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第108話.そういう人間さ

 6月末、俺はパウル男爵領の本城で過ごした。


 城は立派だった。高い壁と広い堀に囲まれ、多数の敵に攻められてもそう簡単には落ちないように作られている。そして城を中心に城下町が広がっていて、人口もかなり多い。


 俺が統治していた『南の都市』も結構大きい都市で、人口も軽く数万を超えていた。だが新しく征服した『パウル男爵領』の総人口は、南の都市の3倍近くだ。俺は数十万の人々を統治することになったのだ。


 パウル男爵領の形式上の統治者は『ルベン・パウル』だが……『ルベンを保護する』という名目で実質的には俺が統治している。人々ももちろんそれを知っているけど……俺の統治を素直に受け入れた。パウル男爵があまりいい領主ではなかったし、俺の統治が意外と合理的だったからだ。


 どうやらパウル男爵領の人々は……俺に対して恐怖感を感じていたようだ。まあ、俺は『赤い化け物』とか『レッドドラゴン』と呼ばれているし、『あの赤い化け物に占領されれば略奪または虐殺されるかもしれない』と怯えるのも無理ではない。


 だが俺には略奪や虐殺を行うつもりなどまったくなく、兵士たちにも『民を害すると許さない』と釘を刺しておいた。俺の兵士たちは規律が取れているし、何より俺のことを恐れている。完全に問題がないとは言えないが、他の軍隊に比べたらいい方だろう。それでパウル男爵領の人々も安心するようになったのだ。


 それに俺の傀儡であるルベンも意外と有能だった。ルベンは『私は兄とは違う』と言わんばかりに頑張って働いて、パウル男爵領の民心を治めた。やつとしては『兄を裏切ったのは正当な行為だった』ということを証明するためにも頑張って働くしかないけど。


 パウル男爵領の支配は順調だ。ここは俺の本拠点である『南の都市』から近いし、経済力も悪くないから民心さえ掴めば支配に不都合はないわけだ。本当の問題は支配ではなく防御だ。パウル男爵の義理の兄である『ケント伯爵』が……軍隊を率いて侵攻してきたのだ。


---


 7月になり、気温が結構暑くなった。本格的な夏の始まりだ。


 幸い城というちゃんとした駐屯地のおかげで、兵士たちの健康は心配しなくても良さそうだ。飲用水の確保も安定している。大事な一戦を前にして、兵士たちの状態にはより注意を払うべきだけど。


 俺は城の広い会議室のテーブルに座って、エミルからケント伯爵の動きに関する報告を聞いた。


「ケント伯爵の軍隊は約4000だと推測されます」


「こっちの2倍か」


 俺の現在の兵力は2000だ。俺が直接養成した1000に、パウル男爵から吸収した1000を合わせた結果だ。しかし……それでも敵の方が2倍の戦力を有している。


 最大の難点は、新しく吸収した1000の士気があまり高くないという点だ。彼らは一応ルベンに忠誠を誓ったが……いかんせん訓練度が低い。あまり戦闘力は期待できないだろう。


 ホルト伯爵の時のように、義勇軍を招集することも不可能だ。あの時はこちらに大義があったし、都市の市民たちが俺を信じて動いてくれたけど……今は敵の方にも大義があり、民の俺への忠誠心もそこまで強くはない。


 そう、ケント伯爵は『パウル男爵を釈放し、彼に支配権を返せ』と要求してきた。俺が当然にもその要求を拒むと、やつは当然にも侵攻してきたわけだ。大義はどちらにもある。もう力で解決するしかない。


「ケント伯爵は村を略奪しながら進軍しているようです」


「略奪?」


 俺は眉をひそめた。


「それはちょっとおかしくないか?」


 もちろん戦争に略奪はつきものだ。だがケント伯爵は『パウル男爵領を義理の弟に返す』という大義名分を掲げている。それなのにパウル男爵領の村を略奪するのか。


「何もおかしくありません」


 エミルが冷たく言った。


「大半の貴族にとって、平民はただの道具です。少し略奪したり殺したりしても痛くも痒くもありません」


「まあ、そうだな」


 俺は苦笑した。


「それに……入手した情報によると、ケント伯爵は『殺戮者』と呼ばれるほど残忍で無慈悲な人物です。略奪など気にもしないでしょう」


「『殺戮者』ね」


 俺もルベンから何度か話を聞いた。降伏した敵兵士たちをなぶり殺したとか、道端の貧民を気持ち悪いという理由で殺したとか、パーティー場で自分の行動を風刺した道化師を殺したとか、部下を殺してその妻を奪ったとか……いろいろ暴政を行ったらしい。それなのにケント伯爵の武力のせいで、誰も逆らうことができないという話だ。


 本当にそれだけの武力を持っているんだとしたら……この戦い、苦戦するかもしれない。


「やっぱりこちらから迎撃するしかないな」


「また野戦にかけるつもりですか」


「もちろんだ」


「籠城という手もありますが」


「俺たちが籠城すれば、ケント伯爵はこの周りの村を全部燃やすだろう。後のことを考えると、これ以上被害を拡大させるわけにはいかない」


 俺の答えを聞いて、エミルが微かに笑う。


「やっぱり無謀というか……軍事理論ではあり得ない選択ですね」


「別に今更のことではない。不利な戦いならもう慣れたのさ」


 俺も笑った。


「明日進軍を開始する。ルベンにも伝えておけ」


「分かりました」


 エミルが会議室を出た。


 一人になった俺は、自分の胸が騒ぐのを感じた。戦況は明らかに不利だし、指導者としてこういう無謀な戦いは避けるべきだけど……俺は喜びを抑えきれなかった。敵が強ければ強いほど……俺自身が生きているという実感が湧く。エミルが知ったら『指導者として失格です』と評するだろうけど……俺は元々そういう人間だ。これだけはどうしょうもないさ。

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