第157話.1人の意志
本拠地の危機……俺はその知らせを早速アップトン女伯爵や2人の男爵に説明した。
「レッドさんの城が陥落寸前……ですか!?」
ハリス男爵が慌てて席を立つ。どうやら酔いが一気に醒めたようだ。
「陥落寸前ではないが、かなり危険な状況なのは確かみたいだ」
「じゃ、どうすれば……」
「俺が1人で助けに行く」
「レッドさんが1人で……?」
ハリス男爵の目が丸くなる。
「部隊単位の援軍は間に合わないはずだが、俺1人なら3日以内に辿り着ける。しかしこのことは……口外しないでくれ」
俺はハリス男爵とグレン男爵、そしてアップトン女伯爵の顔を見回した。
「昨日の戦闘で、金の魔女の大軍は大きな打撃を受けたけど……まだ完全に瓦解したわけではない。でも『敵陣にレッドがいる』と思わせたら、金の魔女は手を出して来ないだろう」
「なるほど……」
ハリス男爵が頷く。
「確かにやつらはレッドさんのことを恐れているはずですからな」
「ああ、だから俺の動きを隠してくれ」
みんなの視線がアップトン女伯爵に集まった。同盟軍の最高指揮官は彼女だ。
「……よかろう」
アップトン女伯爵が頷いた。
「しかし……本当にいいのか? いくら其方でも、1人で行くのは……」
「心配してくれるのはありがたいが、これが1番確実な方法だ」
俺はそう答えてから、体の向きを変えて部屋を出ようとした。
「じゃ、俺はこれで失礼する」
「ちょっとお待ちなさい」
アップトン女伯爵が俺を呼び止めた。俺は彼女を見つめた。
「どうした? 何か言いたいことでも……」
「……其方の活躍、感謝している」
『銀の魔女』の意外な言葉に、俺は笑顔で「どういたしまして」と答えた。
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俺は自分の天幕に戻って、まず兜と鎧を装備した。
俺の兜と鎧には、まだ血の匂いが残っている。いくら『化け物』とか『悪魔』とか呼ばれている俺でも、別に気持ちのいいことではないが……今は仕方ない。
「レッド!」
鎧を着終えた時、誰かが天幕に入ってきた。健康的で女性らしい体型の少女……俺の婚約者であるシェラだ。
シェラは急ぎ足で近づいてきて、大きな瞳で俺を見上げる。
「カレンさんから聞いたけど、1人で行くって本当なの?」
「ああ、本当だ」
「いくらレッドでも1人では……」
「心配してくれてありがとう」
俺はシェラの頭を撫でた。彼女から甘い香りがする。
「でも俺が行くしかないさ」
「それは……」
「トムは指揮能力に優れている。あいつなら3倍の敵に対しても耐えられるはずだ。しかし危険な状況に陥ったということは……たぶん敵の指揮官が有能なんだろう。俺が直接行って反撃するしかない」
俺は戦鎚『レッドドラゴン』と大剣を背負ってから、もう1度シェラの頭を撫でた。
「ここはお前とカレンに任せる。2人で相談して、慎重に動いてくれ」
「……分かった」
シェラは頷いた後、いきなり首に抱き着いてきて……俺の唇にキスをする。
「怪我したら、許さないからね?」
「ああ」
俺は笑った。
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しばらく後……俺はケールに乗って、1人でこっそり出陣した。
ケールの鞍には大きな革袋が付いていて、その中には3日分の非常食と水が入っている。俺の予測が正しければ、これで十分なはずだ。
ケールは南に向かう道を走り続けた。昨日もあれだけ走ったのに……本当にとんでもないやつだ。まあ、こいつのおかげで俺は1人でも援軍に行けるわけだが。
思ってみれば『1人の援軍』とはあり得ない話だ。数千の軍隊が戦っているのに、1人で一体何ができるんだろう。誰もがそう思うはずだ。
「力を集中するんだ。そうすれば人間は……木どころか、国だって壊せる」
ふと鼠の爺の言葉を思い出した。
俺はこの王国を滅ぼし、新しい王国を作るつもりだ。この『覇王の道』を成すためには、多くの人々の力が必要だ。
しかし『覇王の道』を目指し始めたのは、あくまでも俺1人の意志だ。多くの選択肢の中で……俺が『覇王の道』を選んだのだ。
他の誰のものでもなく、俺の道だ。生まれた時から絶望しかなかった俺が、俺の存在を世に示すための道だ。
数多の敵が俺を待っている。俺がこの道を進む限り、戦いは終わらない。しかしその事実が俺には嬉しい限りだ。
背負っている人々のために、そして何よりも俺自身のために……歴史を変えてみせる。そして『レッド』の名前を王国の全ての人間に教えてやる。
いつの間にか俺は、心の中でそう誓っていた。




