第147話.手紙
来たるべき戦いに備えて、俺はできる限りの手を尽くした。
まずは軍事訓練だ。俺は週に3回、直接兵士たちを訓練させた。今回は後方部隊も先鋒部隊のように仕上げておくべきだ。何しろ、どこが戦線になるか分からないのだ。
その次は連絡手段の補完だ。狼煙、伝書鳩、伝令兵などを利用して……どんな状況でも各領地の間に連絡が取れるようにしておく必要がある。
狼煙は天気が悪いと使いにくい。伝書鳩は鳩が鷹などに狩られて失敗する場合がある。伝令兵は1番確実だが1番遅い。結局1つの手段だけに頼るのはよくない。
そして最後は海岸防衛だ。敵の一部は海路を使って侵攻してくるはずだ。その侵攻を防がないと、最悪の場合には城が落ちる可能性すらある。
1番いいのは、敵が上陸する前に撃退することだ。しかしそのためには大規模の艦隊が必要だ。残念だが、俺はそんなものは持っていない。
代わりに数隻のボートを偵察隊として編成し、交代で海岸を見回るように指示した。敵の動きを早期に探知し、上陸してきたら騎兵隊で迅速に撃退する計画だ。
これらの対策も完璧とは言えない。でも今の状況では最善だ。残りの問題は……『金の魔女』の本隊を打ち破ることだ。
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俺は城の執務室で3通の手紙を読んだ。
「ふむ……」
最初の手紙は『南の都市』の警備隊隊長、オリンからのものだ。俺の指示通り、都市の防備を強化したという内容だ。オリンは有能とまでは言いにくいが、少なくとも誠実ではある。
次はルベン・パウルからの手紙だ。ルベンも今回の戦いに備えて軍隊を訓練中で、もうすぐ従妹の『シルヴィア・パウル』をここに連れてくるという話だ。彼女と俺の婚約のために。
最後は俺の同盟である『アップトン女伯爵』の手紙だ。彼女は今の状況を理解し、なるべくこちらと連携して戦うことを明言した。そしていくらかの経済的な支援も約束してくれた。流石『銀の魔女』というべきか。
「カーディア女伯爵はこちらを上回る情報力を持っていますね」
俺が3通の手紙を読み終えた時、エミルがそう言ってきた。
「かなり大規模の情報部を運用しているんでしょう」
「だろうな」
俺は頷いた。
エミルの率いる情報部は有能だ。創設されてから1年くらいしか経っていないし、規模も大きくないけど……かなりの成果を上げている。しかしカーディア女伯爵は……もう結構昔から大規模の情報部を運用してきたに違いない。
「金の魔女は前回の大戦でも活躍したベテランだし……今までの相手とは違う意味で強敵だ」
「……何か嬉しそうですね」
エミルが冷たく言ってきて、俺は苦笑いした。
指導者としては、強敵の出現を嫌がるべきだ。しかし戦いこそが生き甲斐である俺としては……未知の強敵はいつでも歓迎だ。
「5月あたりに向こうから宣戦布告してくるだろう。それまでに金の魔女の情報網を把握しておけ」
「かしこまりました」
エミルが無表情で頷いた。
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翌日、俺は側近たちと一緒に軍事訓練を指揮した。
朝早から兵士たちを率いて城から出陣し、城下町から少し離れた平原まで進軍する。そして俺とカレンが各々の部隊を率いて模擬戦闘を行い、兵士たちの規律と士気を高める。それは普段通りだが、普段とは違って今日は……シェラとトムにも兵士の指揮を任せた。
トムなら心配しなくてもいいだろう。俺の副官として何回か指揮を執ったことがあるし、実戦も経験した。しかしシェラは……。
シェラは完全武装して、数十の女兵士たちの前に立っていた。俺は何も言わず遠くからシェラの指揮を見守った。
「突撃!」
シェラが高い声で命令すると、女兵士たちが動き始める。まだ未熟だけど、シェラなりに必死に頑張っているのだ。
カレンの指揮は一層上達した。特に歩兵の指揮に関しては俺以上かもしれない。どんな局面でも彼女の率いる部隊は活躍できるだろう。
トムの統率力も予想以上だ。小柄の少年なのに、自分より大きい体格の兵士たちを上手くまとめている。正直に言って少し驚いた。
指揮を執る側近たちの姿と兵士たちの動きを見て……俺は確信した。こいつらなら信じて戦線を任せられる。そして彼らが耐えている間に敵を粉砕するのは……俺の役目だ。
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訓練の後……俺は軍隊を率いて城に帰還し、休憩を命じた。
俺はシェラと一緒に領主のベッド室に入って鎧を外した。すると数人のメイドたちがカートを利用して、汗をかきながら鎧を運んだ。
「レッドの鎧が重すぎるのよ」
「そうだな」
俺は苦笑した。
それからベッド室に付属した浴室で体を洗った。俺はシェラと一緒に洗おうとしたが、シェラは赤面になって俺を追い出した。
結局交互に体を洗ってから、一緒にベッドに横になった。シェラの髪からいい香りがする。
「……作戦は延期になったね」
ふとシェラが言った。
「作戦? 何の作戦だ?」
「カレンさんとエミルさんを結ぶ大作戦」
「へっ」
俺も思わず笑ってしまった。
「まだ諦めていないのか」
「もちろんよ! こんな時代でも、個人の幸せは大事だから!」
ま、それは確かにそうかもしれない。
「タリアちゃんと一緒に完璧な作戦を立てたから、戦争が終わったら実行するの!」
「完璧な作戦か……」
どう考えても失敗する未来しか見えないけど、俺は何も言わなかった。
「あ、そう言えば……」
シェラが上目遣いで俺を見つめる。
「レッドはさ、タリアちゃんの作品が気に入らないの?」
「タリアの作品?」
「うん、あんたを主人公とした叙事詩のこと」
「あれのことか」
俺は眉をひそめた。
「気に入らないわけではないけど、現実の俺とあまりにもかけ離れているんだ」
「別にいいじゃない」
シェラが俺の手を掴んだ。
「私は気に入ったの。私たちの思い出を見返すこともできるし」
「いや、お前があの叙事詩を気に入っている理由は……『シェラ様は絶世の美少女』と書かれているからだろう?」
「ち、ち、違うわよ!」
シェラが俺の手を放して、背を向ける。俺は笑顔で彼女を後ろから抱きしめた。
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次の日、俺が執務室で書類仕事をこなしている途中……エミルが入ってきた。
「総大将、これを……」
エミルが1通の手紙を俺に渡した。差出人が書かれていない手紙だ。
「何だ、これは?」
「ある行商人が『領主様への手紙』と言って城門の警備隊に渡したそうです。しかし差出人については、その行商人も知らないそうです」
「じゃ、誰が送ったのかまったく知らないのか」
「はい。でも私が調べたところ、何の仕掛けもないただの手紙です」
「なるほど」
手紙を開けると、たった1行の文章が書かれていた。俺はそれを声に出して読んだ。
「『私たちは元気だ。早く迎えに来い』……か」
俺は笑った。
「……何の手紙ですか?」
「家族からの手紙だ」
「家族?」
「ああ」
エミルが怪訝そうな表情をしたが、俺はそれ以上は説明しなかった。




