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第112話.こいつ……!

 所属不明の部隊の急な出現……それこそ今回の戦闘について鍵となるだろう。


「……所属不明ということは、旗を掲げていないのか?」


「赤い剣が描かれている旗を掲げているそうです。しかしこの周りの領主の中で、そういった旗を使う人間はいません」


 赤い剣? まさか……。


「やつらの正確な現在位置は?」


「この周りです」


 エミルが机の上の地図に手を伸ばして、一点を指さす。そこは海岸のすぐ隣だ。船に乗ってこの地方まで来たんだろう。だが……海賊ではない。


「……たぶん傭兵団だな」


 現在この王国は戦乱に包まれている。戦争でお金を稼ぐ傭兵団としては、絶好の商売機会だ。様々な国の傭兵団が集まってもおかしくない。


「ケント伯爵に雇われた傭兵団なんでしょうか」


「普通に考えたらそうだな。でも何かが引っかかる」


 俺は少し考えてみた。


「あのケント伯爵が本当に傭兵団を雇ったんだろうか?」


「戦争で傭兵団を雇うのはよくあることですが」


 俺は首を横に振った。エミルは政治や外交、一般的な学問には長けているが、戦場での心理についてはあまり知らない。


「ケント伯爵は自分の武に自信を持っているし、こちらの倍の戦力を有している。それなのにわざと大金を支払って500に至る傭兵団を雇った……?」


「それは……」


「しかもこのタイミングで現れたのもおかしい。普通なら川辺での1回戦が起こる前に現れるべきだ。今は流石に遅すぎる」


「確かに」


 エミルが慎重な顔で頷く。


「ケント伯爵の動向は?」


「進路を変えて、所属不明の部隊に向かっています」


 傭兵団と合流するために進路を変えた。そう解析することもできるが……。


「違うな」


 俺は首を横に振った。


「エミル」


「はい」


「各部隊長に進軍を準備させろ」


「分かりました」


 エミルは強張った顔で天幕を出た。


 もし本当にケント伯爵が傭兵団を雇ったのなら、かなり危険な状況だ。本格的な傭兵団の戦闘力は侮れないし、ケント伯爵の主力部隊も健在だ。いつも冷静なエミルも危機感を感じているくらいだ。


 だが……違う。これは危機じゃなく勝機だ。俺はそう確信した。


---


 誘導策は中止して、ケント伯爵と所属不明の部隊に向かって進軍を始めた。このままだと数時間以内にやつらと接触する。


 ふと後ろを振り向いた。いつもならレイモンが誠実な顔で俺のすぐ後ろを追っているはずだ。しかし今は彼の姿が見当たらない。


 ジョージやエイブとは違って、レイモンはまだ治療を受けている。やっと意識を取り戻したものの、言葉を発することすらままならない状態だ。最悪の場合……もう起きられないかもしれない。


 『レッドの組織』のみんなの顔には、いつもより強い闘志が浮かんでいた。デリックの時もそうだったが、逆境を通じて彼らは更に強くなっていく。


 しばらくして広大な森が視野に入った。ケント伯爵の軍隊はこの森の向こうだ。森を迂回することもできるが、それだと時間が掛かりすぎる。俺は軍を率いて森に進入した。


「総大将! 報告です!」


 偵察として先行させた騎兵たちが帰還して、俺に近づいた。


「森の向こうから戦闘が行われています!」


 その報告に、周りのみんなが驚いて俺を見つめた。でも俺は顔を歪ませて笑った。


「エミル」


「はい」


「これから敵軍に突撃を仕掛ける。俺の後ろを追うように、各部隊長に伝えろ」


「はい」


 エミルが馬を走らせ、その場を去った。


「ジョージ、カールトン、ゲッリト、エイブ、リック!」


 俺は『レッドの組織』の5人を呼んだ。


「レイモンの仇を打つ。騎兵隊とともに俺に続け」


 その命令に5人は「はっ!」と答えた。


「行くぞ」


 俺は手綱を操って森の中を疾走し始めた。『レッドの組織』と200の騎兵隊が俺の後ろを走った。広大な森に馬の足音が響き渡り、地面が振動した。


 前方から徐々に音が聞こえてきた。喊声と悲鳴、怒りと恐怖の叫び……戦場の音だ。その音に胸が騒ぎ、俺は高揚感に包まれる。武器を持った手に力が入り、全身の感覚が研ぎ澄まされる。周りの部下たちも俺に影響され、獲物を狩る猛獣に変わる。


 やがて森を抜け出した瞬間、目の前に広い草原が現れる。そこで2つの勢力が戦闘を行っていた。ケント伯爵の軍と所属不明の部隊だ。


「やつらを……!」


 俺は迷いなく全速力で突撃した。


「1人残らず踏み潰せ……!」


 俺の命令に部下たちが雄叫びを上げる。それでケント伯爵の軍も俺たちの出現に気付いたが……もう遅い。


「ぐおおおお!」


 敵兵士たちの間を疾走しながら戦鎚を振るう。竜の戦鎚は敵の鎧と盾を粉砕し、体を破壊する。敵軍の首や四肢が飛び跳ね、真っ赤な血が噴出する。


「あ、赤い化け物だ……! 化け物が現れた……!」


 敵軍に恐怖が広まる。やつらは先日の戦いで俺の猛攻を受けた。その時を記憶と体験がそのまま恐怖となり、やつらの戦意を奪う。


「た、助けて……!」


「うわあああああ!」


 もともとケント伯爵の恐怖に支配されていたやつらだ。それを上回る恐怖に直面すると対抗できない。その場に凍りついて死を待つか、武器を手放して逃げるか……その2つだ。


「やつらを逃すな!」


「踏み潰せ!」


 『レッドの組織』の一員たちと騎兵隊も、俺に続いて殺戮を繰り広げた。ケント伯爵の軍隊は俺たちに側面を奇襲され、瞬く間に大打撃を受けた。


「ケント伯爵……!」


 敵軍の中央を突破した時、銀色の華麗な鎧を着ている巨漢が現れた。それは敵の総大将、ケント伯爵だった。ケント伯爵は自分の主力騎兵隊を率いて、俺たちを迎撃するために突進してきた。


「はあああっ!」


「でいやっ!


 戦場の真ん中で、両軍の総大将たちがぶつかった。一般的にあり得ないことだが、俺もケント伯爵もこの勝負から身を引くつもりはない。互いを倒さないと勝利は不可能だということを……互いが一番よく知っているのだ。


「ぬおおおお!」


「おのれ……!」


 俺は戦鎚ウォーハンマーを、ケント伯爵は戦棍メイスを振るった。両者の武器はぶつかる度、重い金属音とともに火花が飛び散る。


 騎士ですら一撃で仕留める俺の攻撃を、ケント伯爵は何度も受け止めた。腕力はもちろん、技術も人間の領域を超えている。数えきれないほどの戦闘で鍛錬された力……まさに百戦錬磨の武だ。


「くたばりやがれぇ!」


 ケント伯爵は傷だらけの顔に笑みを浮かび、戦棍で俺の頭を狙った。俺はその致命的な攻撃をギリギリのところで回避し、戦鎚の頭についた竜の角で反撃した。


「くっ……!」


 竜の角に刺され、ケント伯爵の右肩から血が流れてくる。これで勝負は決まりだ……!


「ぬおおおお!」


 戦鎚『レッドドラゴン』が強敵の命を奪うために突進する。相手の隙を突いた一撃……これは防げまい!


「……うっ!?」


 しかしその直後、俺は驚きに包まれた。刹那の瞬間……ケント伯爵の乗っている黒い軍馬が後ろに下がって、主の命を救ったのだ。


「赤い化け物……」


 ケント伯爵は俺を睨みつけてから、黒い軍馬を走らせてその場を離れた。


「こいつ……!」


 逃すわけにはいかない。俺は予備の剣を抜いてやつに投げ飛ばした。しかしケント伯爵は左手で戦棍を操り、剣を弾き飛ばす。


「ちっ!」


 ケント伯爵は瞬く間に遠ざかっていく。俺の馬はもう疲れているし、追跡は無理だ。俺は歯を食いしばった。


 その時、後ろから大きな歓声が聞こえてきた。俺の歩兵部隊がやっと戦場に到着したのだ。敵軍はもう戦意を失って敗走しているし、戦闘は俺の勝ちだ。だが俺は悔しい気持ちを振り切れなかった。

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