第168話.強さの理由
敵の総指揮官『ダニエル』を捕縛した時点で、我らの勝利が決まった。
「ボス」
レイモンが兜を外し、馬から降りて俺に近寄った。
「お前……」
俺は少し驚いた。レイモンは足を引きずっていた。
「まだ体が完治しておりません」
レイモンが温和な顔でそう言った。
「まだ完治していないのに……あんな戦闘力を?」
俺がもう1度驚くと、レイモンが笑顔で「まだボスには遠く及びません」と言った。
「ボス!」
他の5人も俺の前に集まった。ジョージ、カールトン、ゲッリト、エイブ、リック……みんな赤い鎧を着ている。
「お前たち……よくぞ来てくれた」
俺は笑った。援軍がたった6人だなんて、正直予想外だったが……おかげで気持ちのいい戦いができた。
「戦争が起きたと聞いて、ボスに合流するために移動している途中……ルベンさんの軍隊に遭遇しました。それで一緒に進軍しましたが、ボスからの連絡が来たと聞き、急いで先行することになりました」
「なるほど」
この6人は戦争が起こるや否や、俺の力になろうと必死だったのだ。彼らの忠誠心と信頼は……俺の想像よりも強い。
「まもなくルベンさんの軍隊も到着します」
「今更だけどな」
俺は苦笑した。本来はルベンの軍隊が来てくれることを想定して作戦を立てたのに、もうどうでもよくなった。ま、勝ったからいいけど。
「やつが来たら後処理を任せるとするか」
降伏してきた敵傭兵の拘束、逃げた敗残兵たちの追跡……まだ仕事は残っている。ルベンの野郎に押し付けてやるさ。
「よし、今夜はお互い話すことが多そうだな」
「はい」
俺たちは一緒に戦場から離れて、本隊に帰還した。
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その日の夜……俺たちは大きな天幕に集まって、ランタンを囲んで座った。そして夜通し話し合った。
「しかし……お前ら、ここ数ヶ月で本当に強くなったな」
俺はみんなの顔を見渡した。以前とは気迫から違う。
「ボスのおかげですよ」
ゲッリトが笑顔で言った。俺は首を傾げた。
「俺?」
「はい、ボスに追いつくために死ぬ気で頑張ったんです」
ゲッリトの言葉にみんな頷いた。
「目標にしている人が地上最強ですからね。並大抵の鍛錬ではまるで意味がないから……本当に必死でした」
なるほど……『目標』か。
トムやカレンも含めて、俺はいつの間にか多くの人々の目標になっているわけだ。
「毎日毎日地獄のような訓練……女の子を口説く時間すらなかったんです」
「そう思うのはお前だけだろう?」
俺はゲッリトに向かって笑った。
「いや、そうでもありませんよ」
ゲッリトが意味ありげな表情をする。
「地獄のような日々の中でも、恋人を作ったやつがいますから」
「それは誰だ?」
俺が聞くと、みんなの視線がリックに集まる。
「……リック?」
「は、はい」
リックが赤面になって視線を落とす。
「リックの野郎、『別にそういう関係ではありません』とか言っておいて……結局トムのお姉さんと恋人になったんです」
「そうだったのか」
「はい、大人しいやつが逆に……ってわけです」
みんな笑った。
「しかもこいつ、恋人になった後も『リックさん』『アンナさん』とお互いに敬語で話していますよ」
「別にいいじゃないか」
俺も笑った。リックらしい。
「そう言えば……ボスにはもう1人、婚約者ができたと聞きました」
ゲッリトの矛先が俺に向かった。俺は内心苦笑した。
「どういうお方ですか?」
「それが……正直に言って、俺にもまだよく分からない。誠実でいい人なのは確かだが……」
俺はそう答えてから、話題を変えるためにレイモンの方を見つめた。
「レイモン、エリザさんとは……上手くいっているのか?」
「それが……」
レイモンが視線を落とす。そして同時に他の皆が息を殺す。
「どうした? まさか……」
「いいえ、それが……」
レイモンが小声で話す。
「それが……子供ができました。今月で6ヶ月です」
「あ……?」
俺はびっくりしてしまった。
「お前とエリザさんの間に……?」
「はい」
「おめでたいことじゃないか!」
つい大声を出した。
「どうして早く話さなかったんだ?」
「話す機会を伺っておりました」
レイモンが恥ずかしそうに笑う。
俺はレイモンをお祝いしながらも、不思議な気持ちに包まれた。俺たちの中で最年長者とはいえ……仲間がお父さんになったのだ。
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しばらく後……俺は天幕を出て、レイモンと2人きりで話した。
「レイモン」
「はい」
「子供が生まれたら、いろいろ大変だろう。もし経済的な悩みがあったら言ってくれ」
「ありがとうございます。でも……ボスやロベルトさんのおかげで、お金には余裕があります」
「そうか」
俺は頷いた。
「でも……いいのか? 戦場よりエリザさんの傍にいた方が……」
「むしろエリザの方から勧められました」
「え?」
月明かりの下で、俺はレイモンの顔を見つめた。
「ボスが出陣なさったと聞き、僕は迷いましたが……エリザがその迷いを断たせてくれました。『私は大丈夫から、あなたの信じる道を進んでください』と」
「そうか……強い人だな」
「はい」
レイモンが温和な笑みを浮かべた。
「その言葉を聞いて、僕も思いました。これから生まれる子供のためにも……恥じない人間になりたいと」
その時、俺は理解した。レイモンはただ強くなったわけではなく、化けたのだ。彼はまだ生まれてもいない子供のために……未来のために戦っている。
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それから数日後……俺はルベンの軍隊と合流して、城に凱旋した。
「領主様だ!」
「万歳! 万歳!」
領民たちが城下町に並び立って、歓声を上げた。やっと戦闘が終わり、彼らにも平和が戻ったわけだ。
「レッド様!」
城門を潜ると、シルヴィアが俺に駆けつけてきた。
「レッド様のご勝利、心からお祝い申し上げます」
「ありがとう」
俺はシルヴィアの小さい顔を見つめながら、ふと考えた。いつかは俺にも『未来のために』戦う日が来るんだろうか、と。




