第143話.まだ間に合う
海賊は、この王国にとってもう数百年前からやっかいな存在だ。
やつらは速度を重視した船を操り、貿易船や防備の薄い漁村などを奇襲する。そして殺人、略奪、放火をしてから……討伐軍が来る前に海へ逃げ出す。盗賊の中でも特に対処しにくいのが海賊だ。
その海賊が俺の領地、南東方の小さな漁村を襲撃した。俺は騎兵隊を招集して迅速に現場に向かっているけど、間に合わない可能性が高い。しかしそれでも行くしかない。少しでも早く被害を収拾し、生き残った村人を助けなければならない。
ところが道の途中、1人の行商人を見つけて……俺は考えを変えた。
「まだ戦闘が続いているだと?」
「はい!」
行商人が怯えた顔で頷く。
この行商人は商売のために例の漁村に向かっていたが、海賊と村人たちが戦っているのを目撃して逃げ出したようだ。
「村人は大きな倉庫の中で籠城していました。おかげで海賊たちも手を出しあぐねている様子でした」
海賊としては、戦利品のためにも漁村の倉庫を略奪したいんだろう。しかし村人たちが倉庫を死守して、戦いが長引いているようだ。
「情報、ありがとう」
俺は行商人にいくらかの謝礼金を渡して、カレンを呼んだ。
「カレン、今から俺は1人で漁村に向かう」
「団長1人で……?」
カレンが目を見開く。
いくら精鋭の騎兵隊でも、漁村までずっと走れるわけではない。もう夜だし、休憩を取らなければならないのだ。しかし明朝になったら漁村は全滅するだろう。
「俺のケールならまだ間に合う」
ケールの速度と体力は驚異的なほどだ。休憩せずに走れば、夜が明ける前に辿り着ける。
「かしこまりました」
「シェラとトムを頼む」
俺が手綱を操るとケールが走り出す。道路は整備されているし、月が明るくて移動には問題ない。
ケールは喜んでいた。こいつはただ思う存分に走れることが嬉しいのだ。ある意味俺以上の化け物だ。
そして3時間くらい後、流石のケールも少し疲れてきた時……前方から明かりが見えてきた。松明の明かりだ。
「着いたか」
松明の動きから、俺は状況を把握できた。海賊たちは大きな倉庫を包囲し、内部に侵入しようとしている。倉庫を燃やすこともできるが、それでは戦利品を得られない。だから手をあぐねているわけだ。
「もう少しだ、ケール!」
俺が声をかけると、ケールが速度を上げる。こいつも本能的に戦場を感じて、力を絞り出しているのだ。
やがて漁村の近くまで行ったら、入り口の近くに立っていた男たちが俺の姿を見て驚く。
「な、何だ!?」
まさかこんなに早く討伐軍が来るとは予想もしていなかったんだろう。男たちは慌てて、手に持っている斧や剣を振るおうとしたが……俺の攻撃の方が速い。
「ぐおおおお!」
俺が振るったのは、成人男性の背より長い大剣だ。鎧を着ている騎士たちには戦鎚の方が便利だが、 軽装備の盗賊たちには大剣の方が効果的だ。
「ひいいいっ!?」
海賊たちが悲鳴を上げる。俺の一撃で3人の仲間の首がはねられたから当然の反応だ。俺はそのまま漁村の中に進入し、倉庫を包囲している海賊たちに向かって突進した。
「て……敵だ!」
「は、反撃しろ!」
赤い鎧と大剣を装備し、黒い軍馬に乗っている俺の登場に海賊たちが怯える。俺は容赦なく大剣を振るって、瞬く間に数人を斬り捨てた。
「おのれ!」
体格の大きい海賊が駆けつけてきて、大斧を振り回した。しかしその攻撃が届く前に、俺はやつの右腕に大剣を突き刺した。
「くっ……!」
やつの顔が苦痛で歪み、動きが止まる。俺はその隙を逃さずもう一度大剣を振るって……やつの体を両断した。真っ赤な血が四方に飛び散り、やつの巨体が地面に崩れ落ちる。
「う、うわあああ!?」
「逃げろ……!」
今俺が殺したのは、たぶん海賊の頭の1人だったんだろう。海賊たちはもう戦意を失い、俺の視野から逃げようと必死に走り出す。
俺はケールに乗って走り回りながら殺戮を続けた。大剣はもう血まみれになってしまった。少数の海賊が弓で俺を攻撃しようとしたが、こんな夜中では遠距離攻撃が難しい。やつらは早速大剣によって首を失った。
生き残った海賊たちは海辺まで走っていき、小さなボートに乗って海へ出た。海には1隻の大きな船が浮かんでいる。海賊の船なんだろう。
「ちっ」
俺は舌打ちした。いくらケールでも海の上を走ることはできない。
「お、置いていかないでくれ!」
1人の海賊が海に向かって叫んだ。逃げ遅れて仲間たちに見捨てられたのだ。俺が近づくと、海賊は悲鳴を上げながら尻餅をつく。
「助けてください! どうか命だけは……!」
海賊が必死に命乞いした。俺はケールから降りてやつに近づいた。
「お前たちの本拠地の位置を言え。そうすれば助けてやらなくもない」
「言います! 言います!」
海賊は何度も頭を下げた。よし、これでやつらの本拠地を叩ける。俺は内心笑った。




