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赤き覇王 ~底辺人生の俺だけど、覇王になって女も国も手に入れてやる~  作者: 書く猫
第11章.深まる乱世に負けない力を蓄える
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第98話.これが俺の道だ

 俺は冷静を取り戻してヘレンを見つめた。


「あんた、今アイリンの声を直せると言ったのか?」

「はい」


 ヘレンが緊張した顔で頷いた。


「私はアイリンちゃんに出会った時から、ずっとあの子の状態に気をつけてきました。もしかしたら私に何かできることがあるんじゃないかなと……つまりあの子の声を直す方法があるんじゃないかなと思っていました」

「それで……見つかったのか? 方法が」


 ヘレンは少し間を置いてから口を開く。


「私に分かることは……あの子は身体的にとても健康ということです」

「それは、つまり……」

「はい、アイリンちゃんの声が出なくなったのは……精神的な問題のせいに違いありません」


 俺は目を見開いた。


「たぶん精神に大きな衝撃を受けたことがあるんでしょう。それで『失声症しっせいしょう』……つまり『言葉を失った状態』がずっと続いているんだと思います」

「……で、その失声症を治せるのか?」


 俺の質問に、ヘレンの顔が少し暗くなる。


「人間の精神はとても繊細で複雑なもの……私にはそれを治療するほどの技術がありません。ですが……私の師匠なら治療できるかもしれません」

「ヘレンさんの師匠……?」

「はい」


 ヘレンが頷いた。


「あの方は戦争の衝撃で精神に傷ついた人々を何人も助けてきました。あの方なら……アイリンちゃんの声を直せるかもしれません」


 俺は少し考えてから、鼠の爺を振り向いた。


「爺、あんたは……ヘレンさんの師匠を知っているのか?」

「ああ、もちろんだ」


 爺が無表情で答えた。


「ヘレンの師匠は、マリアという名のお婆さんでな……この王国一の医者と言っても過言ではない」

「……そうか」


 俺の胸が騒いだ。本当に……アイリンの声を取り戻せるかもしれない……!


「ヘレンさん、あんたの師匠は今どこにいる?」

「この南の都市の反対側……王国の東北の山に住んでいます。ここからだと……1ヶ月以上旅をしなければなりません」

「じゃ、その人をこっちに来させることは……」

「残念ですが、無理だと思います」


 ヘレンが首を横に振った。


「私の師匠は高齢で、1ヶ月以上の旅に耐えるのは難しいです」


 その答えを聞いて、俺は口を噤んだ。すると鼠の爺が声を上げる。


「しかもマリアは多くの患者を治療している。ここに来ることは無理だ」

「はい、だから私が……」


 ヘレンが俺を凝視する。


「私がアイリンちゃんを連れて、師匠に会いに行きたいと思います」


 ヘレンと爺の視線が俺に集まった。俺は冷静を維持しようと頑張った。


「……ヘレンさん。その治療ってのは……どれくらいかかるんだ?」

「精神の治療は、肉体の治療と同等かそれ以上の時間を必要とします」

「もう少し分かりやすく言ってくれ。どれくらいかかるんだ?」

「……少なくとも数年はかかると思います」


 しばらく沈黙が流れた。ヘレンも爺も何も言わなかった。

 重い空気の中、俺は爺を見つめた。


「爺」

「何だ」

「1つ頼みがある」


 爺は俺に冷静な視線を送ってきた。


「言ってみろ」

「アイリンが治療を受けている間……あの子を守ってくれ」


 俺は爺の冷たい顔を直視した。


「数年以内に、王国の反対側まで征服してやる。その後、爺とアイリンを迎えに行くから……それまでアイリンを守ってくれ」


 爺が席から立ち、俺に近づく。


「その頼み、聞いてやらなくもないけど……」


 爺の視線は凍りつくほど冷たかった。


「私は口先だけの覚悟なんて信じない。私に頼みたいなら……お前の覚悟を見せてみろ」

「ああ、分かった」


 俺は拳を強く握りしめた。


---


 格闘場の事務室から階段を降りると、試合場につく。

 俺は鉄網に囲まれた試合場に立ち、向こうを見つめた。俺の向こうには……小さな老人が立っていた。たぶんこの格闘場で戦った選手の中で一番小柄だろう。

 だがこの小柄な老人は……15年くらい前、30連勝してこの格闘場を制覇した。


「ここに立つのも久しぶりだな」


 鼠の爺が笑った。


「あの頃の相手たちは、全力を出す必要もなかった」


 鼠の爺は上半身を脱いだ。すると鋼のような筋肉と無数な傷跡が見えた。


「だがお前が相手なら……全力でいいだろう」

「ああ」


 俺も上半身を脱いで、試合場の真ん中で鼠の爺と対峙した。


「さあ、かかってこい……レッド」

「ああ」


 答えと同時に、俺は全身全霊の力と精神を集中した。それで周りの全てが止まったような感覚に包まれた。そして全身の筋肉と骨格を隅々まで制御し……目の前の小さい老人に一撃を放つ……!


「ぐおおおお!」


 それは『全身全霊の一撃』……武装した兵士たちすら簡単に殺せる拳だ。


「はっ!」


 短い気合と共に、鼠の爺も拳を放った。それで俺と爺の拳が激突した瞬間、まるで岩と岩がぶつかったような轟音が轟く。


「くっ……!」


 衝撃を感じながらも、俺はもう一度拳を放った。鼠の爺はとんでもない速さでそれを避ける。

 周りの全てが止まっているような感覚の中で……俺と爺だけが普通に動いて攻防を繰り広げた。目で追えない速さの攻撃が何度も外れて、空気を切る音だけが響き渡る。


「ぬおおおお!」


 爺の動きを捕捉し、もう一度『全身全霊の一撃』を放った。だが爺は一瞬だけ俺の速さを超越し、間髪の差でその一撃を回避する。その直後、俺の横腹に爺の拳が刺さる。


「うっ……!」


 雷に打たれたような衝撃を受け、俺は一歩後ずさった。そして横腹を確認すると……まるで剣に刺されたかのように、大量の血が流れてきていた。


「これが……心魂功しんこんこうの完成だ」


 爺が直立したまま言った。


「心魂功を完成させると……もう素手で人間の首を落とせるようになる。この状態で木を殴ると、木が倒れるんじゃなくて穴が空いてしまう」

「ちっ」


 俺は横腹の傷口を手で押さえた。


「若い頃の私は、お前以上に暴力が好きでな。素手で数えきれないほどの人間を殺したのさ。おかげで『赤鼠あかねずみ』と呼ばれた」

「……酷いネーミングセンスだな」

「へっ」


 爺は笑ってから俺を睨みつけた。


「レッド……お前の才能は本当に格別だ。17歳で心魂功を自力で習得した人間なんて、『夜の狩人』にも存在しない」


 爺は冷たい顔で話を続ける。


「しかしお前が強くなったのは、ただ才能のおかげではない。純粋な心で集中してきたからだ。純粋な怒りと純粋な憎悪に包まれ、全身全霊を集中して鍛錬したからこそ強くなったわけだ」


 爺が俺に一歩近づく。


「だが……アイリンに出会って、お前はその純粋さを失った。経験を積んで強くはなったものの、昔のような純粋さはもうない。それで覚悟も弱くなった」


 鼠の爺から発せられる、とんでもないほど大きい気迫に……俺は飲まれつつあった。


「お前は目的のためにアイリンを犠牲にすることができるか? できないだろう? それがお前の限界だ」


 爺の声も凍りつくほど冷たかった。


「その程度の覚悟で心魂功を完成させることは不可能……そして万人の上に立つことも不可能だ。本当の化け物になれなくては……いくら格別な才能があっても、いずれ凡人に成り下がる」

「……それはどうかな」


 俺は拳を握り直した。


「確かに俺は純粋さを失ったかもしれない。昔のように怒りや憎悪に満ちることはできない。だが……俺は新しい道を見つけた」

「新しい道?」

「覇王の道だ」


 俺は立ち直って、爺を見下ろした。


「爺、あんたは間違いなく最強だ。認める。だがあんたは……誰1人も本当の意味で背負うとしていない」


 爺の顔が強張る。


「俺は数十の仲間、数百の部下、数万の市民を背負っている。それに比べると、爺の言う純粋さは……ちっぽけだ」


 爺は無表情で俺を見上げた。


「爺が言っただろう? ちっぽけな復讐に満足するな、と。だから俺は俺だけのための復讐に満足するつもりはない。覇王となって、この王国を滅ぼし……俺が背負っている人々のための王国を作ってみせる」

「なるほど」


 爺が頷く。


「お前の言うことは分かった。だが……口先だけなら何とでも言える。お前の覇王の道とやらを……その覚悟を見せてみろ」

「もちろんだ」


 俺は深呼吸して、もう一度全身全霊を集中した。

 この一撃は……もう俺1人だけのものではない。俺を信じて命までかけてくれた人々のための……俺が彼らを率いて進むべき道そのものだ!


「来い、レッド」

「行くぞ」


 全てを極限まで集中した瞬間、俺はごく自然に一撃を放った。それは今までの拳とは違って、とても静かで平穏な感じの一撃だった。そしてそれが爺の純粋な一撃と激突する。


「うっ……!?」


 轟音が響き、爺が一歩後ずさった。爺は目を見開いて俺を見つめた。


「レッド、お前……」

「へっ……どうだ、爺? 少しは驚いたか?」


 俺は笑った。そしてその直後、気を失って倒れた。

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