第159話.帰還
月明かりの下、木柵が真っ赤な炎で燃え上がり……3千の敵が俺の前に集まってくる。
敵傭兵たちはみんな殺意に満ちた顔をして、気合の声を上げながら俺に剣を振るう。そして十字弓から放たれた無数の矢が、空を切って飛んでくる。
「ぐおおおお!」
逃げ場のない戦場の真ん中で、俺は雄叫びと共に戦鎚を振り回した。敵傭兵の頭が砕かれ、炎より赤い血が噴出する。血の匂いを嗅いだ傭兵たちは狂乱になり、必死の覚悟で突撃してくる。
「死ねぇ、化け物!」
「くたばりやがれ!」
矢風の音が耳元で鳴る中、俺は向かってくる敵を次々と粉砕した。俺の戦鎚が曲線を描く度に、例外なく敵の頭が空に飛び散る。
周りの風景は炎と血で真っ赤に染まってしまい、もう俺の肌色も関係なくなった。俺は言葉通り『赤い化け物』になり、目の前の敵を食い散らかした。
「うおおおお!」
いつの間にか俺は右手で戦鎚を、左手で大剣を振るっていた。両手武器2つを同時に振り回すなんて、どんな武器術の本にも存在しない戦い方だ。しかし俺はその『あり得ない戦い方』で無数の敵を倒し続けた。
迫ってくる敵の胸を大剣で貫き、左右のやつらを戦鎚で粉砕する。歩兵の盾を戦鎚で叩き飛ばして、すかさず首を斬る。そんな俺の姿に敵傭兵たちが驚愕する。
俺は狂乱になって戦いながらも、極めて冷静に状況を見極めていた。いつもながら不思議な感覚だ。動物としての本能と人間としての理性が両方とも極限まで働いているのだ。
しかし俺がいくら化け物になって奮戦しても……敵の数は増え続けるばかりだ。ま、何しろ敵の総数は3千だから当然だ。数十を殺したところで、やつらは怯まない。
いや、こいつらは数だけではない。しっかり訓練されている上にいい装備を持っているし、何よりも士気が高い。俺が奮戦すると、一般兵士たちは怯えて敗走するけど、こいつらは反撃してくる。まさに戦争のベテランたち……様々な戦場を経験してきたに違いない。たぶんカレンの率いる『錆びない剣の傭兵団』と戦ったらこんな感じなんだろう。
「この化け物がぁ!」
3人の傭兵が俺の首や肩を狙って剣を振るった。その必死の攻撃をギリギリかわし、大剣で反撃した。それで1人の傭兵が血を流しながら倒れるが、残り2人は怯まず再び一撃を放つ。
「ちっ!」
俺は戦鎚で傭兵たちの剣を弾いた。しかし俺の足が止まると、容赦なく十字弓の矢が飛んでくる。
「はっ!」
俺は精神を極限まで集中し、大剣で十字弓の矢を振り払った。その人間の限界を超えた動きを見て、流石の傭兵たちも驚く。
「ぬおおおお!」
一瞬の隙を逃さず、俺の大剣が傭兵の両腕を切り落とす。やつが凄まじい悲鳴を上げて倒れた時、戦鎚『レッドドラゴン』が残り1人の頭を粉砕する。
「貴様ぁ!」
「でいやあああっ!」
3人の傭兵が倒れると、4人がかかってくる。流石に危険な状況だが……楽しい。自分の全てをかけて、命をかけて戦うこの瞬間が……楽しすぎる!
「うおおおお!」
本能的に雄叫びを上げると、全身が燃え上がるように熱くなる。体の底から、俺自身も制御できないほどの力が湧いてくる。
「はああああっ!」
無尽蔵の力を込めて、体格の大きい傭兵に戦鎚を投げ飛ばした。やつは大きな盾で防御しようとするが、次の瞬間、盾とやつの肋骨が粉々に砕かれる。
「俺の前から……消えろぉ!」
両手で大剣を掴み、前方の空間を全力で斬った。3人の傭兵が上下に両断され、驚愕の顔のまま死んでしまう。血の雨が降り注ぎ、周りをもう1度赤く染める。
もし地獄があれば……こんな風景だろう。そして地獄のど真ん中で殺戮を楽しむ俺の姿は、悪魔としか言いようがない。
俺は悪魔となり、修羅となり、殺戮を続けた。百戦錬磨の傭兵たちすら、俺に怯え始める。敵の体から漂う恐怖の匂いが、俺には最高に気持ちいい……!
「へっ」
しかし俺の楽しみは長く続かなかった。敵の後ろ、つまり城の方から……鬨の声が上がったのだ。俺は地面に落ちている戦鎚を回収し、近くの森に向かって全力で走った。
「ケール!」
俺の声に反応して、森の中で休んでいたケールが体を起こす。俺はすかさずケールに乗り、全速力で疾走した。
「はっ!」
月明かりを浴びながら、ケールは焼け落ちた木柵を飛び越え……城への道を走り続ける。
「や、やつを止めろ!」
「後方にも敵が……!」
敵傭兵たちの動きに乱れが生じた。城から出陣した部隊に攻撃されているのだ。今のうちに突破しなければならない!
立ち塞がる傭兵たちの命を奪いながら、俺とケールは道を進んだ。十字弓の矢が飛んでくるが、こんな夜中で疾走中のケールを狙撃するのは無理だ。
「おのれ!」
横から1人の騎兵が現れ、ケールの頭を槍で攻撃しようとする。しかしケールは信じられないほどの瞬発力で動いて、槍をかわす。
「邪魔をするな!」
俺が大剣を大きく振るうと、騎兵の上半身が切り飛ばされる。
「もう少しだ!」
もう城が目の前だ。ケールもそれを感じ取って、更に速度を上げる。
城の前では、俺の兵士たちが傭兵部隊に猛攻をかけていた。数的に不利だが、勢いでは負けていない。そしてその先頭には……小柄の少年がいる。
「トム!」
俺は敵傭兵たちを倒しながら、トムに接近した。
「総大将!?」
トムが目を丸くして俺を見上げる。
「部隊を撤退させろ!」
「はっ!」
俺の命令に従って、トムは兵士たちを城に撤退させた。敵傭兵たちが追撃してきたが、城壁の上から矢の雨が降り注ぐと退いた。
やがて俺とケール、そしてトムと兵士たちが城門を潜り抜けた。すると城の守備兵たちが素早く城門を閉ざす。
「りょ、領主様だ!
「領主様が戻られた!」
周りの兵士たちが俺の姿を見て歓声を上げた。俺はケールから降りて、兜を外した。
「総大将!」
トムが急ぎ足で近づいてきた。俺は彼に笑顔を見せた。
「話は後だ。少し休みたい」
「はっ!」
トムが片膝をついて頭を下げる。俺はケールを彼に任せて、城内に入った。
こうやって俺は自分の城に帰還した。




