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第135話.この女の子は一体……?

 冬が深まった頃……俺は領地を視察することにした。でも別に兵士たちを連れていくわけではない。俺とシェラの2人だけの視察だ。


 まずシェラをケールに乗せて、俺はその後ろに乗る。そして手を伸ばして手綱を操ると、ケールが歩き始める。


「この馬、本当に凄いね」


 シェラが感嘆する。2人を乗せたのにケールの動きは軽い。


「ね、この馬は雌でしょう?」


「ああ」


 俺はシェラに体を密着させながら答えた。


「ケント伯爵のゲーラスが雄で、このケールが雌だ。2頭は南方大陸から来た純血軍馬の最後の末柄らしい」


「へえ、そうなんだ」


 シェラが頷く。


「ケールは生まれつきの戦士だ。こいつの力があれば、俺も次の戦争でもっと活躍できるだろう」


「次の戦争、ね……」


 シェラの声が小さくなる。


 やがてケールは城を出て、城下町を歩いた。すれ違う領民たちが好奇の眼差しを送ってくる。領主とそのフィアンセのデートに見えるんだろう。一応秘書を帯同した立派な視察だけど。


 シェラは高級なコートを着て、防寒用フードを被り、革の手袋をつけている。元々気品のある容姿だし、完全に貴族のお嬢様だ。少なくとも仕事中の秘書には見えない。


「……ちょっと変な話だけど、未だに時々信じられないの」


 ふとシェラが言った。


「何が?」


「戦争のこと」


 シェラが頭を上げて、灰色の空を見上げる。


「王がいきなり亡くなって、戦乱が始まって、レッドはいつの間にか領主になって……その全てが時々夢みたい」


「そうか」


「うん、朝起きる時……以前のような日々が戻っているんじゃないかと期待してしまう。戦争なんか心配する必要もなく、レッドから格闘技を学んでいた日々がね」


 シェラと初めて出会ったのは、彼女がまだ16歳の時だった。それからもう2年が過ぎたのだ。ここ最近シェラが少し大人びて見えるのも当然のことだろう。


「……いつ終わるのかな、戦争」


「しばらく続くだろう。だが……」


 俺はシェラの腰を軽く抱いた。


「俺が必ず終わらせてやる」


「うん……信じている」


 その時だった。灰色の空から白い雪が降ってきた。


「あ、雪」


 シェラの声が明るくなった。顔は見えないが、笑っているんだろう。


「昨年のこの頃は、アイリンちゃんと雪遊びしていたのにね」


「そうだな」


 俺もはっきり覚えている。昨年の1月の週末、シェラとアイリンはロベルトの屋敷の庭園で雪遊びをして、俺は少し離れたところで2人を見つめた。2人はまるで実の姉妹のように仲良かった。


「アイリンちゃんはどうしているんだろう……」


「鼠の爺が一緒だから、元気にしているはずだ」


「うん」


 シェラが軽く頷く。


「……レッドはまだ知らないんでしょう?」


「何を?」


「アイリンちゃんはね、レッドのこと好きだよ」


「それは知っているさ」


「レッドの考える意味じゃないの」


 シェラがふっと笑った。


「異性として好きだ、ってこと」


「……は?」


 俺は少し驚いた。


「いや、でも……」


「レッドがアイリンちゃんのことを異性として見なくても、アイリンちゃんはそうじゃないの」


「それは……」


「女の子って、そういう面では早いからね」


 俺は口を噤んだ。


「私、アイリンちゃんに再会したら……謝らないといけない」


 シェラは自分の手を見つめながらそう言った。手袋のせいで見えないが、彼女の指には今も婚約指輪がはめられている。


---


 俺とシェラは城下町とその周辺を見回った。


 領民たちの雰囲気、道路と下水道の整備状態、警備隊の勤務姿勢など……俺が直接確認したい事項は山ほどある。報告だけでは分からないこともあるのだ。


「そろそろ城に帰ろうか」


「うん」


 シェラが俺に身を寄せてくる。俺たちは互いの体温を感じ合って温まった。


 ケールが低い鳴き声を上げる。今日は思う存分走って機嫌が良さそうだ。俺は馬首をめぐらして城への帰路についた。


 ところで城門の前に着いた時だった。1人の少女が城門を守っている兵士たちと話し合っているのが見えた。


「……あれは何だ?」


 どうやら少女は城に入ろうとしたが、兵士たちに阻止されたようだ。何か城に用でもあるのかな?


「あ!」


 少女がこちらを見て大声を出す。


「領主様!」


 少女は急ぎ足で俺とシェラに近づいてきて、片膝をついて挨拶する。


「お初にお目にかかります!」


 挨拶後、少女は目を輝かせて俺を見上げる。不思議な子だ。普通は俺の姿を見て怯えるか驚くのに。


「お前は誰だ?」


「私は吟遊詩人の……いえ、吟遊詩人見習いの『タリア』と申します!」


「吟遊詩人……見習い?」


「はい!」


 少女が明るい顔で頷く。


「この王国一の吟遊詩人、『美声のルーク』の1人弟子であります!」


「美声のルーク……?」


 俺とシェラは互いを見つめて、同時に首を横に振った。そんな名前は聞いたことがないのだ。


「ふむ」


 胡散臭いな……と思った俺は『タリア』の姿を注意深く観察した。


 タリアは濃い茶髪の少女だ。小柄だけど目が大きくて、まるで小動物みたいな印象だ。歳はたぶん15歳くらいだろう。


 しかし顔は可愛いけど、服装は半コートと赤い半ズボン、白いタイツという組み合わせで……吟遊詩人というより道化師に見える。背中にリュートを背負っているのがせめての吟遊詩人要素か。


 まあ、危険人物ではなさそうだが……やっぱり胡散臭い。


「吟遊詩人……見習いが何の用だ?」


「よくぞお聞きになりました!」


 タリアが両手を広げて答える。小柄なのに大げさなやつだ。


「私、ぜひ領主様の叙事詩じょじしを執筆したいです!」


「叙事詩って……」


「領主様みたいな英雄には有能な吟遊詩人がお供するべきです! そして吟遊詩人は後世に代々語り継がれる叙事詩を執筆するのです!」


 タリアは何か1人で盛り上がって、空に両手を伸ばす。


「あ、あの……タリアさん?」


 シェラが話しかけると、タリアは両手を合わせて目を輝かせる。


「おお……領主様のフィアンセ、シェラ様でございますね!? お噂はかねがね聞いております!」


「え……?」


 シェラは戸惑う。顔は見えないが、たぶん赤面になっているんだろう。


「と、とにかく……タリアさん」


「はい! 何なりと!」


「ここで立ち話するのもなんですし、暖かいコーヒでも飲みながら話しましょう」


「恐縮でございます!」


 タリアが大げさに頭を下げる。


「……シェラ、いいのか?」


 俺が小声で聞くと、シェラが頷く。


「うん……ここまで来てくれたんだし、せっかくだから話してみたい」


「分かった」


 俺は頷いて、タリアを城に招き入れた。

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