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第154話.狐狩りだ

 6月初……アップトン女伯爵の率いる同盟軍は山脈を横切る道路を封鎖し、敵軍の侵攻を食い止める準備に入った。狭い場所で戦い、大軍の数的優位を可能な限り無効化する作戦だ。


 しかしその作戦は早速崩壊した。『ケント伯爵領が侵攻を受けている』という知らせを聞き、俺が軍隊を率いて戦線から離脱したからだ。


 仕方なくアップトン女伯爵は同盟軍を後退させ、近くの軍事拠点『ベルミン要塞』に向かった。戦線を維持できない以上、籠城戦にかけるしかないと判断したのだ。


 そして『金の魔女』……カーディア女伯爵の大軍は山脈を超えて、アップトン女伯爵の軍隊を追撃し始めた。


---


 その時……俺は3800の兵力と共に、自分の領地へ撤退をしていた。


 同盟を見捨てて戦線を離脱……暴挙と言える行為だが、俺の兵士たちは指示に従順に従った。彼らにとって、もう俺は『勝利の象徴』を超え……『戦争の神』なのだ。


 そう、それでいい。『総指揮官への絶対的な信頼』……それこそが我が軍の強みだ。どんな状況でも士気を失わず、規律を維持するためには……兵士たちの信頼が必要だ。


 しかし我が軍の中には、俺のことを『戦争の神』ではなく『1人の人間』として見ている人もいる。それはもちろん……シェラだ。


 進軍の途中、シェラが馬に乗ったまま俺とケールに近づいて、小声で話しかけてきた。


「ね、レッド」


「何だ、シェラ」


「それが……」


 シェラは少し間を置いてから話を続ける。


「トムやエミルさんを助けに行かなければならないのは分かるけど……本当にいいのかな?」


 俺は何も言わず、ただシェラの顔を凝視した。


「その……同盟の軍隊が負けたら、次は私たちなんじゃないかな……」


「そうかもな」


「なのにどうして……」


 シェラが心配そうな顔をして、俺は思わず笑った。


「な、何で笑うの?」


「ありがたいからだ」


「ありがたい?」


「ああ」


 俺は頷いた。


「お前は……俺のことを心配してくれている。それがありがたいのさ」


「当然でしょう? 私はレッドの婚約者なんだから」


「そうだな」


 俺は手を伸ばして、シェラの頭を撫でた。抱きしめたいけど……今は流石に無理だ。


 しばらく俺はシェラと一緒に轡を並べて、道を歩いた。


「……シェラ」


 ふと俺が口を開くと、シェラが俺を見つめる。


「何?」


「人間が1番騙されやすい時はいつなのか、分かるか?」


「1番……騙されやすい時?」


 シェラが首を傾げる。


「分からない。どういう時なの?」


「それは……『自分の思い通りに事が運んでいる』と確信している時だ」


 俺はゆっくりと説明した。


「これは鼠の爺の教えなんだが……確信に満ちた人間は、何も疑わなくなる」


「それは……そうかもね」


 シェラが頷き、俺は説明を続けた。


「確信に満ちた人間は、たとえ1歩先に罠があっても疑わずに進むのさ。自分が正しいと思っているからな」


「ふむ……」


「歴史の中の多くの指揮官がそうやって破滅した」


「なるほどね」


 シェラがもう1度頷く。


「でも……それがどうしたの?」


「それが……『金の魔女』を狩るための、俺の策だ」


 俺は微かに笑った。


「『金の魔女』は、俺との直接対決を避けようとしている。だから俺とアップトン女伯爵を離間し、傭兵団を使って俺の領地を襲撃した。つまり……俺がアップトン女伯爵を見捨てて、自分の領地へ撤退するように仕向けたわけだ」


「え?」


 シェラが驚く。


「じゃ……今私たちは、『金の魔女』の策にまんまとかかったの?」


「そう見せかけたのさ」


 俺は笑った。


「作戦会議で、俺はわざとアップトン女伯爵や2人の男爵を侮辱した。その噂はもう広まっているだろう。当然『金の魔女』が潜入させた情報部員の耳にも入ったはずだ」


「あれが芝居だったの!?」


「もちろんだ」


 俺は頷いた。


「表面上では『アップトン女伯爵とレッドが喧嘩して、レッドは無断で戦線から離脱した』ということになる。それで『金の魔女』は今頃『私の策にまんまとかかったな、青二才が』と思っているだろう」


「じゃ、この撤退は……罠?」


「そういうことだ」


 俺は静かな声で話を続けた。


「アップトン女伯爵は作戦通り『ベルミン要塞』まで後退する。そして『金の魔女』の軍隊はアップトン女伯爵を追跡するだろう。俺が背後から現れるとは思いもよらずに」


「今から同盟を助けに戻るの?」


「いや、まだだ。敵を完全に欺くためには……もう少し撤退しなければならない。『金の魔女』が勝利を確信するまで、我々は必死に演技を続けなければならない」


 戻りが早すぎると、敵が罠にかからない。逆に遅すぎると、同盟の軍隊が耐えられない。ここからは……ギリギリのタイミングの戦いだ。


---


 そして2日後の夜のことだった。


 俺の軍隊は森の近くで野営地の構築を開始した。今日はここで夜を過ごして、明日また進軍する……と誰もが思っていたはずだ。


 しかし俺は各部隊長を集めて……来た道を戻るように命令した。


「団長、今から……戻るんですか?」


 カレンが部隊長たちを代表して質問した。


「ああ、そうだ。全速力で戻る」


「それは……」


「反論は認めない。準備しろ」


「はっ!」


 カレンと部隊長たちが一斉に答えた。


 我が軍は野営地の構築を中断して、早速進軍の準備に入った。夜の進軍……兵士たちの体力は激しく消耗するだろうし、脱落者も出るだろう。しかしこのタイミングを逃してはいけない……!


 月明かりを浴びながら、3800人の兵士が道を進んだ。金色の狐を狩るために。

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