第169話.確かにそうかもしれない
俺はエミルと一緒に城内を出て、北に向かった。そこには真四角の建物があって、警備兵たちが入り口を守っている。
「領主様」
警備兵たちが俺の姿を見て、丁寧に扉を開ける。俺は扉を潜って建物に入った。
建物の内部は殺風景だ。薄暗い空間に机1つがあって、1人の士官がそこに座っているだけだ。
「領主様……何の御用でしょうか」
士官が机から立ち上がって、俺に聞いてきた。
「あの捕虜と話がしたい」
「かしこまりました」
士官が地面の蓋を開ける。すると地下へと続く階段が現れる。
「ご案内いたします。暗いですから、足元にお気を付けてください」
士官はランタンを手にして、階段を降り始める。俺とエミルは彼の後を追った。
地下は本当に暗かった。所々にランタンが設置されているが、数メートル先も見えない。そんな暗い通路をしばらく歩き続けた。
「この『地下監獄』は、ちょっとした迷路みたい構造です。囚人が逃げるのは不可能と言えるでしょう」
士官が事務的な口調で説明した。
そう、ここは重罪人や捕虜を閉じ込めるための場所……『地下監獄』だ。
「……やっぱり気持ちのいい場所ではないな」
俺は小さい声で呟いた。
ケント伯爵が領主だった時代には、罪のない人間が何人もここに閉じ込められて死んだらしい。まさに『悪名高い地下監獄』だったわけだが……それももう昔の話だ。
やがて俺たちは鉄格子の部屋に辿り着いた。微かな光以外は何もない部屋……その真ん中に1人の男が座っている。
俺は部屋に近づいて、鉄格子越しに話しかけた。
「ダニエル」
「……これはこれは」
ダニエルは疲れた顔で笑い、席から立ち上がる。
「お久しぶりです、レッド様」
「元気にしていたか」
「おかげ様で」
ダニエルが苦笑する。
「日当たりがなくて少し残念ですが、まあ、贅沢は言えない」
「悪いな。こんなところしか用意できなくて」
「いいえ」
ダニエルが笑顔で首を横に振る。
「てっきり拷問でも受けるんだろうと思っていましたが、レッド様は意外と優しいですね」
「別に優しいわけではないさ。あんたを拷問にかける理由がないだけだ」
「そうですか」
ダニエルが頷く。
「それで……今日はどのような御用でしょうか」
「これからあんたを釈放する」
俺の答えを聞いて、ダニエルが目を見開く。
「釈放? どうしていきなり……?」
「カーディア女伯爵が直接手紙を送ってきた。あんたを釈放してくれ、と」
「……なるほど」
ダニエルは目を伏せた。俺はそんなダニエルの顔をじっと見つめた。
「巨額の身代金ももらったし、別にこれ以上あんたを拘束している必要が無くなった」
「それは幸いですね」
ダニエルが乾いた笑顔を見せる。
「……1つ聞いてもいいか、ダニエル?」
「何でしょうか?」
「あんた……カーディア女伯爵と一体どういう関係なんだ?」
その質問に、ダニエルの顔が強張る。
「あんたは傭兵の割には信頼されすぎている。使者を務めたり、別働隊の総指揮官を任せられたり……と」
俺とダニエルの視線がぶつかった。
「そして今度はあんた1人のためにカーディア女伯爵が直接手紙を書いた。もう傭兵と依頼主の関係とは思えない」
しばらく沈黙が流れた後、ダニエルが口を開く。
「……答えないと、釈放されないんですか?」
「いや、別にそんなことはない」
俺は首を横に振った。
「答えなくても釈放する。これは単に俺の個人的な好奇心だ」
「じゃ、申し訳ございませんが……答えられません」
「分かった」
俺は頷いてから、士官に命令してダニエルを解放した。
それからダニエルを連れて監獄を出て、城門まで行った。城門には馬車と数人の騎兵が待機していた。
「この馬車に乗れ。あんたをクレイン地方まで送ってくれるはずだ」
「ありがとうございます」
ダニエルが深々と頭を下げて、馬車に乗った。馬車は騎兵たちの護衛を受けながら城を出た。
「……これでよかったんだな?」
俺はエミルを振り向いて聞いた。エミルは無表情で頷く。
「あのダニエルという男は……カーディア女伯爵と緊密な関係に違いありません。ここで恩を売っておくのも悪くないでしょう」
「そうだな」
ダニエルの傭兵団はもう粉砕したし、解放しても別に損はない。それに……彼の正体については、いずれカーディア女伯爵から聞き出してやるさ。
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その日の夜……俺も出陣する準備に入った。
鎧を着て城の執務室に入ると、トムが俺を待っていた。
「総大将、精鋭部隊100人の集結が完了しました」
トムが真面目な顔で報告を上げる。
「食糧も準備完了です。いつでも出陣可能です」
「ご苦労。じゃ、この城のことは……引き続きお前に任せる」
「はっ!」
トムが片膝をついて頭を下げた。
トムと別れて城内を出ると、城門の前に100人の兵士たちが集まっていた。そして兵士たちの先頭には……『レッドの組織』の6人がいた。
「ボス」
レイモンが軍馬に乗ったまま俺に近寄った。
「僕たちはいつでも出陣できます。ボスの命令を待っております」
「ああ」
俺は頷いてからケールに乗った。ケールはもう『早く行こう』という顔になっている。
「よし、では……」
出陣の命令を出そうとした瞬間、誰かが俺に駆けつけてきた。
「レッド様!」
それはシルヴィアだった。シルヴィアはスカートの端を持って、急ぎ足で俺に近づく。
「レッド様……また出陣なさるんですね?」
「そうだ」
俺はシルヴィアの小さい顔を見つめた。
「この城は平和になったけど……まだ戦争が終わったわけではないからな」
「そうですね」
シルヴィアが少し悲しい顔で頷いてから、俺を見上げる。
「どうか……ご無事で戻ってきてください」
「分かった。お前も……元気にしていてくれ」
「はい」
シルヴィアを後ろにして、俺は部下たちに命令を出した。
「これから出陣する。目的地はアップトン伯爵領だ。進め!」
俺と『レッドの組織』の6人、そして100人の精鋭部隊が進軍を開始した。
領民たちが城下町に並び立って、俺の出陣を眺めた。「領主様、万歳!」と歓声を上げる人もいる。どうやら……俺の評判は悪くないみたいだ。
俺たちは北進し、綺麗に整備されている道路を進んだ。これから同盟の軍隊と合流し、『金の魔女』カーディア女伯爵との戦いに終止符を打つ。そのための出陣だ。
「それにしても……」
ふと傍からゲッリトが口を開いた。
「よく考えてみたら、ボスも大変そうですね」
「大変?」
「はい」
ゲッリトが笑った。
「1人とうまくいくのも難しいのに、フィアンセが2人もいますからね」
「ああ、まったくだ」
俺は苦笑した。
「これ以上増えないといいけどな」
「それはたぶん無理だと思います」
ゲッリトが残念そうに首を横に振った。
「ボスは地上最強ですが……そういう英雄こそ、女難に苦しむものです」
「こいつ……」
俺はもう1度苦笑した。何故かゲッリトの言葉に反論することができなかった。




