第115話.2人の関係か……
俺は久しぶりに要塞の内部を視察することにした。兵士たちの生活に問題はないか、自分の目で確かめるためだ。こういうことも大将として大事だ。
それで要塞を一回りしたが……特に問題点は見当たらなかった。新しく建築された要塞だし、兵士たちは大体満足しているようだ。まあ、でも探せばいくつか改善点が出て来るだろう。後で部隊長たちと話してみるか。
「総大将」
その時、小柄の少年が俺に近づいた。俺の副官であるトムだ。
「南の都市、そして我が軍の財務報告書をまとめました」
「ご苦労」
俺はトムから報告書を受け取って読み始めた。
「ふむ……」
思わず顔をしかめた。報告書の『総支出』項目に書かれている数字が、俺の想像を超えていたのだ。
『南の都市』は高い経済力を誇る港湾都市だ。広い領地を所有しているホルト伯爵すら真っ先に狙ってくるくらいだ。でも……やっぱり戦争による支出が大きすぎる。
俺の軍隊は規模が小さいし、そこまで長く遠征に出ていたわけでもない。しかし戦争は……毎時間毎分、ずっとお金をばら撒いているような行為だ。早くケント伯爵との戦いを終わらせて、領地を安定させないと……。
「大体確認した。明日ロベルトとオリンに連絡して、都市の治安と防備を強化するように伝えろ」
「かしこまりました」
俺はトムに報告書を返した。トムは少し上気した顔で俺を見つめる。
「総大将」
「何だ」
「おこがましいお願いですが……今度の戦闘、自分も連れていてください」
トムはいとも真面目な口調だった。
「参戦したいのか?」
「はい、総大将のご活躍を……できる限りこの目で拝見しておきたいです」
俺は内心笑った。
戦場に出ることは、極めて危険なことだ。しかし俺の周りの人々は自ら進んで参戦しようとしている。不思議なことだが……いいだろう。トムにはもう『地平線の向こうまで連れていってやる』と約束したのだ。
「お前には要塞のことを任せるつまりだったんだが……まあ、いいだろう。このままだとエミルの負担が大きすぎるし、お前の力を借りるぞ」
「感謝いたします!」
トムの顔が明るくなった。シェラもそうだが、本当に不思議なやつらだ。
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夕べになり、俺は仕事を終えて執務室を出た。今日はちょっと早めに休もう。
しかし俺の宿舎に向かっている途中、俺は奇妙な光景と遭遇した。もう退勤したはずのシェラと……傭兵団副団長のカレンが一緒にいるのだ。
「あいつら……」
よく見ると、2人は要塞の隅で木剣を振るっていた。俺は気になってそちらに向かった。
「お前たち、何しているんだ?」
俺が声をかけると、2人は動きを止めてこちらを振り向く。
「れ、レッド……」
シェラが恥ずかしそうな笑顔を見せる。
「団長」
シェラに代わって、カレンが無愛想な顔で口を開く。
「秘書殿が剣術を鍛錬したいと言い出して……微力ながら手伝っていたところです」
「シェラが……剣術を?」
俺が見つめると、シェラの顔が赤く染まる。
「わ、私もこれから戦場に出るから……剣術を学んでおいた方がいいかな、と」
一理ある言葉だ。シェラは俺から格闘技を学んだが、武器術は勉強したことがない。戦場に出るとなると、護身のためにも武器の扱い方を勉強しておいて損はないはずだ。
「確かにいい考えだな。カレンは優れた剣士だし、彼女から学べば間違いないだろう」
「うん、ありがとう……」
シェラは何故か恥ずかしそうな態度だった。
「あの」
カレンが俺とシェラを見つめる。
「お2方は、恋人同士ですか?」
カレンは淡々とした口調だったが、その質問は雷となって俺とシェラの胸を強打した。
「ち、ち、違います……!」
シェラの顔はもう俺以上赤くなっている。
「こ、恋人なんかじゃありません!」
「そうですか?」
「そうですぅ!」
裏返った声で答えた直後、シェラの顔が暗くなる。
「……私は、恋人ではありません。それに……」
シェラがうつむく。
「それに……レッドにはアイリンちゃんがいるし……」
「アイリン?」
カレンは疑問の表情を浮かべる。
「そのアイリンという人物が団長の恋人ですか?」
カレンの再度の質問に、シェラは口を閉じて俺を見つめる。俺は……どう答えればいいか分からなかった。
アイリンが俺の恋人……? いや、少し違う気がする。互いを大事に思っているのは確かだけど、男女関係ではないのだ。そもそも俺はアイリンのことを異性として認識したことがない。何があっても守りたい存在……それがアイリンに対する俺の認識だ。
「いや、恋人では……ないな」
俺はやっと答えた。するとシェラの目が丸くなる。
「じゃ……団長には恋人がいなくて、秘書殿とは『恋人未満』ということですね」
カレンが頷いた。俺とシェラはそれ以上何も言えなかった。




