表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
156/602

第140話.予想外の提案

 吟遊詩人見習い、『タリア』の芸術に対する情熱は本物みたいだ。


 タリアは毎日の如く公演した。たった15歳で小柄の少女なのに、何時間も歌っても疲れないのは正直驚いた。


 宴会場の方から聞こえてくるタリアの歌声は、もうすっかりこの城の日常になってしまった。少数だけどファンができて、本人は大変喜んでいる。


 しかもシェラの話によると、カレンもタリアのファンになったようだ。


「……カレンも?」


「うん!」


 応接間で一緒に紅茶を飲みながら、シェラが頷く。


「タリアの歌う歌は甘い恋に関するものが多いでしょう? カレンさんね、そういうのが大好物らしいよ!」


「へえ……」


「普段から恋愛小説もたくさん読んでいるそうだからね」


「そうだったのか」


 1流剣士で、素晴らしい筋肉の女戦士なのに……甘い恋の歌や恋愛小説が好きなのか。


「俺はてっきり戦争小説とかが好きだろうと思っていたのにな」


「レッドもまだまだだね。乙女の心が理解できていない」


「へっ」


 俺は苦笑いした。


「それでね、できればエミルさんも公演に来てほしいんだけど」


「エミルも? それはつまり……」


「うん、カレンさんとエミルさんに何かきっかけを作ってあげなきゃ!」


 シェラは明るい顔でそう言ったが、俺は眉をひそめた。


「シェラ、こういう言い方はちょっとあれだが……」


「ん? 何?」


「エミルのことを近くで見てきた俺の考えだけど、あいつは女性にも恋愛にも興味ないし……カレンは他にいい人を探した方がいいんじゃないかな」


「駄目だよ、それは!」


 シェラが声を上げる。


「カレンさんって結構本気だからね!」


 その時だった。誰かが応接間の扉をノックした。まさかエミルかな? と思った俺は「入ってくれ」と言った。


「領主様、シェラ様!」


 しかし入ってきたのは、小柄の吟遊詩人見習い……タリアだった。タリアは大げさに頭を下げてから口を開く。


「昨夜は自分の公演にご来場いただき、誠に感謝いたします!」


「いい公演だったよ」


 俺がそう答えた直後、シェラが席から立ってタリアに近づく。


「タリアちゃん! 大変なことが起きたの!」


「大変なこと……でありますか!?」


「うん!」


「何事でしょうか!?」


 タリアが目を丸くしてシェラを見上げる。


「タリアちゃん、カレンさんが誰なのかは知っているでしょう?」


「はい! 私より数十倍でかい女戦士の方ですね!」


「流石に数十倍ではないと思うけど……ま、とにかく」


 シェラが真面目な顔で話を続ける。


「実はね……あのカレンさんは、エミルさんって人が好きなんだよ!」


「おお、それは素敵です!」


「でしょうでしょう? だからね、タリアちゃんの公演に2人を招待して……」


 シェラが作戦を説明すると、タリアが目を輝かせる。


「私の歌であの2方を結ぶなんて……素敵すぎです!」


「でしょうでしょう?」


 シェラとタリアが盛り上がる。俺は軽くため息してから、席を立った。


「俺は仕事に戻る。頑張ってくれ」


「私たちに任せて!」


 シェラが明るい声で答えたが、俺は不安を感じられずにいられなかった。


---


 執務室に戻ると、机に座って仕事をしているエミルの姿が見えた。俺は無言で彼の前を通り過ぎて、俺の席に座った。


「な、エミル」


「はい、何でしょうか」


「……いや、何でもない」


 エミルが疑問の眼差しを送ってくる。頭の切れる彼だが、まさか裏で女たちが動いているとは想像もしていないだろう。


 俺とエミルは、しばらく沈黙の中で書類仕事をこなした。別に急を要する仕事でもないし、ただただ地味な作業だが……誰かはやらなければならない。


 少し目が疲れてきた頃……誰かが執務室の扉をノックして、入ってきた。


「総大将」


「トムか。どうした?」


 それは俺の副官、トムだ。トムは誠実な態度で報告を上げる。


「ルベン・パウルさんが十数名の兵士を率いて、城下町に到着しました」


「ルベンが?」


 俺とエミルの視線が交差した。


「予定より早いな。で、やつはどうしているんだ?」


「彼は総大将との面会を求めています」


 休憩も取らずに面会か……相当急いでいるんだな。


「分かった。やつをここまで案内してやれ」


「かしこまりました」


 トムが急ぎ足で執務室を出る。俺とエミルは書類を片付いて、訪問者を持った。


 やがて1人の男が執務室に入ってきた。小柄だが、貴族らしい男前な顔立ちをしている『ルベン・パウル』だ。彼は少し緊張した表情で俺に近づいた。


「久しぶりだな、ルベン」


「ああ、久しぶりだ」


 ルベンは軽く頷く。


「さあ、座ってくれ」


「いや、その前に……まずお前に見せたいものがある」


 ルベンは緊張した表情のままそう言った。


「見せたいもの?」


「手紙さ」


 ルベンが懐から1枚の手紙を持ち出して、俺に渡した。俺とエミルは視線を交わした。これが例の手紙に違いない。


「それは『金の魔女』、カーディア女伯爵からの手紙だ」


「金の魔女からの?」


 俺は手紙を読んでみた。


「これは……」


 手紙の内容を理解した瞬間、俺は思わず苦笑いした。


「つまり俺を裏切れば、男爵位の継承を支持してやる……という内容だな」


「ああ」


 ルベンが頷いた。


 ルベンは自分の兄であるパウル男爵を拘束して、パウル男爵領の名目上の統治者となった。しかしまだ兄から男爵の爵位を奪ってはいない。『実の兄を裏切って爵位を奪った』という汚名を避けるために、時間をかけて世論を味方にしようとしているのだ。


 そこで『クレイン地方の貴族の盟主格』である『金の魔女』が提案してきたわけだ。『レッドを裏切れば、お前が男爵になれるように支持声明を出してやる』と。


「で、お前はどうする気だ? ルベン」


「そんなの、見りゃ分かるだろう」


 ルベンが即答した。


「僕がその手紙をお前に見せたのは……僕に二心がないと証明するためだ」


「なるほど」


 俺が頷くと、ルベンは視線を落として話を続ける。


「もちろんカーディア女伯爵の提案を承諾すれば、いろいろと利益があるだろう。しかし……僕は馬鹿ではない」


 ルベンが顔を上げて俺を凝視する。


「戦場でお前が見せた力……あれは本物の化け物の力だ。人間には敵わないさ。僕はお前とだけは戦いたくない」


「そうか」


「それに……お前は敵に対しては容赦ないけど、配下に対しては寛大だ。だから僕は……お前の配下のままでいい」


 貴族としてはあり得ない発言だが、ルベンは真面目だった。


「分かった。お前がそこまで言うのなら、俺もお前のことを信用しよう」


「ありがとう」


 ルベンの顔が少し明るくなる。


「で、用は済んだか? ルベン」


「いや、もう1つ……お願いがある」


「お願い?」


「ああ」


 ルベンは真面目な眼差しで俺を見つめる。


「実は……僕には『シルヴィア・パウル』という従妹がいる。素直で良い子だ」


「……で?」


「どうかあの子と……婚約して頂きたい」


 その言葉に、俺は目を見開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ