story1 目指せ! ハッピーウェディング 6
「……実は、ジョニーと、ケンカをしたのです」
椅子に座り、キャサリンはポツポツと話し始めた。シャルロットとエリスン、ミランダも一緒になってテーブルを囲み、神妙な顔でキャサリンの言葉を待つ。他のメンバーも、わらわらと集まってキャサリンを見守っていた。
「もう何年も付き合っているのに、ジョニーったら、わたしと、結婚しないなんていうんです」
シャルロットとエリスンは、言葉に詰まった。
恐らく、ジョニーがどういう存在なのか知らないであろう面々は、そりゃヒドイなどと唸っている。二人はどうにかフォローを口にしようとしたが、言葉にならない。
二人の頭の中を宇宙が支配した。
結婚。
マリッジ。
あの、生物と。
「で、でもキャサリンさん、ジョニーさん、本当に心配していましたよ。それはもう血相を変えて。あなたが、急に姿を消したって……──いやあの言葉はわからないんですが、そんなような感じで」
エリスンがどうにかこうにかフォローする。キャサリンは少しつらそうな顔をして、唇を噛んだ。
「本当は、結婚しようって話していたんです。それで、両親に紹介しようと、先日、わたしの実家に……。お母様は賛成してくれたのですが、お父様はひどく厳格な人で。恐ろしいほどの剣幕で反対されました。『もっと話のわかるやつを連れてこい!』なんて、怒鳴って」
え、それ笑うとこ?
つっこもうとして、エリスンは黙った。
話のわかるやつ、もなにも。いやそもそも、賛成したという母親の存在の方が気になった。
「そうしたら、ジョニーったら、結婚はやめにしようって。ちゃんと両親から祝福されて結婚すべきだって……。彼のいっていることはわかります、わかりますけど……でもそれじゃあ、わたしの気持ちはどうなるんです? いくら反対されても、わたしを攫ってでも、結婚したいっていって欲しかった……!」
はらはらとキャサリンの瞳から涙が流れた。ミランダを始め、ギャラリーももらい泣きし始める。
コホン、とシャルロットが咳払いをした。
「ええと、それは笑い話かな?」
エリスンが上司の足をぐりぐりと踏みつけた。思ってもいうな、と目で告げる。
「ねえ、キャサリンさん。気持ちはわかりますが……でも、それがジョニーさんの優しさだって、わかっているんでしょう? 姿を消してしまうなんて、あんまりです。ジョニーさん、ひどくげっそりしてしまって、見ていて気の毒なほどでした」
それはなんとかフォローしようという言葉だったが、もちろん本心でもあった。もし自分が、心から好いた相手と結婚したいと思い、キャサリンと同じ状況になったとしたら──想像でしかなかったが、エリスンにも、その辛さはわかるつもりだった。自分のためとはいえ、諦めることができるといわれてしまったのだ。わかっていても、それは悲しいだろう。
「でも、わたし、今更──」
「今更、帰れないかな? だいじょうぶ、最愛の人がやがて、迎えに来る」
「え?」
シャルロットの言葉に、キャサリンが顔を上げる。ほとんど同時に、けたたましい音が鳴り響いた。
部屋が揺れる。なにごとかと、シャルロット以外の全員が音の方を見る。
それは、扉がむりやり開けられた音だった。構造上、外にしか開かないはずの玄関戸が、力ずくで押し開けられていた。あまりにも大きな力で押されたため、枠が破壊されたのだ。
部屋から見える廊下の向こう、半壊の扉の前には、白い生物が浮いていた。
強い意志を秘めた、大きな瞳。傷だらけの肢体。
エリスンは、目を見はった。
「ジ、ジョニーさん……? なんだか……」
続きが言葉にならない。
なんだか、ムッキムキだった。
可愛らしいはずの小さな手足は、二倍三倍に膨れあがり、ムッキムキになっていた。
「ヒュイ!」
心なしか、いつもよりも男らしい声で、ジョニーがジョニー語を操る。キャサリンに向かって、ゆっくりと飛ぶと、威厳溢れる姿で、手にした白い紙を差し出した。
感動と困惑と、罪悪感との入り乱れた複雑な表情で、キャサリンがそれを受け取る。封筒を開け、息を飲んだ。
「これは……お父様の字だわ!」
達筆で書かれたそれは、キャサリンへのメッセージだった。
『拳でワシに勝った男は初めてだ。
結婚を、認めよう。 ──愛する娘へ。パパリンより』
「ジョニー……!」
キャサリンの瞳に、再び涙が溢れる。しかし今度は、歓喜の涙だ。
「ヒュイ、ヒュヒュゥ」
ジョニーはそっと微笑んで、羽根のつけねを探った。小さな箱を取り出す。
そっと開けて、キャサリンに差し出した。
そこには、ピンクゴールドのリングが輝いていた。
「ヒュイ、ヒュイヒュイ、ヒュヒュイ」
キャサリンの頬が、喜びに赤く染まる。
「嬉しい……! ありがとう! 結婚しましょう、ジョニー!」
二人は熱く抱き合った。
はっはっはっ、めでたいなあ、などと、名探偵は本気で祝福しているようだった。その隣で、エリスンが一応拍手する。なにはともあれ、めでたいのは間違いない。
極限まで盛り上がる二人のまわりで、グレます隊の面々はどこまでも微妙な顔をしていた。
***
舞台はフォームスン探偵社──
今回、自らの名推理を存分に発揮した我らが名探偵は、満足げにフォークを置く。皿にはクリームの残骸。どうやらフォンダンケーキを賞味した後のようだ。
コーヒーカップを口に運び、それからこちらを見て静かに笑う。パイプに火を灯すと、椅子を回して向き直る。
「こんにちは、皆さん──実に久しぶりだ。また出会えたことを心から嬉しく思う。グレます隊は、あれからすぐに解散を決めたようだ。世の中、些細なことにこだわっていても仕方がないと、キャサリンさんとジョニーさんを見て学んだようだね。サイポー君は、時々ここに遊びに来るようになったよ。新しい恋に生きるといって目を輝かせていた。若いというのは良いことだね。──む? ああ、ジョニーさんかね。心配ない、彼のフォルムは三日ほどで元に戻ったよ。筋肉はどうやら体内に吸収されたらしい。全国のジョニーさんファンが泣くのは免れたようだ。やはり、あのかわいらしさが失われるのは残念だからね。彼らの結婚は決まったものの、式はまだずいぶん先になるということだ。その様子をお伝えできれば良いのだが、その機会に恵まれるかどうかはわからない。──おや? エリスン君が呼んでいるな。どうやら、フォンダンではないケーキが焼けたようだ。まったく、あれから連日ケーキを焼くので困っているよ。あの刺激的な味はクセになるのだが……さすがに毎日というのはね。──それでは、私はこれで。また近いうちにお会いしよう──」
笑いながら姿を消すシャルロット。
キッチンからエリスンの歓喜の声が聞こえてきて──
──暗転。