第163話.歓迎する
俺が城に帰還してから4日後……ついに状況が動き出した。
俺は早朝から執務室の席に座って、エミルの報告を聞いた。俺の隣の席ではシルヴィアが書類仕事をしていた。
「何よりも問題は、経済です」
エミルが無表情で言った。
「籠城を初めてから結構な時間が経ちました。略奪による被害は少ないですが、領地の発展は大きく妨げられています」
「そうだな」
6月半ば……本来なら領地の発展に集中している時だ。しかし城が敵に包囲されている今、貿易や道路整備はもちろん、裁判や土木工事などの内政が全て止まっている。
「このままだと経済の損失を挽回するために数年かかります」
「分かっている」
俺は頷いた。
「でも問題はない。敵に損失額を請求するから」
「……そう簡単に行くんでしょうか」
「簡単ではないさ。だから外交を頼む」
俺は笑った。
「戦争は俺がやるから、お前は『金の魔女』から可能な限りのお金を絞り出せ」
「ふっ……」
エミルも小さく笑った。
「相変わらず無茶を言うんですね、総大将は」
「それくらいできないと、俺の参謀は務めないぞ」
「……ま、やってみせましょう」
エミルの顔が強張った。
エミルは他人から何を言われても平気だが、『自分の知識や知能が疑われる』ことだけは嫌がる。冷徹なくせに妙に子供っぽいところがあるやつだ。
「総大将!」
その時だった。執務室の扉が開き、トムが急ぎ足で入ってきた。
「どうした、トム?」
「敵の攻城兵器が動き出しました!」
「……ついにか」
俺は席から立ち上がり、扉に向かって歩いた。エミルとトムが俺の後を追った。
「レッド様!」
後ろからシルヴィアの声が聞こえてきた。振り向いたら、彼女も席から立ってこっちを見つめていた。
「どうかご健勝を!」
「ああ」
俺はシルヴィアに笑顔を見せてから、執務室を出た。
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俺はエミルやトムと一緒に城壁に登り、敵陣の動きを見つめた。
敵傭兵たちが4台のトレビュシェットを移動させていた。方向からしてやつらの願いは『南の門』と『西の城壁』だ。
「やっぱりか」
正門にあたる『南の門』、そして広い道路に接している『西の城壁』。この城の弱点はこの2つだ。俺もこの城を攻略する時は南と西を同時に攻撃した。
「トム、バリスタの用意は?」
「万全です!」
弱点を補うために、南と西の城壁の上には多数のバリスタが設置されている。大きなクロスボウの形をしているバリスタは、巨大な矢を遠くまで飛ばすことができる。
俺はトムに守備兵たちの指揮を一任した。トムは緊張した顔で、敵のトレビュシェットがバリスタ射程内に入ってくるまで待った。
「……放て!」
トムが大きな声で叫ぶと、数人の兵士たちが小さな旗を振る。すると多数のバリスタが一斉に矢を放つ。巨大な矢が風を切りながら飛び、敵のトレビュシェットとその周辺を攻撃する。2台のトレビュシェットが損傷を受けて、多数の敵傭兵が負傷する。
しかし敵もすぐ反撃してくる。4台のトレビュシェットが次々と巨石を飛ばし、こちらのバリスタに大きな被害を与える。数人の守備兵たちがその攻撃に巻き込まれて命を失う。
攻城兵器同士の戦いがしばらく続いた。城の守備兵たちは強張った顔でその戦いを見守った。彼らは知っているのだ。これはまだ前哨戦に過ぎなくて、もうすぐ自分たちの番だということを。
やがて敵のトレビュシェットが全て破壊される。しかしこっちの被害も大きい。半数以上のバリスタが壊れてしまい、西の城壁の一部が崩れて大きな穴が空いてしまった。南の門だけがギリギリ壊れなかった。
攻城兵器の戦いが終わった瞬間……敵陣の方から鬨の声が上がる。
「突撃ぃ!」
「うおおおお!」
数千の敵傭兵たちが城に向かって突進してくる。城壁の上から見ると、まるで蟻の行進のように見えるが……実際の蟻たちとは違って、やつらは鎧と剣を装備してこちらを殺そうとしている。
「弓兵!」
トムがもう1度叫ぶと、城壁の上の弓兵たちが射撃を開始する。矢の雨が降り注ぎ、接近してくる敵傭兵たちが次々と倒れる。
「前進、前進しろ!」
「城壁まで走れ!」
「突撃を止めるな!」
しかし敵の数が多すぎて、結局接近を許してしまう。ここからが本番だ。
敵傭兵たちは破城鎚で城門を攻撃し、同時に城壁に攻城梯子をかけて登ってくる。
「敵の侵入を許すな! 白兵戦だ!」
トムが反撃を命令すると、守備兵たちが城壁を登ってくる敵を迎え撃つ。
「敵を殺せ!」
「うおおおお!」
守備兵たちは雄叫びを上げながら大きな石を落としたり、熱い油をかけたりして向かってくる敵を倒す。そして梯子で登ってくる敵傭兵に剣を振るい、侵入を阻止する。瞬く間に城の周りが血で染まる。
悲鳴と絶叫が響き渡り、音楽になって兵士たちを狂乱させる。血と鉄の匂いが広がり、闘争心と殺意を呼び覚ます。
1つの城をめぐって900の守備兵と3000の敵が殺し合う。凄惨な戦場だ。
「第3剣兵隊、東に向かえ!」
狂乱の中で、トムが沈着に指示を出す。突破されそうな城壁に増援を送って、敵の侵入を見事に阻止する。的確で堅実な指揮だ。
現在の戦況は悪くない。戦場のベテランである敵傭兵たちは、こちらの抵抗に手を焼いている。白兵戦の実力なら敵傭兵たちの方が上なのに、その利点を上手く活用できていない。
しかし敵にもまだ切り札が残っている。数百に至る敵本隊が、戦闘が始まってから1歩も動いていないのだ。たぶんやつらの狙いは……。
「総大将!」
トムが強張って顔で俺を見上げた。ついに敵本隊が動き出し……西の城壁に向かって突撃してくる。崩れた城壁を通って一気に侵入して、勝負を決めるつもりだ。
「俺が出る。トム、引き続き指揮を任せる」
「はっ!」
俺は十数人の兵士たちと共に城壁から降りて、西に向かった。
「高みの見物も終わりだ」
崩れた城壁の前に立って、俺は笑った。軍隊の指揮も嫌いではないが……やっぱり直接戦わないと気が済まない!
赤い鎧を着て、戦鎚『レッドドラゴン』を手にする。そしてもうすぐ現れるはずの、不幸な敵傭兵たちを待つ。
「……来た」
やがて敵本隊が目の前に現れた。ベテラン傭兵の中でも精鋭……もう外見からして強者たちだ。鋼鉄の鎧と剣を装備し、戦場の恐怖など一切感じない表情をしている。
俺は数百の強敵たちの前に立ち、笑顔を見せた。
「俺の城への訪問、歓迎する。さあ……かかってこい!」
俺が一喝すると、敵傭兵たちの目に殺気がこもる。やつらも『赤い化け物』と戦うことを覚悟していたに違いない。
「やつを殺せ!」
「うおおお!」
数百の敵が俺に向かって突進してくる。俺も『レッドドラゴン』を持ってやつらに突進する。そして両者がぶつかった瞬間、俺の戦鎚が最初の敵の頭を砕く。
「ぐおおおお!」
崩れた城壁の隙間で行われる、狭い空間での白兵戦。策も遠距離攻撃も存在しなく、ただ自分の力を信じて戦うしかない環境。俺にはまさに最適の戦場だ!
「はあああっ!」
戦鎚『レッドドラゴン』が美しい曲線を描くと、正面の敵の頭が粉砕される。その隙に左の敵が俺を攻撃しようとするが、次の瞬間にはそいつの頭も粉砕される。
俺の戦鎚は剣より速く動いて……接近してくる敵の命を容赦なく奪う。血の雨が降り注ぐ中、俺は修羅になって目の前の獲物を殺し続けた。
「この化け物がああぁ!」
向かってくる敵の表情、そいつの手に持たれている鋭い剣、舞い上がる埃……その全てがまるで止まっているかのように、はっきり見える。
「ぐおおおおぉ!」
止まっている世界の中で、俺だけが普通に動いて……敵の攻撃をかわし、致命的な一撃を放つ。敵の頭蓋骨がゆっくりと砕かれて、真っ赤な血が飛び散る。
「消えろおおお!」
飛び散っていく血の一滴一滴を見つめながら、次の敵の命を奪う。そしてやつの手から剣を奪い取り、他の敵の顔に投げる。わずか3秒でまた2人が死んでしまう。
「総大将に続け!」
「敵を蹴散らせぇ!」
俺が率いている十数人の守備兵たちも、みんな狂乱になって敵を攻撃する。俺の戦う姿を見て、彼らの闘志も極限に達したのだ。
ベテラン傭兵の中でも精鋭たちが、10分の1にも満たない俺たちの猛攻に圧倒される。いくらベテランだとしても……こんな経験は初めてだろう。
1秒ごとに敵の数が減っていく。それに対してこちらの死傷者はゼロだ。やがて数分後には、ベテラン傭兵すら恐怖に陥る。
「な、何だ……何だよ、あれは!?」
「くっ……!」
敵傭兵たちの体から恐怖の匂いが漂う。猛獣を目の前にした時の、子羊みたいな匂いだ。俺は本能的にそれを感じ取り、さらに狂乱になって戦った。
「死ねぇ、化け物!」
巨体の敵傭兵が俺に向かって両手剣を振るった。なかなか鋭く、素早い攻撃だ。俺は1歩下がってその攻撃を回避し、すかさず戦鎚『レッドドラゴン』を投げ飛ばした。
「ぐはっ……!」
巨体の傭兵は戦鎚に胸を強打され、動きが止まる。その隙に俺は背負っていた大剣を手にして、やつの首を跳ね飛ばした。
「はあああっ!」
俺の巨体は疾風の如く動いて、向かってくる敵の攻撃を避ける。そして敵の兜や鎧の隙間に俺の大剣が刺さる。あっという間にまた数人の敵傭兵が命を失う。
「こ……後退だ! 後退しろ!」
敵の中から誰がそう叫んだ。それをきっかけに、敵傭兵たちは戦意を失って敗走し始める。
「逃げろ! 逃げろ!」
「ほ、本物の化け物だ……!」
数百の精鋭が、たった十数人を突破できずに後退する。それでこちらの勝利は決まった。
「うおおおお!」
「俺たちの勝利だ!」
城のあちこちから勝鬨が上がった。他の部隊も見事に敵を撃退したのだ。俺は戦闘を中止し、敵の血に染まった城壁を見つめた。




