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第161話.私生活か

 俺は副官のトムと一緒に城壁を登って、周りを見回した。


「いい布陣だな」


 敵傭兵部隊は少し離れてこの城を包囲している。城壁上のバリスタの攻撃がギリギリ届かない距離だ。包囲網はそんな厚くないけど、隙のない布陣だ。


「総大将、あそこに……」


 トムが敵陣の中を指さした。


「敵が攻城兵器を建造しています」


「トレビュシェットか」


 てこの原理を利用して岩石を飛ばす攻城兵器だ。遠くからもその巨大な姿が見える。


 今までの戦闘で、トムは敵の攻城兵器を多数破壊したらしい。しかし敵は諦めずに攻城兵器を建造しているのだ。何の準備もなしに攻撃してくれれば助かるけど、それは期待できなさそうだ。


「慎重なやつだな」


 敵の指揮官である『ダニエル』は焦らずゆっくり攻城をしている。いや、最初からそんな作戦なんだろう。やつらの1番の目的は『レッドの軍隊を自分の領地に帰還させる』ことだから、『無理して早く城を落とす必要はない』わけだ。


 しかし状況が変わった。俺が1人で帰還してしまったのだ。『金の魔女』も流石にこのことは予測できなかったはずだ。


「敵兵士たちの雰囲気が変わりました」


 トムが敵陣を見つめながらそう言った。


「それが分かるのか?」


「はい、どこか士気が下がっているように見えます」


 トムは慎重な口調で話を続ける。


「総大将が帰還されたことによって、我が軍の士気が上がり……敵もそれを感じ取ったと思います」


 俺は内心感嘆した。トムの軍隊に関する識見は、目を見張るものがある。


 兵士たちは戦場の雰囲気に敏感だ。ほんの少しの変化で生死が分かれるのが戦場だからだ。特に傭兵のようなベテランたちは、何も知らない新兵よりずっと敏感だ。


 俺が帰還したことで、戦場の雰囲気が変わった。傭兵たちとトムはそれを感じ取っているのだ。


「敵がこのまま引き下がってくれればいいんですが……」


「そうはしないだろう」


 俺は首を横に振った。


「『今ならまだレッドを倒せるかもしれない』……と敵は思っているはずだ。ルベンの援軍も遅れているからな」


「無謀ですね、敵も」


 トムが微かに笑った。


「総大将に勝てるわけがないのに」


 トムはとても真面目な顔だった。この小柄な少年は……俺が格闘場の選手だった頃から、ずっと俺のことを最強だと信じているのだ。


---


 トムに守備兵の配置を任せた後、俺は城内に入った。すると歌声が聞こえてきた。


「タリアか」


 俺は宴会場に足を運び、中を覗いた。


「貴方との出会いがいつまでも色褪せないように……!」


 宴会場の舞台で、タリアがリュートを奏でながら情熱的に歌っている。そして多くの兵士たちが席に座って、彼女の歌に耳を傾けている。


 なるほど、と俺は頷いた。戦争に疲れた兵士たちにとって……タリアの歌はかけがえのない癒しなのだ。


 俺はなるべく静かに動いて宴会場から離れた。そして3階に登り、執務室に入った。


「総大将」


 書類仕事をしていたエミルが俺を見つめた。俺は領主の席に座って彼の仕事を手伝った。


「エミル」


「はい、何でしょうか」


「お前……この籠城戦が終わったら、少し休暇を取れ」


「その必要はありません」


 エミルが首を横に振った。しかし彼は明らかに疲れている。過労だ。


「お前が倒れたら、領地の内政に支障が出る。それにカレンを悲しませるな」


「カレンさんが……?」


 しまった、と俺は思った。


「いや、その、何だ……今のは言い間違いだ」


「……とにかく、まだ休暇は必要ありません」


 エミルは無表情でそう言った。


「そもそも『部下たちの私生活にまで口出ししたくない』と言ったのは、総大将の方ですが」


「休暇は私生活ではない。仕事の一環だ」


 エミルは反論の言葉を探そうとするが、結局溜め息をつく。


「……分かりました。3日くらい休暇を取ります」


「ああ」


 俺は満足げに頷いた。しかしただで引き下がるエミルではない。


「総大将の方も、シルヴィアさんのことを気に掛けてください」


「シルヴィアを?」


 俺が眉をひそめると、エミルが頷く。


「政略結婚だから、愛情も実際の結婚生活も必要ありません。しかしある程度『仲のいい夫婦』を演じる必要はあります」


「それは……」


「もちろん側室ですし、まだ正式に婚約したわけでもない。でも疎かにしすぎると後で面倒なことになります」


「それこそ俺の私生活だろう?」


「指導者の私生活は、指導者個人の問題ではありません」


「こいつ……」


 俺は苦笑した。


「ま、分かった。できるだけ仲良くするよ」


 その答えを聞いてエミルは満足げに頷いた。

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