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第146話.やっかいな戦略を……

 海賊の襲撃から2週が過ぎて、3月になった。やっと冬が終わって春が来たわけだ。積もっていた雪は溶けてなくなり、周りの風景は徐々と緑色に変わっていった。


 しかし風景を楽しむ余裕などない。気温が暖かくなったから、冬の間中止していた軍事訓練を再開しなければならない。もうすぐ大きな戦いが始まるのだ。


 俺は軍隊の訓練を直接指揮した。俺の兵士たちの規律と士気は高いけど、まだ改善の余地がある。


 『錆びない剣の傭兵団』の指揮官であるカレンはもちろん、シェラとトムも訓練に参加した。何しろ今回の戦いは……後方部隊も安全ではないかもしれない。そんな予感がする。


 一通りの訓練を終えて、みんなに休憩を命じた。そして俺は城の3階の執務室に入った。


「お疲れ様です」


 エミルが無表情で言った。俺の側近の中で、訓練に参加しなかったのはエミルだけだ。


「大事な情報が2つ手に入りました」


 俺が椅子に深く座ると、エミルが俺の机の前に立って報告を上げる。


「まず1つは、『ハベルン』からの情報です」


 俺はエミルから文書を受け取った。ハベルンに潜入している情報部員からの報告書だ。


「総大将の予感が当たったようです。カーディア女伯爵はハベルンの港に多数の軍艦と傭兵を集めているに違いありません」


「やっぱり狙いは海路からの奇襲か」


 俺の領地は、多少の差はあれど全部海に接している。敵が海路を使って奇襲してくるのなら、どこも安全ではない。


「資金力の差がありすぎるな……」


 俺にも一応『海軍』はある。しかしせいぜい南の都市を海賊から守る程度だ。多数の軍艦を撃退できるほどの艦隊はない。いや、そもそもそんな艦隊を維持できるほどの経済力がない。


「2つ目の情報は?」


「ルベンからの連絡です」


 エミルは俺にもう1枚の文書を渡した。これはルベンからの手紙だ。


「ルベンの領地で不満分子が反乱を画策していましたが、幸い早期鎮圧できたそうです」


「なるほど」


 ルベンは実の兄を裏切って、平民の俺の傀儡となった。当然不満を持っている人間もいるだろう。


「問題は……誰かが裏で反乱の糸を引いていたことです」


「その『誰か』の正体を突き止めることはできなかったみたいだな」


「ま、犯人はカーディア女伯爵である可能性が高いでしょう」


「だろうな」


 俺が頷くと、エミルが冷たい声で話を続ける。


「これらの情報から、カーディア女伯爵の意図を推測できます。つまり彼女は……」


「俺との直接対決を避けるつもりだ」


「その通りです」


 エミルが少し満足げに頷く。


「どうやら『金の魔女』は……今までの相手とは違うようだ」


 俺は眉をひそめて、考えに耽った。


 思えば俺が総大将になって以来……戦争した相手は全部分かりやすかった。正々堂々と勝負する獅子『ホルト伯爵』、無能な負け犬『パウル男爵』、直接対決を好むイノシシ『ケント伯爵』……この3人は全部『正面から戦って勝てばどうにかなる相手』だったのだ。


 もちろん『正面から戦って勝つ』ことは決して簡単ではなかったが、俺は自分の武力を十二分に発揮して勝利を掴んできた。それが今まで俺が歩んできた道だ。


 しかし今回の相手は違う。金の魔女『カーディア女伯爵』は……女狐だ。彼女は俺と正面から戦う代わりに、俺の部下を離反させたり、反乱を扇動したり、海路を使って奇襲をかけたりする気だ。


「『赤い化け物』と正面から戦ったら、勝ち目がないと判断したんでしょう」


 エミルが冷静な口調で言った。


「いくら強い化け物でも、1人で広い戦線を全部カバーできるわけではない。だからこそカーディア女伯爵はあらゆる角度からの同時攻撃を狙っているに違いありません」


 エミルの言う通りだ。俺が敵の大軍を打ち破っても……その隙に各領地が分断され、城が落ちたら敗北だ。


「戦闘で勝っても戦争で負ける……か」


 今の俺に対して一番有効な戦略だ。苦戦は免れないだろう。


「どうなさいますか?」


 エミルが無表情で聞いてきた。


「南の都市に連絡して、海からの侵攻に備えるように指示しろ。そして『アップトン女伯爵』と現状の情報を交換する」


「かしこまりました」


 エミルは早速外交文書の作成に入った。


 その時、誰かが執務室の扉をノックした。俺が「入れ」と言うと、小柄の少女が入ってくる。


「領主様!」


「タリアか」


 訪問者は吟遊詩人見習いのタリアだ。一見道化師に見える服装をしている少女は、リュートを背負ったまま俺に近づく。


「何の用だ?」


「はい、実は領主様を主人公とする大叙事詩の序章が完成されました!」


 タリアは目を輝かせながらそう言った。


「大叙事詩……?」


「はい、こちらになります!」


 タリアは片膝をついて、俺に数枚の文書を捧げる。俺はそれを受け取って読んでみた。


「ふむ」


 タリアが持ってきた文書には、俺が南の都市にいた時の話が書かれていた。格闘場の選手として戦ったことや、犯罪組織に対抗したこと、そして『天使の涙』に関する陰謀を打ち破ったことまで……わりと詳しく書かれている。


「ど、どうでしょうか!? お気に入りでしょうか!?」


 タリアの顔は期待に満ち溢れていた。しかし……これは……。


「……美化しすぎだな」


 俺は苦笑して、文書をタリアに返した。


「内容は悪くないけど、俺はそんな完全無欠な人間ではないぞ」


「そ、それは……!」


 タリアが慌てる。


「しかし……領主様は主人公でいらっしゃいますから! 主人公は美化されるのが普通であります!」


「いやいや……」


 俺はもう1度苦笑した。


「流石に現実の俺とあまりにもかけ離れている。俺は基本的に暴力を好む人間だ。そう書いておけ」


「し、しかし……!」


 タリアが泣きそうな顔で俺を見上げる。


「別にいいじゃありませんか」


 いきなりエミルが口を挟んできた。


「総大将は化け物と呼ばれるほど、みんなに恐れられている。そういう印象を緩和するためにも、少し美化するのは仕方ないでしょう」


「完全にプロパガンダじゃないか」


「偉人伝、自伝、叙事詩……全部最初はそんなもんですよ」


「へっ」


 俺は苦笑するしかなかった。


「ところで、タリア」


「は、はい!?」


「内容が結構詳しかったけど、俺の話をどこから聞いたんだ?」


「トムさんからです!」


 暗かったタリアの顔が一瞬で明るくなる。


「トムさんは個人的に領主様の活躍を記録していました! 自分はそれを元にして叙事詩を書きたい所存です!」


「なるほど、トムか……」


 鼠の爺とアイリンが旅立ってしまった以上、俺の過去について1番よく知っているのはトムだ。俺が格闘場の新入りだった頃から、トムは俺を応援している。


「ま、分かった。トムと相談して、好きなように書け」


「……はい!」


 タリアは嬉しく笑いながら頭を下げた後、執務室を出た。

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