第114話.帰還、そして……
俺は『錆びない剣の傭兵団』の野営地を見回った。
『錆びない剣の傭兵団』は、その名前通り剣兵を中心とした部隊だった。ほとんどが剣と盾、鎖帷子を装備している。近接戦闘を専門にする傭兵団なんだろう。
何しろ彼らはケント伯爵の猛攻にも耐え抜いた。戦闘力は保証済みだ。傭兵にしては統制も取れているし、士気も高そうだ。どうやら副団長のカレンは優れた戦士でありながら優秀な指揮官でもあるようだ。
「我々は様々な紛争に参加してきました」
一緒に歩きながら、カレンが説明した。
「野戦、攻城戦、籠城戦、上陸戦……どの任務でも期待された以上の戦果を上げ、規模こそ小さいですが雇用主たちから好評を受けました」
「凄いな」
俺は傭兵団団員1人1人の姿を眺めた。彼らは装備の手入れや剣術の訓練などをしていた。全員経験豊富な戦士に見える。
「団員の募集はどう行われるんだ?」
「募集は主に港や都市で行われます。ただし誰でも募集するわけではなく、ある程度の基礎体力や素質を持った人材を集めます」
「少数精鋭というわけか」
評価の割に規模が小さいのはそのせいなんだろう。
「カレン」
「はい」
「前代団長……つまり鼠の爺のことなんだけど。爺はどうやって団長になったんだ?」
「前代団長が就任したのは、もう10年前のことです」
10年前か。カレンはたぶん20代後半くらいだから、彼女が10代の話だ。
「10年前、我々『錆びない剣の傭兵団』は今よりも零細だったんです。団員はたった数十名……装備も補給も豊かではなかったし、苦しい時期でした」
カレンの無愛想な顔が少しだけ緩くなる。過去を思い出したんだろう。
「当時の団長は、もう傭兵を引退して傭兵団も解散しようとしました。私を含めて団員たちは落胆していましたが……その時、前代団長が突然現れたんです」
鼠の爺は突然現れるのが好きだからな。
「彼は大金を支払って、団長の座と指輪を譲ってもらいました。最初はみんな小柄な彼を過小評価しましたが……彼が見せた武は想像を絶するほどでした」
俺は内心頷いた。爺の強さは俺が一番よく知っている。
「それで団員たちは彼に従うようになり、彼は我々を率いて困難な任務を何度も成功させました。おかげで傭兵団は着実に成長して団員も数百になりました。しかし8年くらい前……前代団長は私に指揮を任せて、どこかに旅に出ました」
「ふむ」
「それから前代団長は半年に一度くらい姿を見せて、傭兵団の方針などを指示しました。私はその方針に従って傭兵団を運営しました」
鼠の爺は情報屋として働きながらも、一方では傭兵団を育てていたのだ。俺と一緒に住んでいた時もたまに姿を消したけど……たぶん傭兵団のところに行っていたんだろう。
「最近は直接指示を出す代わりに、命令書を送ってきました。そして数ヶ月前、前代団長から『ウルぺリア王国に行って赤い肌の人間を探せ。そいつが新しい団長だ』という内容の命令書を受け取り、我々はこの王国まで来たんです」
「なるほどね」
思わず苦笑した。爺がやりそうなことだ。
「俺はこれから南の都市に帰還するつもりだ。お前らも一緒に来てもらう」
「かしこまりました」
カレンが真面目な顔で答えた。俺の実力を確認してから、彼女は誠実な態度を見せている。これからの戦いで、彼女と傭兵団は頼れる戦力になってくれるだろう。
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ケント伯爵はパウル男爵領から完全に撤退した。自分の領地に戻って戦力を立て直すつもりなんだろう。
俺はまず『レッドの組織』の5人に1000の兵力を任せて、パウル男爵領を守るように指示した。俺自身はエミルと500の兵士たち、カレンと傭兵団、そしてレイモンを連れて……『南の都市』に帰還することにした。
こちらも戦力を立て直す必要がある。それに何よりも……レイモンが心配だ。早く南の都市に戻って、優秀な医者たちに診てもらわなければならない。
「レイモン……」
進軍の途中、俺は暇があればレイモンの天幕を訪ねて、彼を見守った。レイモンはまだ意識がはっきりせず、たまに目を覚ましてスープなどを食べるだけだった。完治……できるんだろうか。
思えばレイモンは、一番信頼できる部下でありながら……俺が組織を率いるきっかけを作ってくれた人だ。『レッドの組織』の中でも最年長者で、どんな時も率先して動いてくれた。俺にとって彼は単なる部下ではなく……頼りになる兄みたいな存在なのだ。
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数日後……やっと南の都市に帰還した俺は、まず診療所に向かい、医者たちにレイモンを任せた。そして……駆けつけてきたレイモンの恋人に事情を説明した。
「レイモンさん……」
レイモンの恋人はその場で泣き崩れた。俺は何も言えなかった。今は千の言葉より……行動が必要だ。
俺は診療所を出て、俺の本拠地である要塞に向かった。兵士たちの編成と新兵の募集を行って、計画的に戦力を強化していく。
「レッド……!」
要塞の執務室に入ると、シェラの姿が見えた。彼女は驚いた顔で俺に近づいた。
「シェラ、元気にしていたか?」
「私は大丈夫だけど……」
シェラの顔が少し暗くなる。
「レイモンさんの話……聞いたよ」
「そうか」
シェラは『レッドの組織』の一員たちとも親しい。彼らとシェラが一緒に鍛錬していた頃が、まるで昨日のように思い出される。
「レッドは……怪我はない?」
「俺は大丈夫だ。心配するな」
俺がそう答えると、シェラは更に近づいてくる。
「……出来ないよ、そんなこと」
シェラが悲しい目で俺を見上げる。
「あんたが遠征に出ていた時……私はずっと心配してた」
「シェラ……」
「分かっている。あんたは誰よりも強いし、私の心配なんか要らない。でも……」
シェラの瞳の涙が溜まる。
「でも……もう待っているだけは嫌だ」
「お前……」
「今度は……私も連れて行って。戦場でもどこでもいいから……!」
シェラは涙を堪えて、強い覚悟を口にした。俺はそんなシェラを見つめた。
正直に言って、シェラを戦場に連れて行きたくない。戦場は予測できない異変が起きる場所だ。武を極めたレイモンさえ一瞬で重傷を負うのが戦場だ。以前俺はシェラに『戦場に出る覚悟をしておけ』とか言ったけど……そんな危険な場所にシェラを連れて行きたくはないのだ。
でも……どうやら俺は甘かったようだ。シェラの心は、俺が思っていたより深くて強よい。それを今になってやっと気付いた。義勇軍の時も……シェラはただ俺の傍にいたくて戦闘に参加したのだ。
俺は歯を食いしばり、目の前の少女を抱きしめたい衝動を抑えた。
「……分かった」
俺の答えに、シェラの顔が明るくなる。
「言っておくけど、軍隊の野営地っていろいろ不便だ。後で文句言うなよ、お嬢さん」
「うん……!」
シェラは笑顔で涙を拭いた。




