story3 世界一の名探偵 5
ミランダにいわれるままに、身を隠しつつたどり着いたのは、一階のレストランだった。
道中の惨状が不思議に思えるぐらいに、レストランは無傷だった。奥では料理をしているのか、良い臭いが漂ってはいるが、だだっ広いホールのような空間には、空のテーブルが並べられているだけだ。料理の類はない。そういえば朝は何も食べていないのだと、エリスンは空腹を思い出す。昨夜だって携帯食をかじっただけだ。
手近なテーブルからイスを引き出し、エリスンは腰を落ち着けた。
「どうして、ミランダさんがここに? グレます隊が解散した後、探偵になったんですか?」
疑問をぶつけると、ミランダはきょとんと目をまたたかせ、それから吹き出した。
「探偵? 探偵、ね。まあある意味ではね。なんといっても、ここに来てる連中は、全員が『名探偵』だろう? 昨日、アタシも同じ船で来たんだ。探偵ルックは気恥ずかしくてね、声はかけなかったけど」
「……?」
エリスンは眉をひそめる。引っかかるいいかただ。
ある意味では探偵──では別の意味ではどうなるというのか。
「昨日共にいたとは気づかなかったな。ひょっとしたら、他にも知り合いがいるかもしれない。なかなか楽しいショーじゃないか」
「どこが楽しいのよ」
脳天気なシャルロットに冷たい言葉を突き刺す。しかしいつもどおり、シャルロットは意に介した様子もなく、呑気にパイプを吹かした。ガターン、ドシャーンと頭上で音が響いている。ここ以外は相変わらず戦場らしい。
この男を視界に入れていると、神経の平和が脅かされる──エリスンはきっちりと視線を逸らし、向かい側に座るミランダに向き直った。
そして、思わず身を引いた。ミランダが、自分とシャルロットの様子を、ひどく真剣な顔でじろじろと見ていた。
「……ど、どうか、しました?」
「あ、いや。アンタたち、探偵と助手、だよな。付き合ってんの?」
エリスンは眉間に皺を寄せた。ものすごく嫌そうな顔。
答えるのもばかばかしく、表情でアピールする。ミランダは少しだけ驚いたように目を見開いて、ふぅん、と鼻を鳴らした。
「そうなんだ」
それから、ちらりとシャルロットを見る。なんとなく嫌な予感がして、エリスンは急いで話題を変えた。
「そんなことより、何かご存じなら教えていただけませんか? 部屋から出たら戦場で、もうどうすればいいのか……」
「エリスン君、聞いてしまってはいけないだろう。情報が欲しいのはもちろんだが、サイポー君もここにいる以上、私たちとはライバルということになる」
シャルロットが正論を口にした。それもそうだ、とエリスンは素直に納得する。シャルロットの言葉に納得せざるのを得ないのは癪ではあったが。
「ならせめて……あの犬と帽子の居場所を」
そして怒りの矛先を思い出す。ミランダがサイドポニーテールを揺らして笑った。
「犬と帽子! あれは笑えたね、さすがに驚いた。犬の方はともかく、帽子は準備に忙しいんじゃないか。それと、アタシは決定戦には参加してないよ」
「参加して……ない? え、どういうことです?」
エリスンは眉をひそめた。ミランダはテーブルに肘をつき、ニヤニヤと笑っている。どう見ても、いろいろと事情を知っている顔だ。
「探偵なんだろ。推理したらどうだい」
そうして、挑発的な一言を投げる。シャルロットが興味深そうにうなずいた。
「ふむ。ならば、情報を整理してみよう」
顎に下に手をあて、そうつぶやいたきり黙ってしまう。
推理――という言葉に、エリスンは言葉を失う。そういえば、そもそもそういう趣旨のショーだったはずだ。戦場を目の当たりにした段階では覚えていたはずだが、あっという間に忘れてしまっていた。
ヒントを元に宝を探し出せ――渡された要項に、そう書いてあった。ということは、ヒントを探さなければならないか……もしくは、すでにヒントを目にしているのか。
「世界一の名探偵を決めるショー……ショーには絶対参加。小さな島、ジャパネスク、シルクハット、犬……戦場……髭の怒れる紳士……そして、サイポー君――」
ぶつぶつとつぶやき、カッと目を見開く。
「なるほど……!」
まさかの一言が発せられた。エリスンは息をのむ。
「な、なにかわかったの?」
「うむ。よくわかないということがよくわかった」
殺意が湧いた。
「アンタ、あいかわらずおもしろいなあ」
ミランダが目を細め、シャルロットを眺めている。おもしろい、という解釈はしたことがなかったので、エリスンは世界の広さを感じた。他人事だからそんな表現ができるに違いない。
「まあ、教えちゃいけない理由はないんだけどさ、知らないみたいだからそのまま黙っとくことにするよ。知り合いっていえば……ほら、すげえ派手な格好のばーちゃんと変なしゃべり方の孫、アンタの名前呼んでたぜ」
「派手な格好の老婆と、孫……」
シャルロットはそのまま停止した。いつもの黙っていればそれなりフェイスで、じっとエリスンを見る。
長いつきあいだ。それが助けを求めるときの仕草だということなどエリスンは承知していた。
だが、ミランダの告げたヒントから導き出される答えには、とうしてもたどり着きたくない。
「……元怪盗が探偵になっていてもおかしくはないけど、そのお婆さんが探偵っていうのはおかしいわ。どういうことかしら、この感覚。なんかすごい身内の犯行のような気がしてきたわ。――まさか、シャルロット、あなたがぜんぶ仕込んでるんじゃないでしょうね?」
「それはいいがかりというものだよ、エリスン君。ところで、老婆と孫というのは、誰のことかな?」
それはとても演技には見えなかったので、エリスンは黙った。ここまで知り合いの存在がほのめかされるとなると、ピンクワンピースや謎の生物だって来ているのかもしれない。そしてそれはおそらく、世界一の名探偵がどうの、ということではなく、何か他の目的があって。
「――そうか!」
唐突に叫ぶと、シャルロットは立ち上がった。
パイプの火を消すと、燕尾服の内ポケットから携帯ケースを取り出し、丁寧にしまう。両手を腰に当てふんぞり返り、高笑いをぶちかました。
「だ、だいじょうぶか、探偵」
突然笑い出した姿に、ミランダがオロオロと声をかける。心配されるほどのはじけっぷり。
慣れたものなので、エリスンは淡々と聞いた。
「どんなくだらないことを思いついたの、シャルロット?」
「くだらない? とんでもない――いったい何がヒントで、どこに宝が眠っているのか……そして今回のショーはそもそもどういった意味合いのものなのか。私は完璧に推理してしまったよ」
おお、とミランダが拍手した。
へえ、とエリスンが鼻を鳴らす。
「一応聞いてあげるけど……どういう珍妙な推理を展開したのかしら?」
シャルロットは得意げに笑うと、もう一度座りなおした。どこまでも偉そうに胸を張り、人差し指を立てる。
「そもそも、これは世界一の名探偵を決めるなどという、そんなショーではなかったのだよ。おそらく、この島に来ている本物の探偵は私だけだ」
感心したように、ミランダが口笛を吹く。エリスンが視線で先を促すと、シャルロットは満足げにうなずき、続けた。
「宝の隠し場所まで訪れることで、すべてが証明されるだろう。場所は――この建物でもっとも高い場所。宝がいったい何なのか、それは見事手中に収めるまでは、黙っておいた方がいいかな。戦場をくぐり抜ける必要があるが、行くしかあるまい」
いつになく自信満々だった。考えてみればシャルロットはいつだって自信満々だが、今回は高級燕尾服の効果か、それとも本当にものすごく自信を持っているのか、いつもの二割増しで輝いていた。
「……いいわ。行きましょう」
シャルロットの推理が当たっている可能性などこれっぽっちも考えず、それでもエリスンは立ち上がる。
「ところで、空腹なのだが。ここで食事をとることはできないのかな?」
「アンタ、本当にわかってんのか?」
あっさり話の腰を折ったシャルロットに、ミランダが呆れたようにつぶやいた。