第90話.この人は……?
俺と爺は一緒に南の都市の大通りを歩いた。
結構寒いのに大勢の人々が行き来していた。俺が通ると、何人かが挨拶してきた。
「へっ」
爺が笑い出す。
「お前……本当に英雄になったようだな」
「まあな」
俺も苦笑した。
「で、どうだ? 英雄になった感想は?」
「別にどうでもないさ」
俺は肩をすくめた。
「そもそもこの都市を守りたかったわけでもないさ。他に人がいなかったから守っただけだ」
「そうかい」
爺の目が一瞬鋭くなったが、それ以上は何も言わなかった。
やがて俺たちは小さな宿の前で足を止めた。
「レッド、ここで待っていろ」
「ああ」
しばらく宿の外で待っていると、爺が1人の女性と一緒に出てきた。
「こちらはヘレンだ」
爺は俺に女性を紹介した。
「初めまして、ヘレンと申します」
「俺はレッドだ」
挨拶を交わしてから、俺はヘレンという名の女性を注意深く見つめた。
ヘレンは薄い金髪が特徴的な長身の女性だ。とても優しい笑顔をしていて、寒い冬にも負けない暖かい雰囲気が漂う。歳は20代半ばかな?
しかし1つだけ気になる点がある。それはヘレンの眼差しだ。彼女は……何かいろんな感情が混ざった複雑な眼差しで俺を見つめている。一体何なんだ?
「ヘレンは優秀な医者だ」
爺が口を開いた。
「そして薬学や化学に関しては王国一の専門家でもある」
「過分なお言葉です」
ヘレンが笑った。俺はやっと爺の意図を読み取った。
「なるほど……つまり今日からヘレンさんがアイリンの師匠になるわけか」
「その通り」
爺が頷いた。
アイリンは薬学を勉強している。もともと聡明な子だし、頑張っているからもう簡単な薬は作れるようになった。でも流石に独学では限界があって……爺が優秀な薬学の専門家を連れてきたわけだ。
「じゃ、早速アイリンに会いに行こう」
俺がそう言うと、爺とヘレンが頷いた。
一緒に歩きながら……俺はヘレンを観察した。優しい雰囲気の美人ではあるが……やっぱりちょっと違和感がある。まるでずっと以前から俺のことを知っていたような感じだ。
3人でロベルトの屋敷に入り、応接間に行ってアイリンとシェラに会った。
「あうあう!」
アイリンが明るい笑顔を見せた。爺が戻ってきて嬉しいようだ。
爺がヘレンのことをアイリンに紹介し、ヘレンは早速アイリンと話し始めた。俺はシェラと一緒に少し離れたところでヘレンを見つめた。
「レッド、あの人は……?」
「今日からアイリンの薬学の先生だ」
「あ……なるほどね」
シェラが頷く。
「何か女性的な雰囲気の美人さんだね」
「ああ、お前とは真逆だな」
「何ですって!?」
シェラの顔が俺並に真っ赤になった。危機を感じた俺は素直に謝ったが、5分くらい責められた。
「……本当にすまない」
「いいよ、もう」
やっとシェラが落ち着いた頃、ヘレンとアイリンはもう親しくなって薬学の授業をしていた。
「……レッド」
「ん?」
「私も負けられない! 格闘の授業しよう!」
「いやいや……」
俺は苦笑した。
「外はかなり寒いし、もう時間も遅い。あんまり無理するな」
「ちっ」
悔しがるシェラを放っておいて、俺はヘレンを見つめた。彼女は普通にいい先生に見えた。アイリンも楽しい笑顔で勉強をしていた。
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その日以来……ヘレンはロベルトの屋敷に住みながら、アイリンを教えることになった。鼠の爺はヘレンを残してまたどこかに旅立ってしまった。
そして数日後、シェラが風邪を引いて倒れたという話が俺の耳に届いた。たぶん格闘の鍛錬で無理したんだろう。俺は頃合いを見てロベルトの屋敷に訪ねた。
シェラの部屋まで行き、扉をノックすると「入ってください」という声が聞こえてきた。俺は扉を開いてシェラの部屋に入った。
「レッド!?」
ベッドに寝ていたシェラが上半身を起こす。俺の訪問に驚いたようだ。
「で、これがお前の部屋か」
俺は部屋の内部を見回した。流石お金持ちの娘の部屋らしく、上品で綺麗な部屋だった。しかも所々に可愛い人形などが置かれている。
「勝手に見ないでよ!」
シェラが慌てて声を上げたが、俺を止めることはできない。俺はシェラの部屋を隅々まで観察した。
「意外と可愛い部屋じゃないか」
「うっ……」
シェラは布団で自分の顔を隠す。俺は苦笑してから彼女の傍に座り、手に持っていた紙箱を渡した。
「ほら」
「何よ、それ」
布団から目だけ出して、シェラは紙箱を受け取る。
「チョコレートだ。好きだろう?」
「あ、ありがとう」
それからしばらくシェラと話し合った。案の定、シェラは無理な鍛錬で倒れたが……ヘレンが作ってくれた薬のおかげですぐ回復したらしい。
「家に有能な医者がいてくれて幸いだと、父さんも喜んでた」
「なるほど」
まあ、爺が『薬学と化学に関しては王国一の専門家』だと断言したくらいだから……有能なのは間違いないだろう。
「お前から見て、ヘレンさんはどういう人だ?」
俺の質問にシェラは顎に手を当てる。
「そうね……優しいお姉さんみたいな人だよ。医学以外にもいろんなことを知っているし、話していると楽しい」
「ふむ」
まだ若いのにかなりの知識を持っているのか。どこで学んだんだろう?
「ね、レッド」
「ん?」
「もしかして……ヘレンさんみたいな人が好みなの?」
予想外の質問を聞いて、俺は声を上げて笑った。
「笑ってないでちゃんと答えて!」
「いやいやいや……」
俺は笑いながら首を横に振った。
「そんなんじゃない。俺はただ彼女の素性が知りたいだけだ」
「ヘレンさんの素性?」
シェラが目を丸くする。
「ヘレンさんはレッドの師匠が連れてきた人なんでしょう?」
「ああ」
俺は頷いた。
「信頼できる人ってのは確かだ。ただ、彼女がどこからそういう知識を手に入れたのか知りたくてな」
「なるほどね」
シェラは安心した顔になる。
「本人に直接聞いてみたら?」
「確かにそれが一番早いだろうな」
まあ……隙を見て本人に聞いてみるか。
10分くらい後、俺はお見舞いを終えてシェラの部屋を出た。廊下にはメイドたちが掃除をしていた。彼女たちの横を通って出口に進んでいる途中、俺は応接間に向かっているヘレンの姿を見つけた。
「ヘレンさん」
俺が呼び止めると、ヘレンがこっちを振り向く。
「レッドさん、お久しぶりです」
彼女は優しい笑顔を見せた。俺はちょうどいい機会だと思った。




