第158話.城への道
夏の太陽の下で、俺はケールに乗ってひたすら道を進んだ。
ケールの体力は本当に驚異的としか言えないほどだ。この黒い純血軍馬は、時間さえあれば王国の果てまで走り続けるかもしれない。
しかしいくらケールでも、こういう暑い日差しの下で無理したら病気になるかもしれない。俺は適当な湖の近くでケールを止めて、やつを休ませた。
「ふう……」
俺も大きな木の下に座って、革水筒の水を飲んだ。俺は暑さにも強い方だが、流石に水分補給を疎かにしてはならない。
少し休憩していたら……ケールが俺に近づいてきて、その黒い頭で俺の肩をツンツンと突く。
「へっ」
俺はケールが何を言いたいのか分かった。『十分休んだからさっさと走ろう』だ。
「俺よりお前の方が化け物だな」
休憩を終えて、俺とケールはまた走り出した。もうすぐ俺の領地だ。この先には……3千の敵が俺を待っている。
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いつの間にか夕方になり、暑い日差しも空の向こうへと消えていった。
自分の領地の道路を走りながら、俺は周りを警戒した。可能性は低いけど、敵が俺の動きを探知して待ち伏せしているかもしれない。
「……ん?」
ふと前方から1台の馬車が現れた。御者の見た目からして行商人の馬車に見えるが……。
「止まれ!」
俺が一喝すると、中年の御者が馬車を止める。
「ど、どういうことですか?」
御者が慌てる顔で俺を見つめる。全身を赤い鎧で覆った巨漢にいきなり止められたから、驚くのも無理ではない。
しかし御者はすぐ俺の正体が分かった。俺の肌色を確認したのだ。
「まさか……領主様!?」
「ああ、俺だ」
俺は頷いた。たとえ俺の顔が分からなくても、肌色の赤い人間なんて俺しかいない。
「領主様が何故このようなところに……」
「1つ聞きたいことがある」
「な、何でしょうか」
中年の御者は緊張した様子だ。俺はなるべく彼を威嚇しないように頑張った。
「俺の城で戦闘があったんだろう? その状況について、何か知っていることはあるか?」
「それは……」
御者は少し戸惑ってから口を開く。
「その、城への道路が完全に封鎖されています」
「道路が?」
「はい」
御者が頷く。
「城を包囲した軍隊が、何重の木柵を建てて……誰も進入できないようにしています」
「そうか」
「その、領主様も……このままご自身の城に向かわれるのは危険かと……」
「分かった、ありがとう」
俺は革袋から数枚の金貨を取り出して御者に渡した。
「か、感謝いたします!」
「俺のことは、他言無用だ」
「はい!」
俺は御者と別れて、城に向かった。
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城が見え始めた時は、もう夜になっていた。俺はまず草木に隠れて状況を確認した。
「……本当だったな」
思わず苦笑した。城への道路は……何重の木柵によって完全に封鎖されていた。これは……騎兵への対策だ。
「俺の動きを予測していたのか」
たぶん敵の指揮官は、俺が騎兵隊を率いて城を助けに来ると予測していたはずだ。その対策が木柵による道路の封鎖、そして……。
「十字弓か」
木柵の近くには、十字弓を装備した傭兵たちが松明を持って待機していた。数は多くないが、たぶん戦闘が始まったらもっと現れるだろう。
十字弓は板ばねで専用の矢を発射する遠距離武器だ。高価な装備だが、その威力は抜群であり……多数の十字弓から同時に狙われると、騎士でさえ危険だ。
「やっかいだな」
突撃をかければ、最初の十数人は撃破できるだろう。しかし……ケールが十字弓の矢に当たる可能性が高い。そうなったらいくら馬鎧を着ているとはいえ……負傷は免れない。
ここは徒歩で突破するしかない。そう判断した俺はまずケールを近くの森に隠し、歩いて封鎖された道路に戻った。
「さて……」
草木に隠れたまま機会を待った。こいつらはしっかり訓練された傭兵に違いないが……人間である以上、いつかは隙を見せるはずだ。
やがて30分くらい後……傭兵の1人が道路から離れた。たぶん小便に行ったんだろう。他の傭兵たちは笑顔で雑談をしている。つまり……今だ……!
機会を本能的に感じ取った俺は……戦鎚『レッドドラゴン』を手にして、無言で突進した。
「え……?」
いきなり暗闇から巨漢の姿が現れると、傭兵たちの動きが止まる。その一瞬の隙を見逃さずに、俺の戦鎚がやつらの頭を粉砕する。
「うっ……!?」
仲間の頭が空中に飛び散ると、隣の傭兵が悲鳴を上げるが……その悲鳴が終わる前に、やつも頭を失う。
「て、敵襲! 敵襲だ!」
「敵が現れた!」
敵傭兵たちが必死に叫ぶ間にも、俺の戦鎚はやつらの頭を砕き続けた。
「やつの狙え!」
「ここを通すな!」
最初の奇襲から数秒後……木柵を迂回しようとする俺に多数の矢が飛んできた。対応が速いし、夜なのに射撃も正確だ。流石傭兵というべきか。
足を止めると十字弓の餌食になる。俺は走り続けながら極限まで精神を集中した。すると木柵の向こうから十字弓の矢がゆっくりと飛んでくるのが見えた。
「はあっ!」
十字弓の矢の軌跡を読んで、安全地帯へ突進し続ける。そして同時に、目の前に現れる敵の頭を粉砕し続ける。
数本の矢が俺の体をかすった。しかし鋼鉄の鎧のおかげで怪我には至らなかった。怪我したらシェラに怒られるから困る。
「ぐおおおお!」
十字弓を装填している傭兵の頭を砕いた直後、やつが持っていた松明を木柵に投げた。すると瞬く間に木柵が燃え上がり、火が広がり始める。
「敵だ! 増援を呼べ!」
「本隊に報告しろ!」
燃え上がる炎に導かれて、敵が次々と集まってくる。俺にとっては不利な状況だ。しかしこの炎に気付いたのは、敵軍だけではないはずだ。
俺は木柵の後ろに隠れて十字弓の攻撃を凌ぎ、装填の隙を狙って突進した。十字弓は装填にかなりの時間が掛かるのが弱点だ。
しかし俺がいくら奮戦しても、敵の数は増え続けるばかりだ。ま、当然のことだ。敵の総数は3千だ。流石に俺1人で突破するのは難しい。
「へっ」
不利な状況の中、俺はつい笑った。敵軍の後ろ、つまり城の方から……鬨の声が上がったのだ。




