第14話.だがやっぱり俺には……
翌日の朝、俺はフードを被ってアイリンと一緒に『南の都市』の港を見回った。
港は朝から人が混んでいる。船からいろんな商品を下ろす船乗りたち、その商品を市場まで運ぶ港の労働者たち、市場に集まって商品を取引する商人たち…… 多くの人々が活気あふれる風景を作っていた。
アイリンは楽しそうな顔でそんな風景を眺めている。この子には何もかも新鮮なのだ。俺はアイリンにいろんな場所の風景を見せてやりたくなった。
「しかし……物見もいいけど、そろそろ何か食べよう。腹減った」
「あう!」
俺たちは大通りのパン屋に入って焼き立てのクリームパンを買った。そして一緒に食べながら物見を続けた。
「あうあう!」
「うん、美味しいな」
クリームたっぷりのパンを食べて、アイリンはとても幸せな顔になった。
「……これからはもっと一緒に出掛けるべきだな」
「あう?」
「いや、何でもない」
港の次は海辺だ。俺とアイリンは一旦街の外に出て……地平線の向こうまで広がる、青くて綺麗な海を目の前にした。
「あう!」
アイリンが無垢に笑った。
「自由に遊んでいいぞ、アイリン」
「あう……?」
「もちろんだ。砂遊びなんか、やったことないだろう?」
アイリンは少し迷ってから砂浜に座り、楽しそうに砂の城を作り始めた。
「あう、あうあう!」
「ん?」
アイリンが指で砂浜に文字を書いた。それは……『レッドも一緒にしよう』だった。
「お、俺?」
俺は困惑したが、アイリンは俺の手を掴んで座らせた。
「……へっ、この俺が砂遊びか」
『格闘場の赤い化け物』と呼ばれている俺が砂遊び……とんだ冗談だ。
「まあ、俺も砂遊びなんかやったことないな」
アイリンも俺もこの間まで底辺の貧民だった。日々生き残ることに精一杯で砂遊びなんかしたことがないのだ。
俺は自分の赤い手を動かして、アイリンの小さい手が作った城の周りに壁を立てた。
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正午になって、俺たちは海辺から街に戻った。
昼食はレストランで食べたい。しかしなるべく慎重に動かなければならない。何しろ今はアイリンが傍にいる。
『赤い化け物』である俺は、普段は頭にフードを被って手に包帯を巻いている。面倒くさいことを避けるために自分の肌色を隠しているわけだ。しかしお店で物を買う時ならいざ知らず、レストランで食事をするには不便すぎる格好だ。だが俺がレストランに入ってフードを脱ぐと、それだけで騒ぎが起こるだろう。
まあ、俺自身が罵倒されたり喧嘩を売られたりするのは別にいいけど……アイリンにはそんな悲しい思いをさせたくない。平和なところで美味しいものを食べさせたい。
だから人目を避けて静かに食事できるレストランを探さなければならない。しかしそんな都合のいい場所が簡単に見つけられるはずもなく……俺はアイリンの手を掴んでひたすら歩き続けた。
「レッドさん!」
大通りを歩いていた時、俺を呼ぶ声がした。振り向くと小柄の少年が俺を見上げていた。
「やっぱりレッドさんとお嬢さんだったんですね!」
「トムか」
それは『ロベルトの組織』の下っ端であるトムだった。まあ、こいつは俺とアイリンに慣れている。フードで顔を隠していても俺だと分かるだろう。
「こんなところでお二方に出会うなんて、嬉しい限りです!」
「アイリンならともかく、俺に出会ったことが嬉しいことか?」
「もちろんです! 自分にとってレッドさんは憧れの対象ですから!」
俺は思わず苦笑してしまった。何で俺に憧れるんだ?
「トム、お前はこの都市に詳しいだろう?」
「はい、自分はこの都市で生まれ育ちましたから」
「ちょうどよかった。いいレストランを紹介してくれないか?」
「レストラン……ですか?」
「ああ」
俺は俺の手を掴んでいるアイリンをちらっと見た。
「アイリンと静かに食事したいんだ。なるべく人目を避けてな」
「あ……そうですね」
トムは俺の状況を理解した。
「それならいいところがあります。案内しますね!」
「助かる」
俺とアイリンはトムの後を追って歩いた。本当に親切なやつだ。こんなやつが何で犯罪組織の下っ端なんかやっているんだろう?
「あそこです」
大通りから少し離れたところにある、普通の民家のように小さなレストラン。確かに静かそうではある。
「少々お待ちください。少し話をしてきます」
「分かった」
トムが先にレストランに入り、しばらくして出てきた。
「話がつきました。どうか食事を楽しんでください」
「トム、お前はもう昼食を取ったのか?」
「いいえ、自分もまだですが……」
「なら一緒に食べよう。俺のおごりだ」
俺の提案にトムは何度も遠慮したが、結局一緒に食事をすることになった。
「いらっしゃいませ!」
レストランに入ると、女性従業員が親切な態度で迎えてくれた。
「レッド様とアイリン様ですね。どうぞこちらへ」
俺たちは一番奥の席に案内された。絶妙に壁に隠れている席だ。なるほど、ここなら変な目で見られることもない。俺は席に座ってフードを外した。
「手際がいいな、トム」
「実は……さっきの従業員が自分の姉でして」
「そうだったのか」
俺は頷いた。
「で、このレストランの人気メニューは何だ?」
「チキン料理です。丸焼きやスープが無難ですね」
「ならそれにするか」
3人分の丸焼きとスープを注文して少し待っていたら、女性従業員が料理を持ってきた。
「あう……!」
アイリンが声を上げた。丸焼きもスープも見るからに美味しそうだ。
俺たち3人は食事を楽しんだ。アイリンもトムもずっと笑顔だったし、俺も楽しかった。なるほど、これがいわゆる『平和で楽しい時間』なんだな。確かに悪くはない。
しかし……俺は胸の奥から違和感を感じた。




