第131話.俺が光……だと?
俺は軍隊を率いてケント伯爵領へ進軍した。
戦争中でもないのに、俺は急いだ。もう冬が始まったし、本格的な寒波が来る前に目的地に到着する必要があるからだ。
目的地はもちろんケント伯爵領の本城だ。しばらくはあそこが俺の本拠地となるだろう。広い城下町のおかげで経済力があり、防御拠点としても頑丈な城のおかげで申し分ない。
進軍が始まって2週くらい後、俺の軍隊は湖の近くで野営地を作った。俺がケント伯爵の騎兵を水没作戦で殲滅したあの場所だ。
湖の堤防は修理されたし、地面も完全に固まっている。水没作戦の痕跡はもう見当たらない。でも俺の兵士たちは……野営地の隅々で三々五々集まって、あの時の勝利を語り合っている。
「あの時さ、俺たちが前進すると敵の部隊が恐れを成して逃げ始めたよな!」
「ああ、覚えているぜ。あれは本当に気持ちよかった!」
俺は遠くから彼らの会話を聞いた。そして不思議な気持ちに包まれた。
俺としては、あの勝利はただ1つの通過点に過ぎなかった。もちろん大勝利ではあったが、あくまでもケント伯爵を潰すための過程の1つだったのだ。
しかし俺の兵士たちにとって、あれは単なる戦術的な過程ではなく……一生忘れられない思い出なのだ。そしてその思い出を戦友たちと語り合って、生きる元気を得ている。
アンセルもケント伯爵も、普通の人々を『無力で無知な存在』だと思っていた。だが俺はその考えに同意できない。いや、むしろ俺は彼らから『人間の底力』を感じている。戦いに恐怖を感じながらも、ケント伯爵みたいな『生まれつきの強者』ではなくても……彼らは頑張って生きようとしているのだ。俺はそんな彼らに敬意を払いたい。
そこまで考えた時、俺の視野に2人の姿が入った。シェラとカレンだ。彼女たちは野営地の中でも一緒に剣術の訓練をしている。俺は2人に近づいた。
「シェラ」
俺が声をかけると、2人は訓練を一時中止してこっちを見つめる。
「寒いだろう? あまり無理するな」
「うん、分かっている」
シェラが呼吸を整えながら答える。
「でも大丈夫よ。むしろこれくらい体を動かさないと、元気が出ないし」
「そうか」
俺が頷くと、シェラが苦笑する。
「レッドって、周りの皆が自分より弱いから常に心配しているんでしょう?」
「いや、その逆だ」
「逆?」
「ああ、俺は周りの人々の強さに感嘆している」
「……レッドの言うことって、たまに理解できないよね」
シェラがもう1度苦笑する。
「でも……嫌いじゃないよ、あんたのそういうところ」
「そうか」
「うん」
シェラが頬を赤く染める。
「こほん」
カレンが咳払いした。俺とシェラははっと気が付いて彼女を見つめた。
「お2方の幸せな姿に私も心が温まりますが……」
「すまない。鍛錬を邪魔してしまったな」
俺が素直に謝ると、カレンが若干笑顔になる。
「いいえ、そのことは問題ありません。ただ……せっかくだから団長にお願いを聞いて頂きたいと思っております」
「お願い?」
「はい」
カレンが頷く。
「失礼ですが、私と対決してくださいませんか」
「対決?」
「はい」
カレンの瞳に闘志が宿る。
「団長の親衛隊……つまり『レッドの組織』の方々を見て、私も思うところがありました。そしてもっと強くなりたいと心から感じました。だから……お願いします」
「……いいだろう」
時間の余裕もあるし、カレンの鍛錬に協力するのも悪くないだろう。
俺は木剣を持って、早速カレンと対峙した。シェラは少し離れて俺たちを見つめる。
「行きます」
「ああ、いつでも来い」
「……はあっ!」
カレンが突進してきて、俺に一撃を放つ。俺はその攻撃を木剣で受け止めた。
「でいやっ!」
カレンの剣術は豪快だ。彼女の素晴らしい筋肉から出るパワーは、並大抵の騎士を凌駕する。小技よりも一撃を重視する動きは、どこか俺に似ている。
俺は集中力を極限まで高めた。雑念を忘れ、1つのことに集中すれば誰だって限界を超えられる。俺はその『人間の潜在能力』を自由に発揮できる。鼠の爺から学んだものだ。
「たあっ!」
激しく続くカレンの攻撃を、俺は受け流し続けた。そして軽く驚いた。彼女は最初に出会った時より確実に強くなっている。こんな短期間で……何があったんだろう?
「はあ……はあ……」
20分くらい後、カレンの動きが止まる。流石の彼女も少し疲れてきたようだ。
「今日はこのくらいにしよう」
「……分かりました。ありがとうございます」
カレンが汗ばんだ顔で笑顔を見せた。
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その日の夜……俺は指揮官用の天幕の中で、シェラと2人っきりで話した。
俺がシェラと正式に婚約してから、周りに人々は何かと気を遣ってくれている。特に夜になると……俺とシェラを邪魔しないように、みんなどこかに消えてしまうのだ。
「何か、恥ずかしいね……」
シェラが照れ笑いをする。俺は手を伸ばして彼女の頭を撫でた。
「ま、いいじゃないか」
「うん」
シェラが頷いた。
それから俺たちは他愛のない話をした。シェラと俺は生まれも育ちも違うけど、妙に馬が合う。いろいろ話していると、あっという間に時間が過ぎ去ってしまう。
「そう言えば……」
話の途中、シェラが話題を変える。
「昼間のカレンさん、凄かったよね。何か以前とは気迫が違うというか……強くなった」
「ああ、そうだな」
シェラの言う通りだ。カレンは元々優れた剣士であったが、短期間で更に強くなった。やっぱり何かきっかけでもあったのかな?
「……私には、その理由が何となく分かる」
「ん?」
「カレンさんね、レッドに影響されているのよ」
「俺に?」
俺が少し驚くと、シェラが笑顔で頷く。
「うん。それに、カレンさんだけではない。周りの皆が……レッドに影響されている」
シェラはとても真面目な眼差しを送ってくる。
「私も最近になってやっと気付いたけど……レッドから光が感じられるの」
「俺から……光?」
「うん」
シェラは優しい笑顔を見せる。
「レッドの戦い……その生きる姿勢を見ているとね、何か光っているように見える」
俺は口を噤んだ。自分では想像もしていなかったことだ。
「その光が皆に勇気を与えて、『私も強く生きられる!』と思うようになるのよ」
シェラの言うことは、俺としては本当に想像もできなかった言葉だが……心当たりがある。
それはレイモンと『レッドの組織』を結成した時のことだった。その時レイモンは、俺に『ボスの戦う姿を見ていると、何か勇気が湧いてきます』と言ったのだ。
「レッドって『赤い化け物』とか『レッドドラゴン』と呼ばれているじゃない」
「ああ」
「でもね、最近私は……実はレッドは太陽なのかもしれないと思っている」
「太陽って……」
俺は笑ってから、もう1度シェラの頭を撫でた。
「俺はむしろお前や他の皆から光を感じているけどな」
「そう?」
「ああ、皆の生きる姿勢が眩しい」
「それは……本当によかったね」
「ああ」
俺はシェラに近寄って、彼女を抱きしめた。そして一緒に夜を過ごした。




