第124話.そしてもう1つの理由は……
敵のバリスタが沈黙し、城門が破壊された瞬間……俺は歩兵隊に突撃の合図を送った。それで待機していた数百の兵士たちが一斉突撃を始める。
「城に進入せよ!」
「突撃! 突撃しろ!」
歩兵たちは丸太橋を設置し、堀を渡って破壊された城門に向かう。そしてそれと同時に、別働隊が西の城壁に攻城梯子をかけて、城内への進入を開始する。
南の城門と西の城壁を同時に攻略して、敵の守備を揺さぶる作戦だが……敵軍も流石にこういう動きは予想していたようだ。迅速に対応してくる。
「敵の侵入を許すな!」
「反撃せよ!」
敵弓兵たちが城壁の後ろに隠れて射撃を開始する。我が軍の歩兵たちは盾で身を守りながら前進するが、それでも被害を受けてしまう。
「うおおおお!」
やがて城内に進入した歩兵たちが、敵の歩兵と近接戦闘を繰り広げる。剣と剣がぶつかり合い、悲鳴と雄叫びが響き渡り、血が流れる。苛烈な乱戦だ。
「敵を殲滅しろ!」
「錆びない剣に栄光を!」
近接戦闘自体はこちらが有利だ。士気が高いし、何よりこちらの歩兵隊の中には『錆びない剣の傭兵団』がいる。彼らはこういう乱戦に長けていて、たとえ敵に囲まれても慌てずに戦う。
「怯むな!」
「殺せ、殺せ!」
だが敵の抵抗も激しい。敵軍は前もって城門の後ろにバリケードを設置し、その後ろから矢を打ってくる。狭い空間での乱戦……その上に射撃まで受けて、我が軍は苦戦を強いられている。
「はああっ!」
その時……5人の兵士たちがいきなり現れ、敵のバリケードを奇襲する。バリケードに隠れていた敵弓兵隊は瞬く間に制圧され、次々と倒れる。その5人は……。
「みんな、よくやった」
それは『レッドの組織』の5人だ。ジョージ、カールトン、ゲッリト、エイブ、リック……彼らは『第2の別働隊』として動いて、見事に任務を完遂したのだ。
我が軍の歩兵隊が敵城の南と西を攻略している間、『レッドの組織』の5人は遠回りして警戒の薄い北東の城壁に向かった。そして隙を見て城壁に梯子をかけて、一気に内部に進入した。危険極まりない役割だったが……彼らの常人離れした身体能力と、恐れを知らない闘志が不可能を可能にした。
「でいやっ!」
巨漢のジョージが大斧を振るって敵兵を追い払うと、素早いエイブとリックが追い打ちをかける。カールトンとゲッリトはバランスのいい動きで縦横無尽に戦い、何倍の敵を撃退する。苛烈な乱戦の真ん中で……5人は磨いてきた戦闘力を発揮して、周りを圧倒している。そんな彼らの姿は、まるで光っているかのように見えた。
「勝利は目の前だ! 突破しろ!」
カレンが大声で兵士たちを督励する。彼女は現場指揮と戦闘を同時にこなしている。数多くの戦場を経験し、何度も修羅場を潜ってきた彼女だからこそ、自然にそういう動きができる。
「こ、降伏だ! 命だけは助けてくれ!」
一部の敵兵たちが完全に戦意を失って降伏する。それを見て他の敵兵たちは四方八方に逃げ散る。これで残ったのは……領主のケント伯爵と、やつの直轄部下だけだ。
「……そろそろだな」
俺がそう呟いた時、敵城の奥から数十の人間が姿を現す。いや、正確に言えば……それは数十の重騎兵たちだ。
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敵の最後の部隊は、数十の重騎兵だった。そしてその先頭には……黒い軍馬に乗っている巨漢がいる。俺と同格の巨体、銀色の鎧、傷だらけの顔……眼差しだけで周りを圧倒するその男は、ケント伯爵だ。
「うおおおお!」
ケント伯爵の率いる重騎兵たちが勝鬨を上げ、突撃を始める。やつらは東の門から城を出て包囲網を一点突破し、戦場から離脱するつもりだ。
「トム、各部隊に合図を送れ! 敵騎兵隊と交戦する必要はない!」
「はっ!」
トムが素早く青い旗を揚げる。それで城の周りの部隊が包囲網を解いて、道を空ける。
「さあ、行くぞ!」
俺は『ケール』と共に走り出した。すると200の騎兵が俺に続いた。目標は戦場から脱出しようとするケント伯爵とやつの騎兵隊だ。この追撃で戦争を終わらせる!
「へっ」
突撃を開始した直後、俺は少し驚いた。黒い巨体と赤い瞳を持つ純血軍馬『ケール』は……瞬く間に敵騎兵隊に追いついた。恐るべし速さだ。
しかもケールは、ちょうど俺が攻撃できる距離まで敵騎兵に密着する。どうやら俺が乗っている馬は……生まれつきの戦士のようだ。
「ぐおおおお!」
俺が戦鎚『レッドドラゴン』を振るうと、敵騎兵が血を流しながら落馬する。その直後、ケールは次の敵に密着する。こいつは本能的に戦い方を知っている。
「はあっ!」
俺の戦鎚が曲線を描く度に、敵騎兵が藁のように倒れる。そしてケールは俺が戦い易いように動いてくれる。
「あ、赤い化け物……!」
「やつを止めろ!」
敵騎士たちが剣を振るって、俺を阻止しようとする。だが俺の戦鎚は迫ってくる敵の剣を折って、そのままやつらの鎧を破壊する。するとケールが低い鳴き声を上げる。
「へっ」
俺は思わず笑った。不思議にもケールの気持ちが伝わってくるのだ。俺の乗っている黒い軍馬は……明らかに嬉しがっている。ずっと夢見ていた戦場で戦えるようになって、自分の力を世に示せるようになって、歓喜に満ちている。その気持ち……俺にははっきり理解できる!
俺とケールは人馬一体となって、次々と敵を倒す。まるで巨大な化け物になったかのように、道を塞ぐ者を容赦なく食い散らかす。
「一体何なんだ、あれは!?」
「化け物……!」
数多くの戦場を経験したはずの騎士たちが、俺とケールの威容に恐れを成して逃げ散る。それで敵騎兵隊は瓦解し……指揮官だけが残る。
「ケント伯爵!」
俺は前を走っている敵総指揮官の名を叫んだ。するとケント伯爵が後ろを振り向く。
「赤いやろう……!」
ケント伯爵は俺の睨みつけた後、『ゲーラス』の手綱を操って速度を上げる。今までは騎兵隊を率いるために適当に走ったが、もうその必要は無くなったのだ。
「ケール、やつに追いつけ!」
俺が指示する前から、ケールはもう速度を上げていた。自分の前を走っている『ゲーラス』に対抗意識を燃やしているようだ。
ケント伯爵の『ゲーラス』と俺の『ケール』の速さは、他の追随を許さない。馬の足音が響き渡る中、いつの間にか2人っきりになってしまった。
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一体どれくらい走ったんだろう?
2人っきりになった俺とケント伯爵……そして両者の軍馬はひたすら走り続けた。もう他の騎兵は見当たらない。
やがて両者は山に入った。険しい山道が始まったが、両者は速度を落とさない。両者の軍馬の体力は驚異的としか言いようがない。
「……っ!」
俺は急いでケールを止めた。いきなりケント伯爵が止まったのだ。
「赤い野郎……」
ケント伯爵は馬首をめぐらして、俺と対峙する。
「もう邪魔者はいなくなった。ここら辺で決着を付けよう」
「いいだろう」
俺は戦鎚を、ケント伯爵は戦棍を構える。両者は沈黙の中で互いを見つめる。
「……貴様に一つ聞きたいことがある」
ふとケント伯爵が口を開く。
「その軍馬、コルバスから譲ってもらったのか?」
「そうだ」
「ちっ」
ケント伯爵は顔を歪ませて笑う。
「あの野郎……私こそが純血軍馬に相応しい猛将だと言ったくせに」
「コルバスはあんたにゲーラスを譲ったことを後悔している。だからこそ俺にケールを任せて、あんたを止めようとしたのだ」
俺は無表情でケント伯爵を見つめた。
「あんたは貴族として生まれ、百戦錬磨の武も持っている。その力を以ってすれば、自分の領地と領民たちを守ることだってできたはずだ。しかしあんたはただ無意味な暴力を振るってきた」
「ふっ」
ケント伯爵が嘲笑う。
「それがどうしたと言うんだ? 何で私が平民なんか守る必要があるんだ? やつらは税金を出せばいいだけの家畜だ」
「へっ」
今度は俺が笑った。
「その考えこそが……俺があんたを許さない理由だ」
「何?」
「あんたは武に優れた猛将だが……指導者としては無能すぎるんだよ」
俺とケント伯爵の視線がぶつかる。
「もちろん指導者だって人間だ。自分の欲望を満たしたい時もあるさ。でも『それだけ』だと駄目だ。領地と領民を守ることも大事なんだよ」
「綺麗なこと言いやがって……」
「これは単なる善悪の問題ではない。生存の問題だ。あんた自身がその証拠だ」
俺はケント伯爵を指さした。
「もしあんたが自分の領民たちを案じて、もっと豊かな領地を作っていたら……もっと部下たちの忠誠心を得ていたら、この戦争で勝利したのはあんたの方だったはずだ」
ケント伯爵の顔が強張る。
「しかしあんたは自分の欲望のためだけに暴力を振るい、領地を疲弊させ、部下たちの忠誠心を失った。だから俺に負けたんだ」
「化け物めが……」
「分かったか? あんたは無能だ。乱世にて無能な指導者は……許されない」
「……くたばりやがれぇ!」
ケント伯爵がいきなり突進して、戦棍で俺を攻撃する。しかし俺は冷静にその攻撃を防いだ。
「平民のくせに……偉そうなことほざくな!」
「へっ」
ケント伯爵の武は確かに百戦錬磨だ。しかしこいつはプライドに傷ついて、冷静を失っている。格下の相手ならまだしも……そんなイノシシのような攻撃、俺には通じない!
「死ね、化け物!」
「そして、もう1つあんたを許さない理由は……」
俺は戦鎚を振るって、ケント伯爵の攻撃を弾き飛ばした。
「俺の……大切な仲間を傷つけたことだ……!」
怒りを制し、完全に自分の力として操る。感情と理性を融合させて、目の前の戦いに集中する。戦いを楽しみながらも、周りを見失わない。それが……俺の覇王の道だ!
「ぐおおおお!」
攻撃と攻撃の間、刹那の隙を……俺の戦鎚は見逃さない。
「ぐはっ……!」
鋼の竜がケント伯爵の胸を強打する。銀色の鎧が衝撃で潰され、ケント伯爵が血を吐く。
「き……貴様……」
ケント伯爵は俺を睨みつけた直後、落馬する。
俺は強敵の死を確認し……主を失ったゲーラスを連れて、部下たちのところへ戻った。




