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続々 名探偵シャルロット=フォームスン物語  作者: 光太朗
story2 名探偵記憶喪失
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story2 名探偵記憶喪失 5

 


 

 それが、シャルロットとエリスンの出会いだった。パーティ終了まで共に時間を過ごしたものの、パーティが終わってしまえば、その後に会う約束をするでもなく、二人が顔を合わせることはもうなかった。

 ジョッシュ家の事業が良くない方向へ転がり始め、エリスンはパーティどころではなくなったのだ。対照的に、フォームスン家は次々と成功を収めているらしかった。

 十数年が経ち、エリスンが二十歳になろうという折、ジョッシュ家はとうとう、家をも失った。なんとか巻き返そうと、手を伸ばしたすべてが大失敗、借金ばかりを抱えることとなり、両親はロンドドを離れた。長女、次女は早くに嫁に行き、三女は独立して働き始めた。

 四女、エリスンは、途方に暮れた。ちょうどその頃、風の噂にフォームスン家の四男が親の金で探偵社を設立したと聞き、その扉を叩くことになる──。



   **



「──それからは、くだらない事件ともいえないような事件を相手にしているうちに、あっという間に四年よ。空飛ぶ丸い生物を捜せだの、バカな怪盗から宝石を守れだの、初恋の覆面変態を見つけて欲しいだの。……でも、そうね、それなりに楽しい日々だったわ。あたしがここへ最初に訪ねた日から、一年ごとに、あなたったらなんだかんだでお祝いしてくれるし。三年目のときなんて、青いカラスをくれたのよ──すぐ森に返したけど。つい先日、四年目の記念日は、リクエストを聞いてくれたから、レシピ集をお願いしたわね。カリスマパティシエのを頼んだのに、くれたのは謎のミス・ピンクワンピース著で。ケンカ売ってるのかと思ったわ」

 すっかり夜も更けていたが、それでもエリスンは語り続けた。

 シャルロットとの思い出。思い出しているうちに、時々本気で殺意のようなものが芽生えたが、不思議なもので、だんだんと、何もかもが素晴らしいできごとだったような気がしてきていた。

 シャルロットは、ときおりあいづちを挟みながらも、黙って聞いていた。ただその表情は、懐かしむというよりも、知らない物語を聞いているかのような驚きをかいま見せた。

 次第に、エリスンの胸を不安が支配していった。

 このままでは、話し終えてしまう。伝える情報がなくなってしまう。話しているうちに、そんなこともあったな、などと、何ごともなかったように笑い出すのではないかと、かすかに期待していたのに。

「……ねえ、シャルロット。あなた、本当に、忘れてしまったの」

 声が震えた。

 自分の声が、ひどく頼りない響きを帯びていることに、エリスン自身が動揺した。それに気づいてしまっては、張りつめていたものが切れてしまいそうだ。どうにか踏みとどまろうとする。けれど、限界だった。

「こんなのってないわ。存在そのものがウソみたいなのに、こんなことだけ、どうして現実なの。いつもみたいに、笑いなさいよ。わけわからないこといって、バカみたいに、笑いなさいよ」

 とうとう、涙がこぼれた。

 けれど、それを見せるわけにはいかなかった。エリスンは、慌てて立ち上がる。怪我をして記憶を失っているのも、そしてだれより不安なのも、きっとシャルロット自身だ。自分が泣くべきではない。

「灯りが切れちゃうわね。待ってて、すぐに──」

 努めて明るい声を出す。しかしその手を、シャルロットがつかんだ。

 そのまま、ぐい、と引っ張られる。ソファに引き戻され、なすすべなく、倒れ込むようにして、シャルロットの腕のなかに収まった。

 驚きよりも、抑えていたものが溢れ出す力の方が勝った。嗚咽をあげ、小さな子どものように、エリスンは泣きじゃくった。

 あたたかい、大きな手に、抱きしめられる。パイプの残り香が、鼻をつく。

「君に泣かれると、私は、ひどく動揺してしまうようだ」

 そっと告げて、シャルロットはエリスンの頭を撫でた。

「どうか、泣かないでくれないか」

「そ、それができるなら、そうしてるわよ……!」

 いっそう泣き声を大きくして、エリスンはシャルロットの胸に濡れた顔をうずめた。




 いつの間に寝てしまったのだろう。

 目を覚ますと、ソファの上だった。毛布がかけられている。窓の向こうの空は青く、空気も冷たい。顔がひりひりして、昨夜泣きじゃくったのが本当のことなのだとわかる。きっとヒドイ顔なのだろうと思うと同時に、羞恥心がわき上がった。昨夜、あのシャルロットに抱きすくめられ、しかもその状態で、子どもみたいにわんわん泣いてしまったのではなかったか。

「シャルロット……?」

 しかし、当の本人がいない。エリスンは髪を気にしながら、ゆるゆると起きあがった。寝間着にも着替えていなかったため、衣類に皺ができてしまっている。それを整えながら、いつもと何ら変わりなく見える探偵社を見回す。ここの社長は、いったいどこに行ってしまったのか。

「やあ、起きたのかね」

 声がかけられ、その主を見る──エリスンは、絶句した。

 寝間着から着替えたらしいシャルロットは、いつもの出で立ちの上から、エリスンのエプロンを身につけていた。ご丁寧に、頭にナプキンまで巻いている。

「……ど、どうしたの、シャルロット」

「たまには、私が朝食を、と思ったのだがね。果たして、うまくできているかどうか。起きたのなら、一緒に食べようじゃないか」

「そ、そう」

 直視するのがためらわれて、視線をさまよわせながら、エリスンもダイニングへ向かう。

 そうして、彼の放った一言の意味に、気づいた。

 たまには、といわなかったか。

「……シャルロット? あなた──」

「おはようございます、シャルロットさん、エリスンさん──!」

「ヒュイー!」

 朝も早いというのに、相変わらずノックもなしで、なじみのピンクワンピースと、謎の生物が飛び込んできた。

 よほど急いできたのだろう、キャサリンは髪を振り乱している。ジョニーの毛並みもなんだか風を切った状態のままだ。

「ど、どうしたんですか、二人とも。こんな時間に」

「こんな時間だから、まだ間に合うかと思って急いだんです! 朝食、まだ、ですよね?」

「ヒュイ、ヒュイヒュイー?」

 エリスンは眉をひそめた。まさか、朝食をたかりにきたとでもいうのだろうか。

 シャルロットのエプロン姿から、まだだと察したのか、キャサリンは安心したように大きく息を吐き出した。肩から下げていたピンク色のバッグのなかから、新聞を取り出す。

 それは、今日の日付のものだった。そんなものを持ってこなくとも、それならここにもあるのに──エリスンはそういおうとしたものの、キャサリンの剣幕に気圧されてしまう。

「エリスンさん、最近、ハーブティーに凝っているっておっしゃってましたよね? 昨日、市場でお会いしたときに、話題のハーブティーが手に入ったといって見せてくださった箱、どこかで見たことがあると思ったんです。これ、これですよね? まだ飲んでいませんか?」

 示された新聞記事に目を落とし、エリスンは言葉を失った。



『話題のハーブティー「ウマスギルン」、被害者続出!』


 一度に多量摂取することで、幻覚症状や記憶の混乱を引き起こすと問題になっている「ウマスギルン」が、回収されきれず、いまなお出回っていることが発覚した。ロンドド署が必死に回収を行い、各家庭に呼びかけているが、すでに購入している家庭で事件のことを知らず飲んでしまうケースなどが続発している。ティーカップ一杯程度なら問題ないが、個人差はあるものの、二杯程度で幻覚を見て奇行を犯し、三杯を越えると記憶の混乱を招く場合が多い。記憶の混乱は、数時間から一日程度で回復し、その間の記憶は曖昧になる。ウマスギルンを飲むことで、窓から飛び降りる、犯罪に走る、無駄に金を使うなどの問題行動が指摘されており────



 エリスンは、無言で新聞をキャサリンに返した。

 足早にキッチンへ行くと、昨日、自分が散々シャルロットに飲ませた、話題のハーブティの箱を手に取った。

 間違いなかった。『ウマスギルン』と、華やかなロゴ。

 よく耳にする名だから、ぜひ手に入れたいと思っていた、「話題の」ハーブティ。まさか、問題になっていたとは。

「あ、あの、まだ飲んでない、ですよね?」

 恐る恐る、キャサリンがついてくる。

「ヒュイー」

 どうやら、ジョニーも心配してくれているようだ。

「も、もちろんですわ、オホホホホ」

 普段はしないオホホ笑いを披露しつつ、エリスンは全身がこれでもかを汗をかき始めているのを感じた。自分のせいか。何もかも、自分のせいか。

「どうしたんだね、エリスン君。キャサリンさんにジョニーさんも、よかったら一緒に朝食を。今日はこの名探偵自らが、腕を振るったのでね、楽しんでくれたまえ! はっはっは!」

 レースのエプロンをはためかせ、いつもの調子で名探偵が高笑いする。ものすごい虚脱感を感じつつ、バカ丸出しの上司の顔をチラリと見て、エリスンは息を吐き出した。良かった、と小さな声が漏れる。すっかり回復したようだ。いつもと様子が変わらないところをみると、昨夜のことは覚えていないのだろう。

「あら、シャルロットさん、今朝はいつにも増してお元気そうで。何かいいことでも?」

 キャサリンはジョニーを抱きしめながら、お言葉に甘えて、と断って食卓につく。シャルロットはコーヒーを煎れつつ、ふむ、と笑んだ。

「詳しくは話せないのだが──昨夜、ちょっと良いことがあってね」

 エリスンは息を飲んだ。

 何食わぬ顔で、いそいそと朝食の準備をしているシャルロットを、呆然と目で追う。

「お、覚えて……!」

「ふむ、やはり君には、そうして憤慨している顔がよく似合うな」

「────! もう一度、ぜんぶ忘れなさい!」

 エリスンはわなわなと震えながら、手にした箱から残りの茶葉をすべて取り出し、シャルロットのコーヒーカップにぶちこんだ。




   ***




 舞台はフォームスン探偵社──

 朝食を終えた名探偵シャルロット=フォームスンは、パイプを吹かして一服。それから、こちらを見てにやりと笑う。

「やあ、みなさん、こんにちは。今回の活躍はどうだったかな? ──む? 活躍などしていない? ふむ、なかなか鋭いな。こういう趣向もたまには良いのではないかと思ってね。私が幼いころから名探偵としての資質を充分に兼ね備えていたことがおわかりいただけたことだろう。それにしても、危険な世の中になったものだ。そんな茶が出回っているなどと、小さな子が飲んでしまったらどうするのだろうね。──エリスン君? だいじょうぶ、もう二度と口を聞かないとまでいわれたがね……まあ、今夜にでも機嫌を直していることだろう。彼女の怒らせるのは、今回が初めてではないのでね。もちろん、ご存じのこととは思うが。──ほら、見たまえ、エリスン君が呼んでいるようだ。夕飯のメニュー? そんなものに口出しをしたことなど、一度だってないというのに。まったく、困ったものだ。……それでは、また近いうちにお会いできることを願っているよ。次回は、過去の私ではなく、現在の私の活躍をお見せできればいいのだがね──」

 微笑みつつ、席を立つシャルロット。


 ──暗転。

 



    

   

 


読んでいただき、ありがとうございました。


次のstory3で最終話となります。

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