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続々 名探偵シャルロット=フォームスン物語  作者: 光太朗
story3 世界一の名探偵
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story3 世界一の名探偵 7


 縄ばしごを登り切ると、そこはさして広くない空間だった。

 外観では気づかなかったが、洋館の上にまるであとから付け加えられたかのような、狭いスペース。天井にはでかでかと『明古庵』と刻まれていたが、庵、という様子でもない。どちらかというと物置のようだった。それほど物で溢れているというわけでもないが、そもそも縄ばしごの先に物置があったところでどうしようもない──エリスンはヒヤリとした冷たさに肩を抱き、注意深く辺りを観察した。

 高い位置に、大きな窓が一つ。床には、木箱がいくつか積まれている。

 紛れるようにして、一際大きな、細長い箱が置かれていた。それはまるで棺そのもので、エリスンは眉をひそめた。

「ここが、不霊園? 霊、なんて言葉が使ってあるからかしら、なんだか気味が悪いわ。明古庵……メイ、フルアン、っていうのも、意味がわからなくて不気味」

「はっはっは、エリ、スン君は、まったく、恐、がりだな!」

 肩で息をしながら、シャルロットが笑い飛ばす。息も絶え絶えながらも、偉そう度は損なわない根性。

 普段の彼の生活を知る身としては、ここまで登ったことを褒めてやりたいような気もしたが、そんなアメをわざわざやる理由もない──エリスンは、ムチを繰り出した。

「なんでもいいから、早く宝を手に入れなさいよ」

「つーか、ホントにアタリっぽいな。探偵、すげえ」

 おそらく他意はないのだろうが、ミランダがあっさり褒める。彼女は興味深げに、ある一点を見つめていた。視線の先は、棺のような大きな箱。

「──ふむ、いいだろう」

 シャルロットは悠然と笑んだ。スタスタと歩き、あろうことか棺の上に腰を掛ける。

 足を組み、顎を上げ、立ったままのエリスンとミランダよりも下の位置にいるというのに、器用に二人を見下ろした。

「エリスン君、覚えているかね。ここへ来て最初に、得るものは名誉だと、私がいったことを。まさにそれこそが、このショーの答えだったのだよ」

「そこに座るのまずいんじゃねーの」

 遠慮がちにミランダが忠告したが、シャルロットは意に介さなかった。はっはっは、と笑って肩をすくめる。

「それ、どういうこと? 得るものが名誉って……──まさか」

 いわんとするところに気づき、エリスンが眉間に皺を寄せる。それはできればたどり着きたくない結論だ。

「私はすでに宝を得た。ここへたどり着くこと、それ自体がゴールだったのだよ。──私の推理は、こうだ。この島において、ヒントとなり得るもの、それはすなわち、『ウミノイエ』。他は東洋の文字で表記されているというのに、あれだけは例外だった。まずここに気づかねばなるまい──表記の差違からわかる、この不自然さ。すなわち、『ウミノイエ』という言葉こそが、ヒントであり、暗号だったのだよ!」

「ウミノ、イエ……!」

 エリスンは息を飲んだ。いわれてみれば、『海の家』とするのではなく、わざわざ音だけで記した名前には違和感がある。統一されているならまだしも、確かに、他のジャパネスク用語には東洋の文字が使われていた。

 これはもしかしたら、本当に本当で本当なのかも知れない──手に汗握る展開に、先を促す。

「──それで、ウミノイエって、どういう意味なの?」

「簡単なことだよ、エリスン君」

 もったいぶるように、シャルロットは足を組み替えた。

「ウミ、これは、『ウわあ、こんなところにミラクル!』の略! すなわち、これから宝の隠し場所を伝えるという合図。イエ、これは『イエェイ!』という歓声を表す言葉に他ならない! つなげれば、『ウわあ、こんなところにミラクル! イエェイ!』となり、後半の歓声はよほどテンションが上がっていることが推察されるため、高い位置であるとわかる! ──そう、この暗号は、建物のもっとも高い位置に宝がある、ということ表していたのだ──!」

 のだー、のだー──狭い空間に、自信たっぷりの声が響いた。

 後に訪れた沈黙が、壁に吸収され消えゆく声を、いっそう強調した。

「す、すげえ……アンタ、ホンモノだぜ……!」

 いろんな意味を込めて、ミランダがうめく。エリスンは一瞬別世界まで飛んでしまった意識をどうにかつなぎ止め、何か言葉をかけねばと思いつつも、どうしても形にならない。

 もはや哀れという気がした。つっこむのもかわいそうだ。

「……あー、そうだったんだー」

 気遣うあまり、棒読みになった。

「たどり着くこと自体が宝、っていうのは?」

 ミランダが問いを投げた。質問で返すという手があったのか、とエリスンはショックを受ける。なんだかもうとにかく恥ずかしい。コレの助手だという事実が、今更ながらに。

「ふむ、良い質問だ、サイポー君。これは暗号とはまた違った推理になるのだがね」

 どうやら二人が己の推理の素晴らしさに打ちのめされているとでも思っているらしいシャルロットが、完全に上から目線で解説を始める。

「サイポー君の、ある意味では探偵、という言葉。それに、どうやら私の知り合いがたくさん来ているらしいという事実。他の参加者にやる気が感じられないということ──これらを元に導かれる結論は、一つだ。そもそもこれは、全国の探偵を集めて名探偵を決める、というショーではない。決定戦自体がフェイク。島へ訪れた面々が全員、探偵ではないのに一応は探偵であるように振る舞っている点から考えれば、本物の探偵である私に皆が合わせているのは明白。つまり──」

 シャルロットは息を吸い込んだ。完全に悦に入った調子で、続ける。

「──そう、つまりこれは、私にゆかりのある皆々が、私こそが世界一の名探偵であるとして、私を褒め称えあがめるという目的のために計画された、一大サプライズ! 本来の名はさしずめ、『シャルロット=フォームスンこそ世界一の名探偵だ! みんなで彼の名探偵ぶりに涙し、彼が世界一であると決定して、盛大なるパーティーを催そうではないかショー』!」

「ヒュイ──!」

 唐突に、聞こえるはずのない声が割り込んだ。

 エリスンが慌てて、声の発信源を探そうと首を回す。だが、この狭い空間に、ヒュイなどという声を発する白い生物の姿はない。

 とはいえ、間違えようがなかった。

 お馴染みの、あの声。

「ヒュイ、ヒュイ、ヒュイ──!」

「そ、外だ!」

 声は一気に大きくなり、ミランダが窓の外を指す。ほぼ同時に、けたたましい音をたてて窓ガラスが割れた。破片と共に、白くて丸くて浮いている生物がつっこんでくる。それは、シャルロットの頭部に激突した。悲鳴すらなく、シャルロットがはじき飛ばされ、壁に衝突して転がる。

「じ、ジョニーさんっ?」

「待ぁぁてぇぇ!」

 エリスンが叫ぶが、その声は縄ばしごを登ってきた髭紳士の怒声にかき消された。破れ放題の白い燕尾服を着たジョニーが、素早く身を起こす。倒れたシャルロットにも、名を呼んだエリスンにも、鬼の形相の紳士にもかまわず、猛スピードで棺まで飛んだ。

「ヒュイ!」

 かけ声と同時に、小さな手がボコリと膨らむ。ジョニー、ムッキムキバージョン。両手で、棺の蓋を開けた。

 棺の中から細い手が飛び出した。その手は愛おしそうにジョニーの手を取ると、その丸いフォルムをぎゅっと抱きしめる。

「────あっ!」

 棺から姿を現した人物、そしてその姿に、エリスンは目を見開いた。

 そして、おぼろげながら、今回のショーがなんだったのか、理解した気がした。

「ジョニー! わたし、わたし、信じてた……! やっぱり、あなたが来てくれたのね!」

 それは、真っ白なドレスに身を包んだキャサリンだった。ピンク色の花の散りばめられたティアラ、長い長いベール。キラキラと輝くメイクは、彼女をいつもの何倍も美しく見せていた。

「……ま、負けた……!」

 膝をつき、髭紳士が拳を床に叩きつける。

「お父様、まさかジョニーをいじめたの? いくら穏和なわたしでも、怒ります!」

「だって、たってキャサリン、パパリンはやっぱり心配なんだよう、寂しいんだようぅ」

 髭紳士は両手で顔を覆うと、おいおいと泣き出した。キャサリンは一瞥をくれただけで、またジョニーとのイチャイチャを続行する。

「おとう、さま……」

 エリスンが呻いた。それは考えなかった。

 一瞬の気絶から蘇生したシャルロットが、重々しい口調でつぶやく。

「うむ、推理通りだ」

 その神経には乾杯してやりたい気分で、エリスンはそれは良かったわね、と答えた。 

 

  




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