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赤き覇王 ~底辺人生の俺だけど、覇王になって女も国も手に入れてやる~  作者: 書く猫
第11章.深まる乱世に負けない力を蓄える
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第96話.予言など信じないさ

 『ダレルの村』から『南の都市』に帰還した俺は、まず都市の状況から確認した。俺のいない間、都市の経営がどうなっていたのか知っておかなければならない。

 それでトムに確認を取った結果、都市の経営は順調そのものだった。ロベルトやオリンもいるし、大きな異変さえなければ彼らに任せても問題ないわけだ。

 その後、俺は格闘場の事務室でエミルと話し合った。今後の方針についていくつか提案があるらしい。


「まず『情報部』の設置を提案します」

「情報部?」

「はい」


 エミルが無表情で頷いた。


「今の体制では、情報の入手が遅すぎるし……やっと手に入れた情報にも不明確な点が多すぎます」

「なるほど……だから情報を専門的に扱う部署が必要だということか」

「はい」


 確かに今までは、情報の入手を『行商人の噂』や『裏社会のコネ』に頼ってきた。今は勢力が大きくないから、それでもどうにかやってきたけど……これからは情報がもっと大事になってくるだろう。


「もちろん情報部を設置しても、すぐ結果を出したりはしないでしょう。でもこれは未来のために必要な投資です」

「分かった。情報部の取り仕切る役目は……お前に任せる」

「分かりました」


 エミルは無表情でまた頷いた。


「王都と周辺の情報がある程度集まったら、その次は外交を行うべきです」

「そうだな」

「戦争って、結局外交の1つに過ぎません。しかも戦争はお金と人的資源の消耗が激しすぎる。避けられるのなら避けるべきです」

「同意する」


 まあ、俺は強敵と戦うこと自体が好きだが……それはあくまでも俺個人の感想だ。兵士たちを無駄死にさせるわけにはいかない。長期的に見ても、戦力の損失は最小限に抑えるべきだ。

 それからしばらく、エミルと情報部の規模や編成について話した。エミルは口先だけではなく、ちゃんと現実的な構想ができる人間だ。


「……よし、今日はここまでにしよう」

「分かりました。じゃ、私はこれで」


 エミルは無表情で事務室を出ようとした。俺は彼を呼び止めた。


「ちょっと待て、エミル」

「はい、何でしょうか」

「お前の望み通り、大きい家を用意した。大通りから少し離れているけど、不便はないはずだ。トムに案内してもらえ」

「分かりました」


 エミルの顔が少しだけ明るくなった。

 エミルは決して『欲のない人間』ではない。だがやつの欲は一般的な欲とは少しかけ離れている。『好きな本』と、『本を保管できる家』……そして『自分の理論が正しいと証明されること』だけがエミルの欲だ。俺に忠誠を誓ったわけではないが、別の意味で信頼できる人間だ。


---


 俺は事務室を出て、馴染みのパン屋に向かった。そしていつも通りクリームパンを買ってロベルトの屋敷に向かった。

 寒波が去ったおかげで、大通りには大勢の人々が行き来していた。王国の混乱にも笑顔を忘れない彼らの姿を見ていると、俺も気持ちが軽くなる。

 ロベルトの屋敷についた正門を入ると、まだ雪が積もっている庭園が見えた。そこには2人の少女が皮の手袋をつけて雪だるまを作っていた。


「レッド!」


 シェラが俺を見つけて笑顔を見せた。すると隣のアイリンも「あうあう!」と声を上げた。


「寒くないのか?」


 俺は少女たちにパンを渡して、しばらく雪だるま作りを手伝った。10分くらい後、大きな雪だるまが完成され……俺たちは屋敷に入って暖炉の前に座った。


「レッドって本当にクリームパン好きなんだね」


 シェラがパンを食べながらそう言った。まあ、そうかもしれない。

 俺は手を伸ばしてパンを食べているアイリンの頭を撫でた。数日前まで、一生懸命に患者たちの治療を手伝っていたアイリンだったけど……今は無垢な少女になっている。


「私もダレルの村に行きたかったな……」


 シェラが少し残念そうな顔でそう言った。


「まだ体調が治っていないから駄目だって、ヘレン先生に言われたんだよね」

「当たり前だ。お前は少し大人しくなった方がいい」

「所詮私はじゃじゃ馬ですよーだ!」


 シェラとアイリンと一緒に他愛のない話をしていると、いつの間にか深夜になっていた。この2人といると本当に時間が経つのが早い。

 アイリンがうとうとし始めたので、シェラがアイリンを連れて浴室に向かった。俺は少女たちと別れて屋敷を出ようとした。


「あの、レッドさん」


 ふと後ろから俺を呼ぶ声がした。振り向いたらヘレンが俺を見つめていた。


「あの……少しお話しできるでしょうか」


 ヘレンは意味ありげな表情だった。俺は「ああ」と答えて、彼女と一緒に応接間のテーブルに座った。するとメイドたちが暖かいコーヒーを持ってきてくれた。

 コーヒーを一口飲んでから、俺はヘレンを見つめた。だが彼女は口を開かなかった。何か戸惑っている様子だ。結局俺の方から話を始めることにした。


「……ダレルの村では、いろいろ助かったよ」

「それは……」

「あんたのおかげで多くの負傷者たちが重体から生還した。やっぱり有能な医者って大事だな」

「私は自分にできることを行っただけです」


 ヘレンの頬が少し赤くなる。


「それに、私1人の手柄というわけでもありません。他の医者たちや、アイリンちゃんの手柄です」

「まあ……医者たちもそうだけど、アイリンも本当に一生懸命だったな」

「はい」


 ヘレンが頷いた。


「アイリンちゃんにはいろいろ助けてもらいました。このまま勉強を続ければ、あの子はきっと素晴らしい医者になれるでしょう」

「やっぱりアイリンは薬学だけではなく、医学にも関心があるのか?」

「はい」


 鼠の爺は、アイリンに薬学の知識を勉強させるつもりだった。それなのにアイリンは自ら自分の道を選び、薬学はもちろん医学も勉強しようとしている。まるで……俺が鼠の爺の教えから少し離れたように。


「アイリンが自分の道を選んだのなら、俺としてはあの子を応援するだけだ。アイリンにとっていい先生になってくれたこと、感謝する」

「どういたしまして」


 ヘレンが暖かい笑顔を見せる。


「……で、結局俺に話したいことは何だ?」


 俺が話題を変えると、ヘレンは少し迷ってから……口を開く。


「あの……先日話したことなんですが」

「先日話したこと?」

「はい、私が……レッドさんに恐怖を感じている理由です」

「ああ、それか」


 俺は頷いた。


「話したくなければ話さなくていいさ」

「正直に言えば……その理由は、レッドさんにとっては大したことではありません。ただ……」


 ヘレンは小さい声で話を続ける。


「ただ……私の信仰に関わることですので……」

「あんたの信仰って……」


 俺は眉をひそめた。

 ヘレンは女神教の『異端』だ。そんな彼女の信仰と、俺に対する恐怖が一体何の関係があるんだろう。


「レッドさんは、『赤竜レッドドラゴン』の伝承についてご存知でしょうか」

「レッドドラゴン?」


 まさか俺の武器を意味するわけではないだろうな。


「女神教では……レッドドラゴンを悪魔の化身、または悪魔そのものだと見なしています」

「そうなのか」

「はい、憎悪の炎で全てを破壊し尽くしていた赤い悪魔を……慈悲の女神様が倒したという伝承が古くから伝わっています」

「ふむ」


 『赤い化け物』と呼ばれている俺としては、結構面白い伝承だ。


「そう言えば、レッドドラゴンって童話や小説の中でもいつも悪役だったな」

「童話や小説などは、女神教の伝承に影響されたものが多いですから」

「なるほどね」


 俺はコーヒーを一口飲んで頷いた。


「つまりあんたら『異端』は、俺のことを悪魔の化身だと見なしているんだな?」


 俺の質問にヘレンの表情が強張る。


「……全ては100年以上昔、『異端戦争』の時から始まりました」


 ヘレンが視線を落とす。


「あの時、国王によって抹殺されていった『異端』たちは……1人の予言者によって救われました」

「予言者か……」

「彼は『異端戦争』が勃発する前からその結末を予言し、異端たちに生き残る道を示してくれたんです」


 俺はヘレンの顔を凝視した。彼女はとても真面目な態度だった。


「何年も渡って各都市に隠し通路を作ったのも、薬学や医学の知識を大事にしてきたのも……全部その予言者のおかげです」


 それが本当に予言の力だったのか、それとも洞察力による行動だったのかは……もう誰にも分からないだろう。


「そしてその予言者が最後に残した予言は……この王国の滅亡に関するものです」


 ヘレンが顔を上げて、俺を見つめる。


「100年後、この王国が終焉を迎える時……全てを破壊し尽くす赤い悪魔が舞い降りて、無数の人々の命を奪い……血と涙だけが流れる時代が来る……という内容の予言です」


 ヘレンの声が少し震えていた。彼女は……目の前の赤い巨漢に怯えている。


「で、あんたらは俺をどうするつもりだ?」


 俺は微かに笑いながら聞いた。


「俺を暗殺でもする気か?」

「いいえ」


 ヘレンが首を横に振った。


「そういう行動は私たちの教理に反します」

「どうしてだ?」

「私たちはレッドドラゴンを悪魔の化身として見なしていますが……彼の手による破壊は、言わば天罰のようなものであり……女神の下僕に過ぎない私たちが手を出していいことではありません」

「そうか」


 俺はコーヒーを飲み干した。


「あんたがこの都市に来た理由は、アイリンに知識を教えるためだけではなく……俺が本当に悪魔かどうか確認するためでもあったんだな?」

「……はい」


 ヘレンが頷いた。彼女のコーヒーはもう冷たくなっていた。


「ですが……レッドさんがどういう人物なのか、私には未だに分かりません」

「まあ、ゆっくり考えてくれ」


 俺は苦笑した。


「先日も言ったが、あんたが何を信じようが俺には関係ない。アイリンにとっていい先生になってくれればそれでいい」

「……分かりました」


 ヘレンの顔から恐怖が少し薄れる。


「アイリンちゃんは……もう私にとっても大事な存在です。あの子を見ていると、いつも暖かい気持ちになります」

「同感だ」


 俺が頷くと、ヘレンは暖かい笑顔を見せた。

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