第130話.もっと大きい舞台に向かって
あの夜から1週後……もう1度パーティーが開かれた。しかし今度は豪邸での派手なパーティーではなく、小さなレストランでの素朴なパーティーだ。
南の都市の大通りから少し離れたところにある、普通の民家のような小さなレストラン。そこに俺とシェラ、シェラの父親のロベルト、『レッドの組織』の6名、レイモンの恋人のエリザさん、傭兵団副団長のカレン……計11名が集まった。
俺は黒色の礼服を、シェラは美しい白いドレスを着て、皆の前で手を繋いだ。他の皆は笑顔でこっちを見つめる。
「……ま、そういうことだ」
俺が口を開くと、シェラは赤面になって視線を落とす。
「今日から俺とシェラは正式に婚約する。こんなご時世だけど、一緒に乗り越えようと思っている。だから……よろしく」
俺は震えているシェラの手を握って、その白くて細い指に指輪をはめてから……姿勢を低くして彼女にキスした。
「ちょ、ちょっと……!」
シェラは一瞬慌てるが、結局俺に唇を任せる。
「ボス、おめでとうございます!」
「流石ボスは違いますね!」
皆の拍手と口笛が鳴り響く。
それから食事が始まる。俺が所有しているこのレストランは、チキン料理が素晴らしい。俺たちは楽しい雰囲気の中でスープと丸焼きを食べた。
「ボス」
ふと同じテーブルに座っているレイモンが口を開く。
「あの、僕とエリザも……来年正式に婚約することにしました」
「それは本当によかったな」
俺が頷くと、レイモンの傍に座っているエリザさんが頬を赤く染める。
レイモンの恋人であるエリザさんは、俺たちが『ダレルの村』を救援したことをきっかけでレイモンに出会った。その時エリザさんは家族が怪我して大変だったが、レイモンが誠実に手伝ってくれて……結局恋に落ちたらしい。そしてレイモンが重傷を負った後は、エリザさんが彼を毎日看病してくれて……結局婚約することになったのだ。
「ボスと一緒に行けないのは残念ですが……来年には必ず復帰してみせます。お待ちください」
「ああ、分かった」
レイモンはまだ自力で歩くのも難しい。しかし彼の瞳には、どんな逆境にも負けない強い意思が宿っている。
「ボス、自分たちも……」
隣のテーブルからジョージが話しかけてくる。
「自分たちも、しばらくこの都市で鍛錬したいと思います」
「やっぱりそう決めたか」
「はい」
『レッドの組織』の一員たちが一斉に頷く。
「ケント伯爵との戦いで、自分たちはまだまだ弱いということを実感しました。『レッドの組織』の本拠地で鍛錬して、どんな敵にも負けない組織になりたいと思います」
「お前たちがそう決めたのなら、俺は止めない」
「ありがとうございます!」
港の近くの広い倉庫……それが『レッドの組織』の本拠地だ。俺と組織員たちが毎日一緒に鍛錬したその場所で、彼らはもう一度強くなろうとしている。
「レイモンさんのリハビリも手伝いたいです」
リックがそう言うと、皆頷く。確かにレイモンにはリハビリが必要だ。1人でリハビリするより、兄弟みたいな組織員たちが一緒にいれば効果的だろう。エリザさんの負担も減る。
「ボス1人で敵を全部倒したら駄目ですよ! 俺たちにも残してください!」
ゲッリトが言った。俺は苦笑した。
「心配するな。戦場で待っているから、ゆっくり鍛錬してこい」
組織員たちが一斉「はっ」と答える。
「領主様」
今度はロベルトが近づいてきた。
「その、娘のことですが……」
ロベルトが戸惑う。この貫禄のある犯罪組織のボスが冷静を失うのは、一人娘のシェラが心配になる時だけだ。
「安心してくれ。シェラは決して弱くないし、俺が傍にいる」
「……どうぞよろしくお願いいたします」
それから俺たちは笑いながら食事を楽しんだ。シェラを除いて。
シェラはずっと赤面のまま静かに料理を食べた。俺がそんなシェラに小声で質問した。
「シェラ、どうした? 体調が悪いのか?」
「……あんたのせいよ」
シェラが小声で囁く。
「俺のせい?」
「どうして皆の前で……き、キスを……」
「そのことか」
俺は頷いた。
「心配するな。2人っきりになればもっとしてやるから」
「……そういう意味じゃないでしょう!?」
シェラが睨んできて、俺は笑うしかなかった。
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そして『南の都市』から出発する前日……俺はケールに乗って、1人で小さな小屋を訪ねた。
小川の近くの、今にも倒れそうなみすぼらしい小屋。俺は馬から降りてしばらくその小屋を見つめた。今は誰も住んでいないし、何も残っていない。
「爺、アイリン……」
3人で暮らしていた記憶が蘇る。本当に短い間だったが……その短い日々が俺の全てを変えた。
爺とアイリンは王国の反対側で俺を待っている。俺は俺が背負っている人々のためにも、爺とアイリンのためにも進まなければならない。
「待っていてくれ」
俺は再びケールに乗って、全力で走り出した。




