第117話.攻めるなら今だ
秋になって……俺は久しぶりに大規模の訓練を行った。
軍隊を2つの部隊に分けて、1つは俺が、もう1つはカレンが指揮を執った。そして両部隊は実戦に近い動きで連携行動や挟撃などを練習した。
「順調だな」
俺は満足感を覚えた。規律、士気、基礎体力、訓練度……どの面においても強軍と言える。この王国の中でもここまで仕上げられた軍隊はほんの少しだろう。
何よりも刮目すべきところは、兵士たちの士気だ。もう何度も多数の敵を打ち破ったことで、彼らの戦意と闘志は限界を超えている。特に総指揮官である俺への信頼は……もう信仰の領域だ。
『赤い総大将がいる限り、絶対負けない』……兵士たちは心の底からそう信じている。そして俺は彼らの信頼に応えて、俺個人の限界を超える力を発揮する。これが……最強の武すら退ける『覇王の道』だ。
「お疲れ様でした」
訓練の後、カレンが馬に乗って俺に近づいた。
「ご苦労、素晴らしい采配だった。」
俺が褒めると、カレンの無愛想な顔に少しだけ嬉しい表情が浮かぶ。
カレンの率いる『錆びない剣の傭兵団』は本当に素晴らしかった。大半が剣兵であるその部隊は、個々の武術はもちろん集団戦や機動力にも優れていた。騎兵部隊に比べれば破壊力は劣るけど、どんな地形でもどんな局面でも活躍できるだろう。
「団長」
カレンが俺の顔を凝視する。
「失礼ですが、団長の軍隊指揮経験はまだ1年にも満たないとお聞きしました」
「ああ、もうすぐ1年になるな」
「……信じられませんね」
カレンが首を横に振る。
「今まで様々な戦場で戦い、数多くの指揮官たちを見てきましたが……団長のような方は初めてです」
「確かに肌の赤い指揮官なんて俺しかいないだろうな」
俺が冗談めいた口調で言うと、カレンが微かに笑う。
「団長は指揮力や統率力にも優れていらっしゃいますが……それだけではない。団長の指揮する軍隊は……熱意が違います」
「熱意か」
言われてみれば、それが我が軍の強さの秘密かもしれない。
俺の熱意が兵士たちに伝わり、彼らの熱意を増幅させる。そして兵士たちの増幅させられた熱意が俺を刺激して、俺の熱意も更に高まる。互いに影響を受け合い、互いの力が相乗する……これも人間の底力なんだろうか。
俺が考えにふけっていた時だった。馬の足音と共にエミルが姿を現した。
「総大将」
「何だ、エミル」
エミルはカレンを横目でちらっと見てから、俺に報告を上げる。
「パウル男爵領のルベンから知らせが来ました」
「知らせ?」
「はい、ケント伯爵の兵士たちが多数降伏してきたようです」
その言葉に俺の胸が騒いだ。
「降伏した兵士たちによると……前回の戦闘以来、ケント伯爵は何人もの部下を処刑し、敗北の原因を擦り付けたらしいです」
「なるほど」
「おかげで多くの人間がケント伯爵に反感を持ち、毎日の如く脱走者が出ているとのことです」
エミルが薄ら笑いを浮かべる。
「恐怖による支配って、一見強固に見えますが……不利な状況になると脆い。ケント伯爵の統治は大きく揺れているに違いありません」
「攻めるなら今だな」
これは絶好の機会だ。俺の理性と本能がそう告げている。
「エミル、カレン」
俺が呼ぶと、2人は同時に「はっ」と答える。
「3日以内に遠征の準備を終わらせろ。今年中にケント伯爵を潰す」
「はっ」
再度答えて、エミルとカレンが馬を走らせた。
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そして3日後……綺麗な秋の空の下で、俺は出陣した。ケント伯爵を倒してやつの領地を一気に奪ってやる。『赤竜の旗』と共に、俺は『覇王の道』の進んだ。
まずパウル男爵領まで進軍して『レッドの組織』の5人や『ルベン・パウル』と合流した。彼らの兵力はもう1500になっていた。パウル男爵の敗残兵、そしてケント伯爵からの脱走兵が加わったのだ。
俺の総兵力は2500、ケント伯爵の方は3000くらいだ。兵力の差はほぼ無くなったし、士気の面はこっちが圧倒的に有利だ。たとえケント伯爵が籠城に入っても……今なら勝てる。
更に2週後、俺は軍隊を率いてケント伯爵領に侵入した。順調な遠征だ。このままだと予定通り今年中に勝利できる。と思っていた俺に……驚くべき知らせが届いた。
「総大将!」
進軍の途中、先走らせた偵察隊が慌てた顔で俺に近づいた。
「た、大変です!」
「落ち着いて話せ。何があったんだ?」
「この周辺の村が……全部焼かれています!」
周りのみんなが驚いて、俺の方を見つめた。俺は思わず苦笑した。
「焦土作戦か……」
軍隊が進軍するためには何よりも補給が大事だ。人間である以上、誰しも食べないと動けないのだ。だから進軍の時は、周りの村から食糧や物資を買い溜めしておくのが基本だ。お金が足りない場合は略奪という手もあるけど、占領後を考えると略奪は控えるべきだ。
しかしケント伯爵は自分の領地の村を自分の手で略奪して、我が軍の食糧調達を妨げてきた。こういう『焦土作戦』は時と場合によっては有効だが……。
「へっ」
俺はケント伯爵の意図を読んだ。これは時間稼ぎだ。
「慌てる必要はない。後方に連絡して、普段より多くの物資を運ばせろ」
俺が揺るぎない態度で命令すると、周りのみんなが安心する。
もちろん焦土作戦によって進軍は遅くなるだろうし、経済的にも被害を受けた。だが慌てる必要はない。そう遠くないうちに、敵の方から動くはずだ。




