第140話.予想外の提案
吟遊詩人見習い、『タリア』の芸術に対する情熱は本物みたいだ。
タリアは毎日の如く公演した。たった15歳で小柄の少女なのに、何時間も歌っても疲れないのは正直驚いた。
宴会場の方から聞こえてくるタリアの歌声は、もうすっかりこの城の日常になってしまった。少数だけどファンができて、本人は大変喜んでいる。
しかもシェラの話によると、カレンもタリアのファンになったようだ。
「……カレンも?」
「うん!」
応接間で一緒に紅茶を飲みながら、シェラが頷く。
「タリアの歌う歌は甘い恋に関するものが多いでしょう? カレンさんね、そういうのが大好物らしいよ!」
「へえ……」
「普段から恋愛小説もたくさん読んでいるそうだからね」
「そうだったのか」
1流剣士で、素晴らしい筋肉の女戦士なのに……甘い恋の歌や恋愛小説が好きなのか。
「俺はてっきり戦争小説とかが好きだろうと思っていたのにな」
「レッドもまだまだだね。乙女の心が理解できていない」
「へっ」
俺は苦笑いした。
「それでね、できればエミルさんも公演に来てほしいんだけど」
「エミルも? それはつまり……」
「うん、カレンさんとエミルさんに何かきっかけを作ってあげなきゃ!」
シェラは明るい顔でそう言ったが、俺は眉をひそめた。
「シェラ、こういう言い方はちょっとあれだが……」
「ん? 何?」
「エミルのことを近くで見てきた俺の考えだけど、あいつは女性にも恋愛にも興味ないし……カレンは他にいい人を探した方がいいんじゃないかな」
「駄目だよ、それは!」
シェラが声を上げる。
「カレンさんって結構本気だからね!」
その時だった。誰かが応接間の扉をノックした。まさかエミルかな? と思った俺は「入ってくれ」と言った。
「領主様、シェラ様!」
しかし入ってきたのは、小柄の吟遊詩人見習い……タリアだった。タリアは大げさに頭を下げてから口を開く。
「昨夜は自分の公演にご来場いただき、誠に感謝いたします!」
「いい公演だったよ」
俺がそう答えた直後、シェラが席から立ってタリアに近づく。
「タリアちゃん! 大変なことが起きたの!」
「大変なこと……でありますか!?」
「うん!」
「何事でしょうか!?」
タリアが目を丸くしてシェラを見上げる。
「タリアちゃん、カレンさんが誰なのかは知っているでしょう?」
「はい! 私より数十倍でかい女戦士の方ですね!」
「流石に数十倍ではないと思うけど……ま、とにかく」
シェラが真面目な顔で話を続ける。
「実はね……あのカレンさんは、エミルさんって人が好きなんだよ!」
「おお、それは素敵です!」
「でしょうでしょう? だからね、タリアちゃんの公演に2人を招待して……」
シェラが作戦を説明すると、タリアが目を輝かせる。
「私の歌であの2方を結ぶなんて……素敵すぎです!」
「でしょうでしょう?」
シェラとタリアが盛り上がる。俺は軽くため息してから、席を立った。
「俺は仕事に戻る。頑張ってくれ」
「私たちに任せて!」
シェラが明るい声で答えたが、俺は不安を感じられずにいられなかった。
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執務室に戻ると、机に座って仕事をしているエミルの姿が見えた。俺は無言で彼の前を通り過ぎて、俺の席に座った。
「な、エミル」
「はい、何でしょうか」
「……いや、何でもない」
エミルが疑問の眼差しを送ってくる。頭の切れる彼だが、まさか裏で女たちが動いているとは想像もしていないだろう。
俺とエミルは、しばらく沈黙の中で書類仕事をこなした。別に急を要する仕事でもないし、ただただ地味な作業だが……誰かはやらなければならない。
少し目が疲れてきた頃……誰かが執務室の扉をノックして、入ってきた。
「総大将」
「トムか。どうした?」
それは俺の副官、トムだ。トムは誠実な態度で報告を上げる。
「ルベン・パウルさんが十数名の兵士を率いて、城下町に到着しました」
「ルベンが?」
俺とエミルの視線が交差した。
「予定より早いな。で、やつはどうしているんだ?」
「彼は総大将との面会を求めています」
休憩も取らずに面会か……相当急いでいるんだな。
「分かった。やつをここまで案内してやれ」
「かしこまりました」
トムが急ぎ足で執務室を出る。俺とエミルは書類を片付いて、訪問者を持った。
やがて1人の男が執務室に入ってきた。小柄だが、貴族らしい男前な顔立ちをしている『ルベン・パウル』だ。彼は少し緊張した表情で俺に近づいた。
「久しぶりだな、ルベン」
「ああ、久しぶりだ」
ルベンは軽く頷く。
「さあ、座ってくれ」
「いや、その前に……まずお前に見せたいものがある」
ルベンは緊張した表情のままそう言った。
「見せたいもの?」
「手紙さ」
ルベンが懐から1枚の手紙を持ち出して、俺に渡した。俺とエミルは視線を交わした。これが例の手紙に違いない。
「それは『金の魔女』、カーディア女伯爵からの手紙だ」
「金の魔女からの?」
俺は手紙を読んでみた。
「これは……」
手紙の内容を理解した瞬間、俺は思わず苦笑いした。
「つまり俺を裏切れば、男爵位の継承を支持してやる……という内容だな」
「ああ」
ルベンが頷いた。
ルベンは自分の兄であるパウル男爵を拘束して、パウル男爵領の名目上の統治者となった。しかしまだ兄から男爵の爵位を奪ってはいない。『実の兄を裏切って爵位を奪った』という汚名を避けるために、時間をかけて世論を味方にしようとしているのだ。
そこで『クレイン地方の貴族の盟主格』である『金の魔女』が提案してきたわけだ。『レッドを裏切れば、お前が男爵になれるように支持声明を出してやる』と。
「で、お前はどうする気だ? ルベン」
「そんなの、見りゃ分かるだろう」
ルベンが即答した。
「僕がその手紙をお前に見せたのは……僕に二心がないと証明するためだ」
「なるほど」
俺が頷くと、ルベンは視線を落として話を続ける。
「もちろんカーディア女伯爵の提案を承諾すれば、いろいろと利益があるだろう。しかし……僕は馬鹿ではない」
ルベンが顔を上げて俺を凝視する。
「戦場でお前が見せた力……あれは本物の化け物の力だ。人間には敵わないさ。僕はお前とだけは戦いたくない」
「そうか」
「それに……お前は敵に対しては容赦ないけど、配下に対しては寛大だ。だから僕は……お前の配下のままでいい」
貴族としてはあり得ない発言だが、ルベンは真面目だった。
「分かった。お前がそこまで言うのなら、俺もお前のことを信用しよう」
「ありがとう」
ルベンの顔が少し明るくなる。
「で、用は済んだか? ルベン」
「いや、もう1つ……お願いがある」
「お願い?」
「ああ」
ルベンは真面目な眼差しで俺を見つめる。
「実は……僕には『シルヴィア・パウル』という従妹がいる。素直で良い子だ」
「……で?」
「どうかあの子と……婚約して頂きたい」
その言葉に、俺は目を見開いた。




