story3 世界一の名探偵 1
『全国の名探偵諸君──
これは挑戦状だ。
名探偵としての自負と自信を持つものたちを、私の主催するショーへと招待しよう。
そこは不可侵の領域。
どんな難事件、不可解な出来事が待っているかわからない。
だがあえて、私は君たちを呼び寄せる。
名探偵たちよ、その知能を持って競い合え!
そして、世界一の名探偵を、決定しようではないか──!』
*
「そもそも、文面がちょっと胡散臭かったわよね」
銀ラメの散りばめられた白いドレスの裾を翻し、ツバの広い帽子で日差しを遮るようにしながら、エリスンは疲れ切ったような声を出した。
高い位置に居座る太陽が、彼らと地面と海とを、じりじりと照らしている。
季節は真夏。場所はワッショイアイランド。
ビバ! 夏のリゾート! なシチュエーションでありながら、船から降り立った面々は、一様に爽やかとは認定しがたい風貌をしていた。
誰もが、暑苦しいスーツに身を包み、ほぼ全員が布製の帽子をかぶっている。まるでそういうルールがあるかのように、八割がパイプ、五割がヒゲ、十割が偉そうだ。
我らが名探偵シャルロット=フォームスンも、ほとんど例外ではなかった。
この暑いのに、がっちりスーツ。もちろん、威風堂々。
「はっはっは、一体なにが胡散臭いというんだね、エリスン君」
いつもの馬鹿笑いを披露し、いっそもっとも胡散臭い人物であるシャルロットが、だらだらと流れる汗を拭おうともせず、青空をあおいだ。
「こんなにも良い天気ではないか!」
「それはそうだけどソコ」
エリスンは、疲れたように目の前の建物を指した。
建物、というのもおこがましい。
小屋のようななにか。
小屋の脇にはロープがくくりつけられており、そこからは複数の浮き輪がぶら下がっていた。隣に、ボートや風船イルカの姿も見える。『氷』とかかれた旗と木製のテーブル。テーブルの上には手書きらしいメニュー表が転がっており、小屋の看板にはでかでかと、『ウミノイエ』、の文字。
「ここ、本当にロンドドなの? まるでジャパネスクファンタジーだわ」
「うむ、実にエキゾチックだ。ショーの主催者は、ジャパネスクが好きらしいな」
「そうね、変な趣味」
名探偵とその助手は、そう結論づけた。数年前にロンドドで流行したジャパネスク。ゲイシャハラキーリ、をキャッチフレーズとして、若者文化として浸透したころもあった。シャルロットとエリスンも例外ではなかったが、もはや時代遅れだ。
とはいえ、ジャパネスクを漂わせているのは、浜の向こう側で待ちかまえる『ウミノイエ』だけだった。遠くには木々が見え、目線を上げれば洋館の姿もある。それ以外には建物らしい建物はないようだった。そもそも規模の小さな島であり、しかも個人所有とあれば、あれこれ建設する必要もなかったのだろう。
「こんなところに、こんなに大勢の探偵を集めて、どうするつもりかしら」
もっと豪勢なリゾートを期待していたエリスンは、唇をとがらせ、不満そうにつぶやいた。シャルロットが方眉を上げ、懐から白い封筒を取り出す。
「ショー、だろう? この招待状の送り主は、よほどの暇人であり、よほどの資産家であるらしい。おそらく、探偵というものを愛してもいるのだろう。なかなかおもしろそうではないか」
「まあ、得るものがないにしろ、滞在中の寝食は保証してくれるっていうんだし、楽しむしかないわね」
「おや」
シャルロットは封筒を手にしたままで、心外そうに肩をすくめた。
「得るものならある。名誉だ。この地で私が世界一の名探偵であることが証明されれば、私の名探偵としての名声も鰻登りというものだよ。もちろん、私が世界一であることなど、いまさら改めていうことではないのだがね! はっはっは!」
青空をぶち抜く勢いで、シャルロットの高笑い。他の探偵たちの視線を感じたが、そんなことは慣れっこだったので、エリスンは気にしなかった。気にしなかったが、つっこむべきところにはつっこむ。
「そのへんも含めて『得るものがない』っていったのよ」
「はっはっはっ……は? ん、どういうことかね?」
「もういいわ」
到着早々だというのに、エリスンはもう帰りたいとすら思った。
そもそも、シャルロットの元へ招待状が届いたこと自体、エリスンにとっては不可解な現象だ。それとも、彼だけではなく、ここに集まっている全員がなんちゃって名探偵なのだろうか。または、なにかの手違いか。
いくらそう自称しているとはいえ、この上司が名探偵として世間から認知されているとは、どうしても考え難かった。
「大体、迎えもいないじゃない。どうなってるの。さっさとどこかに案内してくれないかしら」
いらいらと足を踏みならす。偉そうな招待状をよこした割には、島自体はどちらかというと貧相だ。ここまでの船も、決して豪華なものではなかった。
「探偵さんがた、船に忘れ物はないかねー」
エリスンが船に目をやるのと、船から声が聞こえてきたのは、ほとんど同時だった。額にタオルを巻いた老人が顔を出し、のらりくらりと出てくる。
ロンドドの港から、島までほんの十数分。船の操舵者である老人だ。
「忘れ物はあ、ほら、困りますんでねー。あたしもね、旦那様から皆様をお連れするよう、きっちりいいつかってますんでね、不手際はちょっとねえ」
回りくどいいいかたをしながら、腰を折り曲げ、探偵たちの間を通り抜けていく。緩慢な動作は、荒波を相手にする海の男のものには見えなかったが、渡し船を動かすのがせいぜいのところなら、不自然というほどでもない。
まさか、この老人がこの後も案内するというのだろうか。曲がりなりにも『ショーの招待客』であるはずの探偵たちを案内するのが、うだつの上がらなそうな老人であるという点が、エリスンは気に入らなかった。旦那様とやらは本当にやる気があるんだろうか、とイライラがつのっていく。
「さあ、そんではね」
全員の前まで来て、老人はゆっくりと向き直った。
どこから取り出したのか、シルクハットを装着する。とはいえ、額にタオルは巻いたまま、首から下は白シャツ、ズボン、長靴という海の男スタイルであったが。
「名探偵の皆さんがた、改めまして、ようこそいらっしゃいました。皆さんをご案内いたします、ロリン=リーダントです。シルクハット老とでも呼んでください。そんでは、まあ、お屋敷まで」
ロリン=リーダント──シルクハット老は、曲げた腰をさらに曲げ、どうやら一礼したようだった。そのまま全員に背を向けると、先頭を切って、よぼよぼと歩き出した。