第155話.この戦場は俺のものだ
暑い6月の強行軍は、決して容易いことではなかった。
早朝に進軍を開始し、日差しの強い正午に休憩する。そして午後に進軍を再開し、深夜まで歩き続ける……という厳しい日程を2日も繰り返した。
しかし俺の兵士たちは、厳しい強行軍を耐え抜いた。日頃の訓練のおかげ……そして総指揮官に対する絶対的な信頼のおかげだ。
3日目の朝、俺は兵士たちを十分に休ませた。もう獲物が目の前にいるのだ。
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その時、アップトン女伯爵は窮地に陥っていた。
彼女は8000人の兵士を率いて、『ベルミン要塞』まで後退しようとしていた。しかしカーディア女伯爵の率いる1万5千の大軍に追撃され……結局『デイオニア川』の近くで戦闘に入った。
アップトン女伯爵は地形的に有利な高地に陣取って、敵を迎え撃った。戦術的に正しい選択だ。しかし敵は2倍の大軍……戦線はすぐ押され始めて、戦況は不利になる。
カーディア女伯爵の大軍は両翼の部隊を広く展開して、アップトン女伯爵の軍隊を半包囲した。数的優位を最大限に活かして敵を殲滅する算段だ。
広い戦場は兵士たちの血に染まり、歓声と悲鳴が轟く。剣と剣がぶつかり合い、槍と槍が刺し合う。空から矢の雨が降り注ぎ、無慈悲に敵の命を奪う。馬の足音が地面を揺らして、騎兵たちが敵を踏みにじる。
夏の太陽の下で、両軍は殺し合い続ける。そして時間が経てば経つほど……勝敗が明確になる。『銀の魔女』の兵士たちが『金の魔女』の大軍に圧倒され、次々と倒れていくのだ。そのまま戦線が突破されて、総崩れになったら……『銀の魔女』は生き残れない。
しかし『金の魔女』の大軍が勝利を確信していた時……異変が起こる。
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その異変に1番早く気付いたのは、『金の魔女』の後方部隊だった。
彼らは余裕のある笑顔をしていた。もう勝利が確定したと判断したんだろう。しかし最後の最後で……慈悲の女神は彼らを見捨てた。
「……え?」
後方部隊の1人が目を見開いた。いきなり後ろから誰かが現れたのだ。
「何だ、あれは……」
普通の馬とは比べものにならないほど大きい黒い軍馬……その上に1人の巨漢が乗っていた。真っ赤な鎧を着て、巨大な戦鎚を背負い、とんでもないほど長い大剣を手にしている巨漢だ。
「まさか……」
その巨漢の肌色を確認して、後方部隊の兵士たちは驚愕する。
「赤い……化け物!?」
「へっ」
俺は笑った。敵兵士たちの驚愕の表情が……俺にはたまらない!
「ぬおおおお!」
すかさず突進して、大剣を振るった。真っ赤な血が飛び上がり、敵2人が首を失う。
「うわああああ!?」
「ひいいいいっ!」
周りの敵が悲鳴を上げながら逃げ散る。俺は敵部隊の中央に向かって走りながら、次々と敵兵士を斬り捨てた。
「何だ!?」
「や、やつを止めろ! 止めろ!」
敵兵士たちが俺の前を塞ごうとするが……無謀だ。
「ケール!」
俺が名を呼ぶと、ケールが低い鳴き声を上げる。そして前に立ち塞がる敵兵士たちに突進し、やつらを踏みにじる。
「ぐわっ……!」
ケールに踏みにじられたやつは血を吐いて絶命する。その光景を見て他の敵兵士たちが悲鳴を上げるが……その悲鳴が終わる前に、俺の大剣がやつらを両断する。
「こ、この化け物!」
今度は十数人の槍兵が現れて槍の壁を作る。ちゃんと訓練された動きだ。
長い槍で騎兵を阻止するのは、確かに有効な手段だ。しかし俺とケールには通用しない。
「はああっ!」
ケールが疾風のように駆けて、瞬く間に槍兵たちの側面に飛び込む。そして俺が大剣を大きく振るうと、大量の血が流れると共に槍の壁が脆くも崩れる。
『金の魔女』の後方部隊は、主に歩兵と弓兵だ。俺はやつらを屠りながら走り続けて……ついに敵指揮官を見つけた。
敵指揮官は軍馬に乗り、華麗な鎧を着ていた。たぶんどこかの男爵なんだろう。俺は迷いなくやつに向かって突進した。
「え……?」
俺の姿を見て、敵指揮官が間抜けな顔をする。『安全な後方に何故敵が……?』という顔だ。しかもやつは兜を外していた。
「ぐおおおお!」
俺は周りの兵士たちを斬り捨てながら敵指揮官に接近し、やつの頭を縦に両断した。敵指揮官は間抜けな顔のまま死んでしまった。ある意味幸せなやつだ。
指揮官があっけなく死ぬと、『金の魔女』の後方部隊は完全に混乱に陥る。そして同時に物凄い歓声が上がる。俺の兵士たちが……戦場に辿り着いたのだ。
「敵を殲滅しろ!」
3800人の軍隊の先頭で、長身の女性が叫んだ。『錆びない剣の傭兵団』の副団長、カレンだ。彼女は兵士たちを率いて早速殺戮を繰り広げる。
後方から怒涛のような攻撃を受けて、『金の魔女』の大軍が崩れ始める。『あり得ない方向から現れた敵部隊による、予想外の攻撃』……戦場でそれほど恐ろしいことはない。
「団長!」
カレンが俺の姿を見つけて、すぐ駆けつけてきた。
「カレン、俺は騎兵隊と共に敵の中央を突破する。お前は歩兵部隊を連れて、敵の弱いところを突け!」
「はっ!」
俺は800の騎兵隊を指揮して、戦場を駆け抜けた。目標は敵の本陣だ。
『金の魔女』の大軍は瞬く間に恐怖に支配され、絶望のどん底に落ちてしまう。そうなったらもう正常な判断ができなくなる。敵の規模は実際よりも何倍も大きく見えて、ただただ逃げ走る臆病者になってしまうのだ。
俺の騎兵隊はそんな臆病者たちを殺し続けた。数百の敵が倒れる間、こっちは1人も犠牲者が出ない。一方的な殺戮だ。
「うおおおお!」
俺は騎兵隊の先頭で走り、大剣を振るい続けた。もう俺とケールの全身は無数の敵の返り血で真っ赤に染まっていた。敵にとっては、俺はもう悪魔そのものに見えるはずだ。
「反撃しろ!」
「やつらを食い止めろ!」
敵騎兵隊がこっちに向かってくる。やっと俺の攻撃に対応しようとしているのだ。しかしもう何もかも遅い。
俺は迫ってくる敵騎兵を次々と両断した。首、腕、胴体……俺の大剣が届くたびに人体が解体される。
「貴様ぁ!」
白い鎧の騎士が、俺に向かって突進してきた。敵騎兵隊の指揮官なんだろう。
「死ね!」
やつは長い槍で俺を狙った。しかし俺は背負っていた戦鎚『レッドドラゴン』を素早く手にして、やつに投げ飛ばした。
「ぐはっ!?」
戦鎚に胸を強打されて、白い鎧の騎士が落馬すると……ケールがやつを踏み殺す。
「そんな……!?」
「あ、悪魔だ……!」
指揮官が一瞬で死んでしまい、敵騎兵隊も戦意を失う。恐怖で体が硬直して、抵抗もできないまま殺され続ける。
「後退だ! 後退しろ!」
「逃げろ……!」
完全に戦意を失った『金の魔女』の大軍が後退し始める。戦場から離脱し、生き延びるために必死に走る。俺はそんな敵を追跡し、殺戮を続けた。
やがて30分後、俺は戦闘を中止した。俺の兵士たちも相当疲れているし、もう敵軍の死体で山ができている。カーディア女伯爵を逃がしたのは残念だけど……空前絶後の大勝利だ。
「勝った! 勝った!」
「俺たちの勝利だ!」
「うおおおお!」
俺の兵士たちが勝鬨を上げる。俺は革の水筒を取り出して、水を1口飲んだ。




