる。
これは単なる『覚悟』ではない。指導者としての『責任』だ。俺は心の中でそう思った。
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『野望』と『責任』を胸にしまって、俺は進み続けた。
やがて俺たちは『ブルカイン山脈』に辿り着いた。そこには大規模の臨時要塞が構築されていて、約7千の軍隊が駐屯している。同盟の『アップトン女伯爵』が指揮している軍隊だ。
そしてその隣の野営地には……約3500の軍隊が集結している。カレンが指揮している『俺の軍隊』だ。
俺が100人の精鋭部隊を率いて近づくと、野営地の方から1人の少女が飛び出てきた。
「レッド!」
それはもちろんシェラだった。シェラは涙目で俺の懐に飛び込む。
「遅いわよ、この馬鹿!」
「予定より早く着いたはずだが」
俺は苦笑しながらシェラの頭を撫でた。
そうしているうちに筋肉の女戦士が現れて、俺に頭を下げる。
「団長、ご苦労様です」
『錆びない剣の傭兵団』の副団長、カレンだ。彼女はいつも通りの節度ある態度だった。
俺はカレンに指示して、100人の精鋭部隊と『レッドの組織』の居所を用意させた。彼らも夏の進軍に疲れているのだ。
俺自身は指揮官用の天幕に入り、シェラと話し合った。シェラの元気な顔を見ていると……こっちも元気になる。
「話は聞いたよ! レッドが敵傭兵部隊を完全に撃破したって」
「ああ、トムやレイモンたちのおかげで大勝利した」
俺は戦闘の経緯を簡単に説明した。
「タリアちゃんや他のみんなは? どうしているの?」
「みんな元気さ。特にタリアは頑張って公演を続けている」
「そうか」
シェラが目を伏せる。
「その……シルヴィアさんは?」
「シルヴィアは会計を手伝っている」
「ふうん」
シェラが何か考えにふける。俺は話題を変えることにした。
「それより……レイモンとエリザさんの間に子供ができたようだ」
「え!?」
シェラが驚く。
「『金の魔女』との戦争が終わったら、みんなでお祝いに行こう」
「うん、そうね!」
シェラが目を輝かせた。エリザさんがいる『南の都市』は、シェラの故郷でもあるのだ。
しばらくして俺は天幕を出た。これからの作戦について、同盟の『アップトン女伯爵』と話さなければならない。




