第12話.俺に限ってそんなことはない
試合場を出て2階に上がると、小さい誰かが俺に抱き着いてくる。
「あう……! あう……」
アイリンだ。アイリンは涙を流しながら俺を見上げていた。たぶん俺が殴られるのを見てかなり衝撃を受けたんだろう。
俺はアイリンの頭を撫でてやった。
「心配するな。俺は大丈夫だ」
まだ鈍重な痛みが残っているけど、これくらい別に大したことはない。俺の骨格は頑丈だ。
「あんなやつに手こずるなんて、お前もまだまだだな」
鼠の爺の冷たい声で聞こえてきた。俺は爺を睨んだ。
「別に手こずってねぇよ」
「そうかい? 戦いがもう少し長かったら、お前の方が先に倒れたぞ」
このクソ爺……相変わらず正確だな。
「まあ、とにかく……ロベルトがお前に直接報酬を渡したいようだ。部屋に入ってみろ」
「分かった」
俺は足を運んで爺の傍を通り過ぎた。しかしその瞬間……爺が小さい声で囁いた。
「レッド、あの男には注意しろ」
まあ、危険な男なのは最初から分かっているさ。俺は軽く頷いてロベルトの部屋に入った。
「レッドさん」
テーブルに座っていたロベルトが立ち上がって、俺に近づいた。
「素晴らしい試合でした」
「ありがとう」
「報酬をどうぞ」
俺は革袋を受け取った。結構な量の硬貨が入っている。
「結構多いな」
「レッドさんの最初の試合でしたし、ちょっと多めにしておきました」
「それもありがとう」
「どういたしまして。ところで……爺さんからお聞きしましたが、レッドさんはまだ17歳だと」
「ああ」
「17歳でこの強さ……本当に素晴らしいお方だ」
ロベルトが笑顔を見せた。
「では、またのご参戦をお待ちします」
「ああ」
ロベルトの鋭い眼差しを後ろにして、俺は部屋を出た。
---
南の都市を出た時はもう夜12時を過ぎていた。俺たちの小屋まではまた何時間も歩かなければならない。爺と俺は別にいいけど、アイリンには無理だ。
「アイリン」
「あう?」
「俺の背中に乗れ。背負ってやる」
「あうあう!」
アイリンが驚いて首を横に振ったが、俺が「早く乗れ」と促すと、少しためらってから俺の背中に乗った。そして間もなく眠りについてしまった。
軽い。こいつは何故こんなに軽いんだろう。アイリンの痩せた体を背負って、俺はそう思った。
「優しいな、お前」
鼠の爺が嘲笑うような口調で言った。
「まさか今更人間が好きになったとか、復讐なんて止めたくなったとか、そんなんじゃないだろうな?」
「何言ってんだ」
俺は鼻で笑った。
「俺に限ってそんなことはない。いつかは何もかもぶっ壊して、この王国を滅ぼす。これは絶対だ」
「そうかい」
爺が頷く。
「とにかくお前にはこれからもあの格闘場で働いてもらう」
「お金のため?」
「お金のためでもあり、お前の鍛錬のためでもある」
爺の声が冷たくなった。
「あの格闘場で……少なくとも1年以上生き残れ。それが目標だ」
「『勝ち続けろ』じゃなくて『生き残れ』か」
「もちろんだ。負けたからって諦めるやつは……要らない」
「もう一度言う。俺に限ってそんなことはない」
「へっ、口だけは一人前だな」
それから俺と爺は沈黙の中で夜道を歩いた。二人の足音と虫の鳴き声、そしてアイリンの寝息が聞こえてくるだけだった。




