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第129話.馬鹿なこと言うな

 この王国が乱世の真ん中なのに、『南の都市』だけは相変わらず平和を保っている。


 もちろんこの都市は昔から犯罪組織が多くて、活気溢れるけど同時に物騒なところだった。それは今も変わらなく、決して『完璧に平和な都市』とは言えない。


 しかし以前に比べると、そして他の都市に比べると格段に平和だ。それは俺が犯罪組織の一員たちを兵士として養成したからでもあるけど……やっぱり市民たちの『自分たちの自由を自分たちの手で守った』という『自信』のおかげだ。


 その気持ちは俺もよく分かる。幼い頃の俺は、鼠の爺のおかげで強くなって『もう誰にも屈服しない』という自信を得た。それで全てが変わった。


 苦しい環境で生きる人間は、自信を持ちにくい。俺だってそうだった。だが確固たる自信があれば、人間は最後まで戦える。たとえ絶望の底でも希望を失わない。それが人間の底力だ。


 南の都市の市民たちは、そういう底力を持っている。ゆえに乱世の中でも余裕を忘れない。少し物騒だけど活気溢れる、この都市特有の雰囲気を保てるわけだ。


 そして市民たちは『自信を得るきっかけ』を与えてくれた俺に対し、絶対的な信頼感を持っている。だから俺もこの都市は居心地がいい。まさに『俺の本拠地』だ。


 でも……俺はこの都市から離れなければならない。新しく手に入れた領地を守るためにも、本拠地を移転する必要がある。残念だけど……俺は前に進まなければならない。


 俺はまず警備隊隊長のオリンを呼び出して、彼に都市の経営と要塞の管理を一任した。オリンは危機管理能力こそ低いけど、与えらた任務を遂行する誠実さは持っている。俺が上司として分かりやすい指示を出す限り、問題は起こさないだろう。


 次に俺は犯罪組織のボス、ロベルトを呼び出した。彼はこの都市のことを誰よりも愛して、犯罪組織という立場でありながらも、それなりの信念と能力を持っている人物だ。俺のもう1人の恩人だと言ってもいい。


「なるほど、かしこまりました」


 ロベルトが丁寧な態度で頷いた。


「レッドさん……いや、領主様はこの都市で終わる人物ではありません。もっと大きな舞台の……例えばこの王国の頂点になれる人です。この都市のことは私やオリンに任せて、どうか思う存分進んでください」


「ありがとう、ロベルトさん」


 ロベルトは俺の野心に気付いている。


「領主様の前進を記念して、週末にパーティーを開くのはどうでしょうか」


「パーティーか」


 俺は苦笑した。ま、パーティーはあまり好きじゃないが……たまにはいいだろう。部下たちが喜ぶかもしれないし。


「分かった。せっかくだから、派手にしよう」


「はい」


 ロベルトが笑顔を見せる。


---


 そして週末、本当に派手なパーティーが開かれた。


 ロベルトの豪邸に多くの人々が集まった。庭園のところどころにテーブルが置かれて、その上には高級なデザートや美酒が用意された。広い応接間にもたくさんの食べ物と美酒が客たちを待っていた。楽団の演奏する美しい旋律が流れ、メイドたちは忙しく動いた。冬なのに全然寒さを感じられないほど……人々はパーティーを楽しんでいる。


「今夜ご招待させていただき、ありがたき幸せに存じます、領主様」


「ああ」


 人々は俺のことを『領主様』と呼んだ。考えてみれば不思議なことだ。そもそもここは『自由都市』だし、領主はあくまでも国王だ。でも人々は俺のことを領主として認識しているのだ。


 俺はしばらく人々と話してから、そっと庭園に出て外の空気を吸った。


「レッド」


 ふと傍から声が聞こえてきて、振り向いたら美しい少女が視野に入る。


「シェラ」


 今夜のシェラは赤いドレスを着て、白いショールを羽織っている。何かいつもより大人って感じだ。しかも黒いストッキングがシェラの美脚を強調している。


「やっぱりドレスを着ていると女の子っぽいな」


「いつもは女の子っぽいじゃないと言いたいだけでしょう?」


 シェラが横目で睨んでくる。


「そのドレス、寒くないか?」


「ううん。この都市の冬って、他の地方に比べたら全然暖かいし」


「そうだな」


 俺は手を伸ばしてシェラの頭を撫でた。彼女は少し戸惑いながらもじっとしている。


「ね、レッド」


「ああ」


「よければ、2人っきりで話したいけど……」


 シェラが頬を赤く染める。


「分かった。じゃ、裏庭に行くか」


「うん」


 俺たちは一緒に裏庭へ足を運んだ。


「何かここでレッドと話すのも久しぶりだね」


 シェラが笑った。この裏庭は俺がシェラに格闘技を教えた場所でもあるのだ。


「あの時のレッドは本当に酷かったよね。女の子の手首を捻ったりして」


「あれは必要な授業だった」


 俺は笑ってシェラの手を取った。しかしこれは関節技の授業ではない。彼女の手をなるべく優しく握る。


 シェラは赤面になって、視線を落とす。


「その……レッドは知っている? 私たちについて……噂が流れているの」


「噂? 何の噂だ?」


 俺は聞くと、シェラは視線を逸らしたまま答える。


「その、私たち……一緒に森の廃屋を調査したじゃない。それが……変な噂になってしまって……」


「まさか……」


「うん……そういうこと」


 俺はシェラと一緒に森の廃屋を調査して、幽霊の正体を究明した。しかし人々にはその事実を知らない。人々が知っているのは『若い男女2人が森に行って、一緒に時間を過ごした』ということだけだ。つまり……


「何か、人々はもう私のことを……レッドの……恋人だと思っているらしい」


 シェラが小声で言った。


 まあ、若い男女2人が一緒に夜を過ごしたんだから……噂されない方がおかしいだろう。


「噂なんて気にするな。大事なのは当事者たちの気持ちだ」


「そうね」


 シェラが頷く。


「レッド」


「ああ」


「その……願い事だけど、今言っていい?」


「もちろんだ」


 昨年のシェラの誕生日に、俺は彼女の願い事を1つ聞いてやると約束した。ついにその約束を果たす時が来たのだ。


「わ、私は……」


 シェラの呼吸が荒くなる。


「私は……別に女性的ではないし、いつもじゃじゃ馬とか言われているし……」


 繋いだ手からシェラの鼓動が伝わってくる。


「刺繍より格闘技が好きだし、だから、その……」


 俺は息を殺してシェラの言葉を待った。


「その……レッドにはもっと可愛い女の子が似合うかもしれないけど、でも……」


 シェラは泣きそうな顔になる。


「でも、レッドが私に飽きるまででいいから……レッドの傍に……いたい」


 シェラの瞳から涙が零れ堕ちる。


「馬鹿なこと言うな」


 俺は手を伸ばしてシェラの涙を拭い取った。シェラは驚いて目を丸くし、俺を見上げる。


「そ、それじゃ……」


「『飽きるまで』って何言ってんだ。一生俺の傍にいろ」


「え……?」


 シェラが驚きのあまりに言葉を失う。俺はそんなシェラを強く抱きしめた。

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