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第162話.ちょっと変わった女の子だな

 俺はエミルやトムと一緒に城内を歩き回りながら、籠城戦の準備を急いだ。


 まず俺たちは城の地下に行って、倉庫を確認した。暗くて広い倉庫の内部には、たくさんの木箱が置いてある。全部食糧だ。


「備蓄食糧には問題ありません」


 エミルが冷たく言った。


「半年くらいなら余裕で籠城できます」


「うむ」


 俺は頷いてから、しゃがんで木箱を1つ開けてみた。箱の中には塩漬け肉と堅パンがいっぱい入っている。保管状態もいいし、これなら問題ない。


 倉庫を確認した後は、城内を出て東の小さな建物に入る。そこは鍛冶屋だ。


 鍛冶屋の内部は熱気でとても暑い。俺ですら長居できそうにない。それなのに職人たちは熱い炉の前に立って、黙々と武器を鍛造している。


「領主様」


 職人の1人が俺に頭を下げる。俺は彼としばらく話して、武器調達の状況を確認した。


「予備の武器を含めて、予定通り作業が進んでいます」


「そうか」


「はい。槍15本、剣10本……そして鎧や盾も少し多めに製作中です」


「ご苦労さん」


 暑い夏なのに、職人たちは健闘してくれている。


「籠城戦が終わったら、あんたたちにも正式に褒賞金をやるよ」


「感謝いたします」


 職人がまた頭を下げた。


 俺たちは鍛冶屋を出て、城壁に沿って歩いた。


「西の城壁の破損を除けば……他のところはまだ余裕があります」


 一緒に歩きながら、トムが説明する。


 俺たちは西の城壁に行って破損部位を確認した。高い城壁の所々が崩れているが、一応丸太を支柱にして補修されている。


「もう1度攻撃されたら、大きく崩れる可能性が高いです」


「そうなったら敵兵がここから侵入してくるだろうな」


 俺は頷いた。


「ここは俺が引き受けよう」


「総大将自らが……ですか?」


「ああ、守備兵たちの指揮はお前に任せる」


「はっ!」


 細かい指揮はトムに任せて、俺は一暴れすればいい。やっぱり信頼できる部下の存在は助かる。


---


 視察を終えてから、俺は1人で城内に戻った。


 3階に登って廊下を歩いていると、数人のメイドたちが見えた。俺は彼女たちにベッド室とシャワー室の掃除を指示した。本来、こういう細かい指示はシェラが代わりにやってくれるけど……今ここにシェラはいない。


「レッド様」


 部屋に入ろうとした時、後ろから誰かが俺を呼んだ。振り向いたら……シルヴィアが立っていた。


「シルヴィア」


 俺は小動物みたいな印象の少女を見つめた。


「どうした?」


「あの……」


 シルヴィアが俺を見上げる。背の差がありすぎて、ちょっと首が痛そうだ。


「私もお手伝いしたいと存じます。何か私にできることがありましたら……」


「そのことか」


 俺は肩をすくめた。


 正直に言って、今のような状況でシルヴィアにできることはほとんどない。貴族のお嬢さんが丸太を運んだり武器を鍛造したりするのは無理だ。


「私も、書類仕事くらいならできます」


 俺の考えを読んだのか、シルヴィアが強い口調で言った。


「パウル男爵領にいた時、親戚たちの仕事を手伝いました。だから……」


「……分かった」


 俺は頷いてから、シルヴィアを連れて執務室に入った。


「別に急ぎの仕事ではないけど……」


 机の棚からいろんな書類を取り出して、シルヴィアに見せた。税金や裁判に関する報告書、そして領地の道路や水道の点検記録簿などだ。


「これらの書類をカテゴリー別に分類し、作成者たちの名前を記録しなければならない。やってもらえるか?」


「はい」


 シルヴィアが明るい顔で頷いた。


 俺はしばらくシルヴィアの仕事する姿を見守った。彼女は素早い動作で書類を分類し、羽ペンで作成者の名前を記録した。どうやら『親戚の仕事を手伝った』ということは、嘘ではないらしい。


「……シルヴィア」


 ふと俺が呼ぶと、シルヴィアは書類に目を向けたまま「はい」と答えた。


「何のことでしょうか」


「お前は……自分の立場に不満はないか?」


 その質問を聞いて、シルヴィアが俺を見上げる。


「不満、とおっしゃいますと?」


「無理矢理婚約させられたことについてだ」


 俺は無表情で話を続けた。


「自分で言うのもあれだが、俺は『赤い化け物』と呼ばれている。普通の女の子は、俺の姿を見ただけで泣き出すこともある。そんなやつといきなり婚約させられて……不満はないのか?」


 シルヴィアは微かに笑う。


「繊細なんですね、レッド様は」


「繊細? 俺が?」


 そんな言葉は生まれて初めて聞いた。


「私は……小さい頃両親を亡くしました」


 シルヴィアが静かな声で話した。


「元々貴族と言っても名ばかりだったので、私は親戚の家を転々としました」


「そうか」


「はい。そして3年前、私はパウル家本家に任せられ……『政略結婚の道具』として育ちました」


 俺はシルヴィアの大きい瞳を見つめた。


「財産も権力もない貴族女性の運命なんて、大体そんなものです。聞いたこともない人と結婚するのはむしろいい方で、場合によっては一生1人で暮らすことも珍しくありません」


「聞いたことがあるな」


 俺は頷いた。


「結婚適齢期を過ぎた貴族の女性は、教会の修道女になることが多いと」


「その通りです」


 シルヴィアが少し悲しげに笑う。


「所詮は政略結婚の道具。願わくば相手が素敵な方であることを……とずっと思っていました」


「そうか」


「そしてその相手がレッド様だと聞いた時、私は……」


 シルヴィアの頬が少し赤くなる。


「私は……期待しました」


「期待?」


「はい」


 シルヴィアが恥ずかしそうに笑う。


「もちろんレッド様とパウル家は、ついこないだまで戦争をしていましたから……周りの人々は私に同情の眼差しを向けました。しかしレッド様のご活躍に関する噂はかねがね聞いておりまして……きっと素敵な方なんだと期待していました」


 それは予想外の答えだった。


「で、実際の俺を見た感想はどうだ? 期待と違って失望したのか?」


「いいえ」


 シルヴィアが首を横に振った。


「自分の目でレッド様のことを見て……私は確信しました。私の主人は……王国一の英雄だと」


「買いかぶりすぎだな」


 俺は苦笑した。


「ま、でも……俺は進み続けるさ。頂点に向かってな」


「はい」


 その言葉の意味を理解したのか、シルヴィアはゆっくりと頷いた。

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