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続々 名探偵シャルロット=フォームスン物語  作者: 光太朗
story2 名探偵記憶喪失
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story2 名探偵記憶喪失 3


   **



「シャルロット?」

 その名を初めて聞いたときには、胸がはずんだものだった。エリスン=ジョッシュ、まだまだあどけない、しかし歳の離れた姉たちに囲まれて育ったせいか、同年代の少女よりは多少大人びた、六歳のころ。

 その日、エリスンは真っ赤なドレスを着せられ、大人たちの社交の場へとかり出されていた。ホールには演奏隊の音楽が流れ、あちらこちらで料理や菓子が追加され、給仕が果実酒を配って歩く。子女なら一度は出席を願う、上流階級にしか許されない贅の極みだ。

 エリスンも、ジョッシュ家の一員として、パーティへ出席するのは初めてのことではない。パーティというものに夢を見ていたころもあったが、華やかさに心を奪われたのは最初の一回だけだった。呪文のような大人たちの長い長いやりとりは彼女にはまだ理解できなかったし、わけもわからず笑顔で挨拶を続けるのは苦痛で、なにより退屈だった。その日も、パーティ開始から三十分もすれば、唇をとがらせ、すっかり壁の花となっていた。

「そうよ、エリスン。シャルロット、シャルロット=フォームスン」

 瞳を輝かせる娘に、宝石だらけのドレスに身を包んだ母はにこやかに続けた。

「ちょうど、あなたと同じぐらいだったと思うわ。今日はここに来ているらしいから、挨拶してらっしゃいな」

 その提案は、幼いエリスンの胸を高揚させた。この、広大な大人の世界に、自分と同じぐらいのこどもがいる──それはぜひとも探し出して、挨拶をしなくては、と思った。気が合うようなら、そのままパーティを抜け出してもいい。ドレス姿でパーティ会場を抜け出すなんて、それこそ物語のヒロインのようではないか。

「その子、どこにいるかしら。見えるところにはいないわ。二階? 料理を食べているのかも……あ、そうだわ、庭園じゃないかしら」

「まだ夕方よ。日が暮れてその先まで、パーティは続くわ。時間はたっぷりあるんだから、探検してらっしゃいな。会場から出てはだめよ。終わるころには、ちゃんとメインホールに戻ってらっしゃいね」

 生活能力は皆無ながら、とにかく美人で優しい母親は、そういってエリスンの頭を撫でた。任せておいて、と返事をして、エリスンは探検に出発する。めざすは庭園。ホールの空気に飽きて、まず行くのは庭園だ、そうに決まっている──エリスンは足早に、ホールの壁を伝うようにして、庭園に向かった。


 あちらこちらに装飾が施された、豪勢なガラス戸を開けると、冷たい空気がエリスンの髪を撫でた。花々が咲き始める季節ではあったが、日が落ちようという時間にはさすがに冷える。エリスンは小さなショールをきゅっと首もとでつかんだ。

 庭園へと踏み出す。遠くには、手入れの行き届いた、同じ形の木々。その手前に噴水、外の空気に触れているらしい数人の大人たち。そのもっと前には、木製のベンチが並び、そのうちの一つに、小さな人影。

 少しの期待の後、エリスンは眉をひそめた。

 それは、彼女の思い描いていた姿ではなかった。

「シャル、ロット?」

 思わず、声に出していた。自分と同じぐらいの大きさの後ろ姿が、振り返る。

「なにかな?」

 こともなげに返事をされ、エリスンは言葉を失った。聞こえてしまった。いや、それよりも呼びかけてしまった。大人たちのなかで育ったエリスンは、同年代の相手にどう接していいのかよくわかっていなかった。相手が異性となると、なおさらだ。

 異性。つまり、オトコノコ。

 エリスンを驚愕させているのは、まさにその点だった。シャルロットといえば、女性の名ではなかったか。

「おや、これは美しいお嬢さんだ。パーティの絢爛な空気から逃れてきたのかな。私はシャルロット=フォームスン。将来、名探偵になる予定だ。どうぞよろしく」

 少年は立ち上がると、小難しい言葉を並び立ててエリスンに右手を差し出した。どう見ても自分と同じぐらいだが、とてもそうとは思えない空気をまとっていて、エリスンは口を開けたまま、その手を握ることができない。疑問点が多すぎて、どこからどうつっこむべきか。

「どうしたんだね。なに、怪しいものではない。君は……なるほど、エリスン=ジョッシュ嬢かな? なあに、簡単な推理さ! 父上から、今日は私と同年代の少女が深紅のドレス姿で出席していると聞いていたのでね! はっはっは!」

 いやそこまで聞いてたならわかるだろ、と思ったものの、やはりツッコミは声にならなかった。少年は、シャルロットという女名に恥じないほど、少女のように華奢で、本人に告げたら心外だといわれるかもしれないが、実際のところ非常にかわいらしかった。金色の猫っ毛に、透き通るような緑の瞳。エリスンは、思わず自分の姿を顧みる。美少女という自覚があるが、もしかしたら負けるかもしれない。

 それにしても、口を開いたとたんにだだもれる、この残念な感じはどうしたことだろう──そういった人種にいままで出会ったことのなかったエリスンは、やや困惑しながらも、声をかけてしまった手前、差し出された手を握り返すと、ドレスの裾をつまんで淑女らしく一礼してみせた。

「始めまして、シャルロット。あたしはエリスン=ジョッシュ、ジョッシュ家の四女です。あなたも、パーティに飽きてしまったの?」

 笑顔をはりつけて話しかける。

 シャルロットは、ふむ、と少年らしからぬしぐさで鼻を鳴らした。

「私は最初から、パーティを楽しもうと思って来てはいないのでね。飽きるというのとは違うな。父上や兄上たちとともにこの場を訪れ、皆に礼儀正しく挨拶をするのが私の役目だ。つまり、私の役目はもう終わったということになる。いまは、自分の時間を満喫中だ」

「あら、それならあたしも、自分の役割は終えたわ」

 エリスンは、今度は作り物ではない笑顔を浮かべた。おかしなやつだが、少なくとも退屈はしなさそうだ──そう判断すると、失礼、と一言添えて、シャルロットの隣に腰かける。それを見て、シャルロットも再び腰を下ろした。

「ねえ、聞いてもいいかしら。どうして、男の子なのに、シャルロットなの?」

 聞いてもいいかしら、と前置きをしたわりには、一気に質問を投げかける。幼いといえど、エリスンにもその問いが失礼なものだという自覚はあったが、それでも好奇心の方が勝った。

 しかし、当のシャルロットは、まったく気分を害した様子はなかった。よく聞かれるのか、むしろ慣れた様子で肩をすくめる。

「簡単なことさ。私には兄が三人いるのだがね。両親ともに、次はどうしても女児が欲しいという願いがあったらしい。上三人が生まれた段階で、次は『シャルロット』だと決めていたのだそうだ。生まれた子は、私──つまり男児であったわけが、兄上たちは、母上の腹が大きなころから、腹に向かって『シャルロット』と呼びかけていたし、実際に赤子は女児のようにかわいらしかった。それで、そのままシャルロットと名づけられたのだよ」

 それは果たして、簡単なことだろうか──ある意味簡単すぎるほど簡単な理由だが、本当にそんなことで男に女の名をつける親がいるのか。エリスンは困惑した。しかし、目の前の少年がどこかずれているように、その家族もちょっと普通ではないのかもしれない。そういうことなら、わからなくもない。

「大変ね、ご両親の都合で、女の子の名前なんて」

 たとえば自分が、男の子の名前だったらどうだろう──それは決して、いい気分ではない。こどもたちに笑われたり、大人たちに哀れまれたりするかもしれない。

「なぜだね?」

 エリスンの思いをよそに、シャルロットは、心底わからないというように、質問を返してきた。

「なぜって。ひどいと思うわ、男の子に女の子の名をつけるなんて」

 憤然として、エリスンが唇をとがらす。怒りはもちろん、シャルロットへではなく、その両親へ向けられたものだ。

 しかし、シャルロットは笑った。自信に満ちあふれた笑みだった。

「『名は体を表す』、ということかな。実にくだらない。どんな名がつこうとも、私は私だ。私はこうして、ここに存在している。それ以上でも以下でもない。シャルロットというこの名は、たくさんの人間が、まだ生まれてもいない私を愛してくれた証でもある。疎ましく思う理由などない」

 エリスンにとって、それは衝撃だった。

 女の子のようにかわいらしい造形なのに、シャルロットは男らしく、微塵の隙もない笑みを見せていた。赤く染まった空が、その顔を照らす。まるで、いまこの瞬間の主役が彼であるのだと、証言するかのように。ひどく煌々と。

「あなたって……」

 言葉が続かない。すごい、といいたいのかもしれなかったが、そんな単純な単語では表せないような気がした。言葉に詰まったまま、シャルロットを見つめる。

 その時だった。

 不意に、ホール内に響いていた音楽が途切れた。内容までは聞こえないが、金切り声が響く。女性の、甲高い声だ。悲鳴のようにも、怒鳴り声のようにも聞こえる。

「……なにかしら」

 エリスンは、隠れるようにして身を縮こまらせた。ホールの入り口に一番近いのは、ベンチに座っている自分たちだったが、率先してガラス戸を開けようなどと思いつきもしない。

 噴水付近にいた大人たちが、足早にやってきて、戸を開けた。その瞬間、ホール内に充満していたであろう騒然とした空気が、一気に外に流れてきたかのようだった。

「早く犯人を捜しなさい! わたくしの首飾りを、早く!」

 女性の声が飛び出してくる。続いて、それをなだめるような複数の声。

「エリスン君、どうやら、事件のようだ」

 会場全体を包む空気とは一人無関係のような顔をして、シャルロットは小さく笑った。 


 



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