第13話.こんな日常も悪くはないな
俺が姿を現すと、いつも通り揶揄と歓声が迎えてくれる。
「で、出た!」
「本当にあんなのがいたのか!?」
「くたばれ! 赤い化け物!」
「待っていたぞ、レッド!」
格闘場の観客たちは半狂乱になった。俺の姿に驚いているやつら、俺を罵倒しているやつら、俺の暴力を期待しているやつら……この光景ももう見慣れた。
「皆さん、大変お待たせしました!」
進行係が全力で叫んだ。
「これから7戦7勝のフランコ様と……3戦3勝のレッド様の対決が始まります!」
俺は今日の相手のフランコを見つめた。凶悪そうな顔をしている、30歳くらいの大男だ。体格なら俺と同格で……今までの相手の中で一番大きい。こいつが町中を歩くだけで市民たちが怖がるだろう。まあ、俺も人のことは言えないけど。
「レッドに200だ!」
「フランコに300だ! 赤いやろうをぶっ殺せ!」
観客たちは進行係の言葉も待たずに、もうお金を賭け始めた。一秒でも早く俺とフランコの死闘が見たいのだ。
「格闘に対する皆さんの熱狂的な愛に感謝いたします! それでは、存分に楽しんでください!」
やっと集金が終わると、進行係が素早く逃げ出した。
俺とフランコは互いに向かって歩き……手が届く距離まで近寄った。そして同時に笑った。お互い同じことを考えていた。
「若造が……楽しみ方を知っているな」
フランコが笑顔で言ってから俺に拳を振るった。もちろん俺も同時に拳を振るった。その結果……互いの拳が互いの頭を直撃して、二人はふらついた。
「おおおお!」
「すげぇー!」
観客たちが歓声を上げた。巨漢二人の、ガード無しの殴り合い……! 確かに滅多に見られるものではない!
「……やるな、若造!」
「ふっ……!」
俺たちは互いに向かって拳を振るいながら一緒に笑った。不思議な話だが……楽しい。同格の相手と真正面から殴り合うこの瞬間が……たまらないほど楽しいんだ!
「完全に野獣たちだな!」
観客の一人が叫んだ。その通りだ。これはもう格闘家同士の試合ではない。もっと原始的で、もっと本能的な……野獣たちの格付けし合いだ。
「遠慮は要らんぞ!」
「後悔するなよ……!」
誰が上で誰が下なのか、それを決めるために二匹の野獣がぶつかり合い続ける。相手の拳を避けることなく……ただひたすら真っ向勝負を繰り広げる。普通の人間なら一発で気を失うほどの攻撃が何度も的中したが、両者とも一歩も引かない。血と汗が空中に飛び上がり、観客たちが悲鳴に近い大歓声を上げる。
「うぐっ……!」
「くっ!」
満身創痍になった俺たちは同時に手を止めた。そして気付いた。次の一撃で勝負が決まるということを。
「若造が……!」
フランコが笑いながら最後の一撃を放った。俺も全身全霊の力を一点に集中して……フランコの笑顔に拳を打ち込んだ。二人の拳が交差し、強烈で重々しい轟音が響き渡る。
「うっ……!」
俺は一歩後ずさった。まるでハンマーで打たれたような衝撃が全身に広がり、足が震えて気が遠くなる。しかし……最後まで立っているのは俺だ!
「へっ……」
フランコが笑顔のままゆっくりと倒れていく。全力でぶつかった結果に満足したんだろう。その気持ちも理解できる。
「レッド様の勝ちです!」
進行係が試合場に入ってきて宣言した。観客たちの興奮が最高潮に達し、俺は試合場から出た。
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2階に上がると小柄の少年が近づいてきた。
「お疲れ様です! 本当に素晴らしい試合でした!」
少年は感激した顔で俺にタオルを渡した。
「ありがとうよ、トム」
俺はタオルで血を拭きながら小柄の少年『トム』を見つめた。
『トム』はこの格闘場を運営している『ロベルトの組織』の下っ端だ。まだ16歳だけど誠実で、正直に言うと犯罪組織には似合わないやつだ。
「こっちが今回の報酬です」
「ああ」
俺はタオルをトムに返して硬貨の入った革袋を受け取った。ロベルトの不在中には、こうしてトムが俺に報酬を渡してくれる。
「レッドさん、傷の治療は……」
「要らない。それよりアイリンは?」
「お嬢さんは奥の部屋です」
俺は足を運んで奥の部屋に入った。するとテーブルに座っていたアイリンが俺に駆けつけてくる。
「あう……!」
泣き顔で俺に抱き着くアイリンを安心させるために、その小さい頭を撫でてやった。
本当はアイリンに試合を見せたくなかった。この子は俺が一発殴られるだけで凄く悲しむからだ。しかし鼠の爺が遠くに出かけると、アイリンに小屋の留守番を任せるわけにもいかないから……結局格闘場まで連れてきてしまうのだ。
「あうあう……」
「いや、治療は要らない」
俺が断ると、アイリンが涙目で睨みつけてくる。こうなったらこの子に勝てない。
「分かった。治療してくれ」
「あう!」
俺は大人しくテーブルに座ってアイリンに手当を任せた。アイリンは真剣な顔になり、小さい手で俺の傷に薬を塗ってくれた。
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格闘場を出ると、俺たちは深夜の冷たい空気に包まれた。これではアイリンが風邪を引くかもしれない。そう思った俺はアイリンを背負って宿へ急いだ。
「……そうだ。明日は外食しよう」
「あう?」
俺の突然の提案にアイリンは少し驚いたようだった。
「爺は2、3日くらい戻らないらしいし……お金もあるからな。いいレストランを探してみよう」
「あう……」
「いいんだ。たまには少し美味しいものを食べても罰は当たらない」
「……あうあう!」
アイリンの声が明るくなった。顔は見えないけど笑っているんだろう。それを感じ取った俺も気持ちが軽くなり、試合の疲労も忘れて歩き続けた。




