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第153話.美人との密会

 その日の夜……俺は自分の天幕の中で訪問者を待ち続けた。


「……遅いな」


 時間はもう9時を過ぎている。ま、あの女も立場があるからそう簡単に動くことはできないだろうけど。


 更に30分後、こちらに向かってくる足音が聞こえてきた。


「やっと来たか」


 俺が天幕の入り口を振り向くと同時に、誰かが入ってくる。フードで顔を隠しているけど、体格からして女性だ。


「……ふう」


 その女性は小さい溜め息をついてからフードを外した。すると彼女の美しい顔が見える。


 少し短めの黒髪と清らかな肌……相当な美人だ。しかし氷のように冷たい表情と鋭い目つきのせいで、軽々しく近寄れない雰囲気が漂う。


「遅くなったこと、申し訳ない」


 鋭い目つきの美人……アップトン女伯爵がそう言った。


「別にいいんだ。それより本題に入ろう」


「そうだな」


 アップトン女伯爵は頷いてから、俺の顔を凝視する。


「……私が何を話したいのか、分かっているだろう?」


「ああ」


 俺は微かに笑った。


 美人との夜の密会……と言えばお色気話に聞こえるかもしれないが、この『銀の魔女』に限ってそんなことはない。


「つまり……このままだと我々は大敗する、という話なんだろう?」


「そうだ」


 アップトン女伯爵の顔が少しだけ明るくなる。自分と俺が同じことを考えていたと確認して、安心したのだ。


 アップトン女伯爵は隅の椅子に腰をかけ、足を組んでから口を開く。


「ハリス男爵の主張した持久戦は……確かに適切な戦術に見える。しかし我々の現状には当てはまらない」


「ああ、相手があの『金の魔女』だからな」


 大軍の侵攻に対し、狭い道路を封鎖して持久戦に持ち込む……一般的に言えば1番合理的な判断だ。だけど……。


「『金の魔女』も馬鹿ではないから、持久戦への対策は万全だろう。それに、もうすぐ南から知らせが来るはずだ。『俺の領地が侵攻を受けている』という内容の知らせがな」


 俺は笑った。


「それを聞いたら、俺は遅かれ早かれ領地に帰還せねばならない。本拠地を失ったら何もかも終わりだからな」


「そして其方が戦線から離れると、カーディア女伯爵は一気に攻め込んでくるだろう」


「ああ、金の魔女の『勝利へのシナリオ』が完成されるわけだ」


 俺とアップトン女伯爵の視線が交差する。


「……対策はあるのか?」


 アップトン女伯爵が小声で質問してきた。俺は椅子に深く座って「ああ、もちろんだ」と答えた。


「俺は本拠地の守備を有能な指揮官に任せておいた。そう簡単には落ちない」


「それだけでは足りない」


 アップトン女伯爵の美しい顔が不満そうな表情になる。


「分かっているさ」


 俺は苦笑して、席から立った。


「もう1つ策がある。しかしそれを言う前に、聞きたいことがある」


「何だ?」


「ハリス男爵とグレン男爵は……信用できる人たちか?」


 俺の質問に、アップトン伯爵領が眉をひそめる。


「もちろんだ。特にハリス男爵は……私が窮地に立たされた時、助けの手を差し伸べてくれた人だ。まさに恩人と言える」


「じゃ、グレン男爵の方は?」


「彼は……」


 アップトン伯爵領は少し間を置いてから答える。


「彼は……私に好意を抱いている」


 なるほど、そういう関係だったのか。


「じゃ、この策を使えそうだな」


 俺はゆっくりと説明を始めた。


---


 それから2週間……アップトン女伯爵の率いる同盟軍は、防御戦の準備に入った。


 ブルカイン山脈を横切る主要道路を完全に封鎖して、木柵や臨時要塞を建てた。狭いところで戦えば、たとえ大軍であっても突破は難しい。


 そしてカーディア女伯爵の率いる1万5千の軍隊が徐々に迫りつつある時……俺に知らせが届いた。俺の本拠地である『ケント伯爵領』が、約3000に至る敵軍に襲撃されたという知らせだ。


 俺は作戦会議でその知らせをアップトン女伯爵と2人の男爵に伝えた。


「レッドさんの本拠地が……襲撃されているということですか!?」


 パン屋の店主みたいなハリス男爵が、驚いて席から立ち上がる。


「ああ、どうやら陸路と海路を同時に使って大規模の傭兵団を送ってきたらしい」


「そんな……」


 ハリス男爵の額から冷や汗が流れる。


「……それで、其方はどうするつもりだ?」


 アップトン伯爵領が冷たい声で質問してきた。


「どうも何も、俺は領地に帰還する」


「何ですと!?」


 ハリス男爵が驚愕の声を上げる。


「れ、レッドさん……それだけは駄目です。今カーディア女伯爵の大軍がこちらに向かってきています。レッドさんの軍隊が帰還してしまったら、我々は……」


「俺の知ったことではないな」


 俺は笑った。


「俺は俺の領地が大事だ。あんたらのことはあんたらがどうにかしろ」


「そんな……!」


 ハリス男爵は汗をかきながら慌てる。


「ハリス男爵、こんなやつは放っておきましょう」


 若いグレン男爵が冷たく言った。


「最初から平民の領主なんかに期待などしていませんでした。何しろ、大局も読めない人間は必要ありません」


「へっ」


 俺はもう1度笑った。


「じゃ、言葉に甘えさせて……俺は帰るよ」


「勝手にしろ」


 俺が席を立つと、グレン男爵が睨みつけてくる。


「……其方」


 アップトン女伯爵が冷たい視線で俺を凝視する。


「本当に帰還するつもりか? それは我々の同盟に対する背信行為だぞ」


「何とでも言え」


 俺は笑顔でそう答えた。


「これで失礼する。せいぜい頑張ってくれ」


 その一言を残して、俺は天幕から出た。

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