story1 目指せ! ハッピーウェディング 3
ブームなんです、の一言で片づけられ、それ以上つっこめなかったが、エリスンにはどうしてもそれが気になった。
白くて丸くて浮いている生物を模しているとしか思えない──もっといえば、自称名探偵がどこからか調達してきた着ぐるみを模しているとしか思えない、そのフォルム。聞けば、衝撃を吸収する素材でできており、銃弾だって跳ね返すのだという。なんという技術の無駄。
「実は、いま問題になってるんですわ。育ちの良い、まあ比較的おとなしい妙齢の女性が突然姿を消すというケースが続発しておりまして。皆一様に、グレます、と書き置きを残してましてね」
着ぐるみから顔を出し、重々しく口を開いたのはウノム刑事だ。シャルロットたちとは何度か顔を合わせている。隣に控えているのは、通称下っぱ。二人はコンビを組んで動いているらしい。
「ほほう、それは興味深いな」
そのままカフェのテーブルを陣取って、刑事二人と探偵ズはティータイムを満喫していた。騒ぎの中心にいた女性には、現在調査中である旨をウノムが告げ、青年も解放。そんなにあっさり帰して良いのかとエリスンは思ったが、一般市民が口出しをすることではない。
「今回の女性……えーと、ミスミランダで十三人目ですね。確認とれているだけでこの数、実際はもっといると思われます!」
メモを見ながら、下っぱが律儀に報告する。そんな情報を流しても良いのかとエリスンは思ったが以下略。
「ということは、キャサリンさんで十四人か」
名探偵の脳内で、キャサリンのケースとめでたく合致したようだ。エリスンは思わず拍手した。
「それで、そんなにたくさんの女性がどこに行ってしまったんです? グレるって、どういうことでしょう。ブーム?」
「そこなんですわ。まったくもって事件は迷宮入り。どうすればいいのか途方に暮れているところです。なんといっても、動きづらくて」
「そうなんです、あったかいんですけど、動きづらくて」
ウノム刑事と下っぱが汗を拭う。エリスンは鼻を鳴らした。じゃあ脱げ。
「しかし、妙な話だな。一人や二人ならともかく、それだけの人数が姿を消せば、目撃情報もあるだろう。完全に身を隠すことなど、できるものかな」
やっと血が止まったらしいシャルロットが、もっともなことを口にした。ああ、きっと打ち所が悪かったんだわ、と思いつつ、結果オーライということでエリスンもそこにのっかる。
「そうよね、お買い物でもしたら目に止まるし。もしかして、遠くに行ってるとか。旅行?」
「なるほど、皆で仲良く旅行か。はっはっは、平和だなあ」
「平和よね。放っておいてもそのうち帰ってくるかもしれないわね」
エリスンとシャルロットが結論を出しかける。刑事二人は目を見開いた。
「なるほど! それは考えなかった。ううむ、さすが名探偵殿」
「事件は解決でございますね!」
ということで、一件落着。
ちゃんちゃん。
──ということにはもちろんならなかった。エリスンは見てしまった。
カフェの向こう、通りを越えた花屋の脇、ちょうど日が陰っているところに、見慣れた女性の姿を。
ピンク色のワンピースを着ていない。メイクもなんだか濃いが、それなりに長い付き合いだ、見まちがえるはずがなかった。
「……キャサリンさん……? ねえ、あれ、キャサリンさんだわ」
「む?」
「え?」
「どれどれ?」
男性三人が揃って身を乗り出す。
大通りから脇道に入る、それほど広くはない通りの一角に、十数人の女性が集まっていた。全員が濃いメイク、紺色の長すぎるスカート、胸元には赤いスカーフを巻いている。くちゃくちゃと口を動かしているものもいれば、煙草らしきものを吹かしているものもいた。
ひとことでいえば、ガラが悪い。どう見ても近寄りがたい集団だ。
「ね、キャサリンさんよね?」
「ううむ、ずいぶん印象が違うが、どうやらそのようだ」
「え、どれどれ」
「だれですか? 右から三人目? あ、その横?」
着ぐるみ二人は完全に野次馬化している。カフェの他の客も、なんだなんだと集まってきて、女性団体に視線が集中した。
集団のうち一人が、こちらに気づいた。サイドポニーテールの、リーダー格らしい女性になにごとかを耳打ちする。サイドポニーテールの彼女はこちらを睨みつけた。両手をポケットに突っ込んだ状態で、ずかずかと近づいてくる。大股で花壇を乗り越えると、オープンカフェに堂々と入ってきた。
「なにガンたれてやがんだよ、ああん?」
シャルロットたちのテーブルまできて、低い声を出す。ウノムと下っ端は頭を垂れた。小さな声でゴメンナサイ。実に早い対応だ。
エリスンも謝ってしまおうかと思ったが、彼女とてなんだかんだで裕福な家の箱入り娘。こんな状況には耐性がなく、不本意にも動けなくなってしまった。
「こんにちは、お嬢さん」
ところが、我らが名探偵は微塵も動じなかった。空気を読めないスキル、発動。
サイドポニーテールは、不快げに眉をひそめた。テーブルに右手をつき、くっちゃくっちゃとガムを噛みながら、ぎりぎりまでシャルロットに顔を近づける。
「なんだテメエ。平和呆けしたツラしやがって。なに勝手に人のことジロジロ見てんだよ」
「失礼、君の顔を見ていたつもりではなかったのだがね、美しいお嬢さん。君こそ、もう少し顔を離した方がいい。それとも、私と口づけでもするつもりかな?」
「──! なんだコイツ!」
的確な一言を吐き出して、サイドポニーテールは顔を離した。ほんのり頬が紅潮している。面と向かってそんなことをいわれれば、誰だって恥ずかしい。
エリスンは上司をかすかに尊敬した。真っ向勝負をしかけて、これほど苛つく相手もいないだろう。空気を読み違えるんだ、もっともっと! とエールを送る。
「時間があるのなら、一緒に茶でもどうだね。私はシャルロット=フォームスン、彼女はエリスン=ジョッシュだ。君は……ええと、サイポー君と呼べばいいかな?」
「なんでだよ! なんだよソレ! アタシはミランダだ!」
「いや失礼、サイドポニーテールがあまりに似合っていたのでね」
これで悪気がないところがすごい。
ウノム刑事と下っ端は、名探偵になにか策があるのだろうと過度の期待を胸に、おとなしくことの成り行きを見守っていた。口を出すのはちょっと怖い、という本心もある。
エリスンもまた、黙って見ていた。こういう相手に、だれよりもゴージャスで美しい女性(自己評価)が正論で割り込むのは逆効果というものだ。
「ちょっと聞きたいことがあるのだが、君たちといっしょに、キャサリンさんという女性がいるかな。彼女の知り合いに頼まれてね、行方を捜しているんだ」
「キャサリン? ああ、新入りか」
ミランダはちらりと後ろを振り返った。仲間たちがこちらの様子をうかがっている。ばつが悪いのか、キャサリンは身を隠すようにしていた。
「その知り合いに伝えな、あいつは簡単には帰らねえよ。グレます隊に入ったってのはそういうことさ」
「グレます隊?」
思わず、エリスンが声をあげた。ミランダは片眉を上げて、値踏みするようにエリスンを見る。それからニヤリと笑った。
「そうさ。あんたもどうだい、ねーちゃん。アタシらは、『紅蓮の炎のように燃えさかる想いが伝わるその日まで、この愛を胸に日陰で生きていきます隊』、通称グレます隊さ!」
カフェで話を聞いていた全員が、あまりの衝撃に息を飲んだ。
だれもが、言葉もない。
なんといっていいのかわからない。
「……なるほど、だから日陰にいたのか……!」
沈黙の中、名探偵が大変どうでもよろしいことをつぶやいた。