第103話.次の目標が決まった
今年の3月から、王族たちは内戦を起こした。2人の公爵と1人の女公爵が『国王の座』をかけて本格的に衝突し始めたのだ。
内戦の混乱は瞬く間に王国全体に広まっていった。混乱を収拾するべき王族たちが真っ先に戦争を起こした以上、もう混乱の拡散は誰にも止められない。
あちこちで戦闘が起きたという噂が次々と入ってきた。己の欲望を満たそうとする者、古い恨みを晴らそうとする者、攻撃される前に攻撃する者……みんな混乱に乗じて暴力を振るい始めた。無数の人々が死んでいき、血と涙だけが流れる時代……まさに乱世だ。
俺の勢力は、王国の最西南端に位置する1つの都市だけで……兵力もたった1000だ。王国全体から見ると極めて小さく、微々たる力でしかない。
だが焦る必要はない。力を蓄えて、機会を待って、一気に叩き潰せばいい。自分の方が強いと思っている連中を次々と跪かせればいい。
俺は参謀のエミルと相談し、最初に攻め落とす領主を決めた。それは隣のパウル男爵だった。
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5月半ば、『外交団』が帰還した。エミルが王都での外交を無事に終えたのだ。
エミルは早速俺の執務室に入ってきて、俺に1枚の紙切れを渡した。
「『南の都市守備軍司令官』……か」
「はい、それが総大将の正式な役職名です」
「へっ」
エミルの答えに俺は思わず笑ってしまった。
エミルは王都まで行き、王族たちに賄賂を渡して俺のための役職をもらってきたのだ。まあ、予定通りではあるが……こんなに簡単だなんて、ちょっと可笑しいことだ。
「王族たちはこんな辺境の都市まで気を使う余裕がありません」
俺の笑いの意味を理解して、エミルがそう説明した。
「連中には『3公爵の中で誰が勝つか』……それだけが問題です。少しお金を渡せば簡単に認めてもらえる」
「まあ、そうだろうな」
俺は頷いた。
「とにかくこれで周りの領主たちとも対等に外交を行えるようになったな」
「その通りです」
『守備軍司令官』って結局紙切れ1枚の役職に過ぎない。でもこの紙切れ1枚は、ロベルトが使っていた裏社会のコネとは全然意味が違う。
南の都市の『実質的な統治者』はあくまでも俺だが、対外的には警備隊隊長のオリンが統治者として知られている。直接話したホルト伯爵ならともかく、他の貴族たちは俺と対等に話すことすら拒んできた。だがこの紙切れ1枚の役職によって全てが変わった。
「平民と対等に話すなんて、普通の貴族からすれば屈辱でしかない。だが総大将は王族たちに認められた立派な官吏ですからね」
「そうだな」
貴族たちの大半は、実質的な力より形式や血筋の方が大事だと思っている。俺からすれば滑稽なことだが……まあ、これから全部叩き潰して誰が上なのか証明してやるさ。
「総大将、今後の方針について提案があります」
「言ってみろ」
「実は王都に滞在中、パウル男爵に関する噂を掴みました」
「噂?」
「はい」
エミルが無表情で頷いた。
「パウル男爵が妻の死亡のせいで自分の領地を疎かにしたことは、貴族社会でもちょっとした話題になっていました」
「なるほどね」
「特に注目するべき噂は……パウル男爵の弟である『ルベン・パウル』が、兄の無責任な行動を強く糾弾したということです」
兄弟内紛か。
「パウル男爵は激怒しましたが、結局弟のことを罰することはできなかったようです」
「弟を罰したら周りから更なる反発を食らうだろうからな」
「はい」
なるほど、話が見えてきた。
「つまりやつの弟を利用しようという提案なんだな?」
「その通りです」
エミルの顔が少し明るくなる。
「この噂の真相を確かめて、ルベンの兄に対する不満が本物なら……我々が力を貸してやることもできるでしょう」
「そうだな」
兄弟内紛に乗じて、ルベンに手を貸し……俺の力でパウル男爵を追い出す。その後、ルベンには俺の傀儡になってもらう。
「悪くない作戦だが、まず噂を確かめる必要があるな」
「はい、直ちに情報部に指示を出します」
「それはいいけど……」
俺はエミルの顔を見つめた。
「お前、長い旅行の直後なのに無理しているんじゃないか? 少し休んでもいい」
「いいえ」
エミルは無表情で首を横に振った。
「休憩が必要なのは『レッドの組織』の皆さんです。私には必要ありません」
「へっ……お前の口からそんな配慮の言葉が出るとはな」
「これは効率の問題です。私は馬車の中で過ごしたし、そこまで体力を消耗していません」
冷たい声で答えてから、エミルは執務室を出た。
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エミルが帰還してから1週くらい後、パウル男爵とその弟のルベンに関する情報が集まった。
どうやら噂は事実……いや、噂よりも深刻な状態のようだ。パウル男爵とルベンは以前から仲が良くなかったらしいが、ダレルの村の件で完全に関係が破綻してしまった。公の場で弟に糾弾されたパウル男爵は、怒りのあまりに剣を抜いたが……周りが止めてやっと血を見ずに済んだ。もう兄弟というより敵同士と言っていいだろう。
そこまで深刻な状態なら、ルベンに残された道は2つしかない。そのまま自分の兄に追放されたり殺されたりすることを待つか……または全てを捨てて逃げ出すかだ。まあ、どっちも嫌だろう。だから……救援の手を拒むはずがない。
俺はエミルに指示して、ルベンと秘密裏に会談できるように仕向けた。そして秘密会談の日程が決まった時……俺はまずレイモンを執務室に呼び出した。
「お呼びですか、ボス」
「ああ」
俺は席から立ってレイモンに近づいた。
「レイモン、恋人とはうまく行っているのか?」
「それは……」
レイモンの顔が赤く染まる。
「その……定期的に連絡を取っています」
「そうか」
俺は頷いた。
「確か彼女は……親戚の家で暮らしているんだっけ?」
「はい、そうです」
「じゃ手紙を送って、来月中にこっちに引っ越しするように説得しろ」
「はい……?」
レイモンが目を丸くする。
「ボス、それはつまり……」
「万が一のためだ。引っ越しの費用と彼女の居所は用意してやる」
「……分かりました」
レイモンは俺の言葉の意味を理解した。彼の眼差しはもう戦士のそれに変わっていた。




