【第一章 俺が主人公になった日】
突然だが皆さんは子供のころの夢を覚えているだろうか。
お花屋さんだの、宇宙飛行士だの、きっとリアリティがなく、夢や希望の詰まった将来を思い描いていたはずだ。
もちろん俺も例外ではない、子供のころは探検家とかいうわけわかんないものに憧れていたものだ。
だが、年を重ねるにつれて段々と「子供のころに思い描いていた夢」というものがいかに非現実的で、あり得ないことかを悟るようになっていき、気が付いたら、なりたいもの。より、なりたくないもの。の方が多くなってしまった。
さて、そろそろ本題に入るとしようか、俺には絶対になりたくないものがある。それは、主人公だ。
少し、想像してみてほしい。ここにある一人の男がいるとしよう。そいつは現在親が海外出張やらで家に妹と二人で暮らしている。当然家事もできるし、並大抵の事はそつなくこなせる。
そして、そいつの周りには世話焼きな幼馴染や、素直になれない後輩。はたまた完璧生徒会長など、数多くの魅力あふれる女の子がいて、そいつに少なからず好意を抱いている。
そう、つまりは、主人公。という奴だ。
はっきりいって反吐が出る。なぜそんなにも磁石の様に女子を集めるかではない。なぜそんな好き好んで修羅場のような事態に足を踏み入れるのか。だ。
人付き合いをするにしても、全員と等しく親しい間柄。なんてのは絶対に不可能だ。どうあがいても悲しむ者が出てきてしまう。そんな存在を作り出す存在。それが主人公だ。
もっといえば、俺は厄介ごとに巻き込まれたくない。無事に平穏に暮らせればいい。だからこそ何かしらの事件を引き起こす主人公は嫌いだ。
俺がなりたいもの。それはそんな主人公に対して、「お前も毎日大変だな。ま、頑張れよ」と、自分は安全圏からドタバタを眺めることができる傍観者だった。
とはいえ、こうやって俺がモノローグをしているところを察するに、どうやらこの物語の主人公は俺らしい…非常に嫌ではあるが、なってしまったものはしかたない。
しかし、せっかくこの物語を読んでくれている皆さんには悪いとは思うのだが、あなたたちが求めているようなラブコメディーなど、この作品には一切登場しない。
ただただ、俺が主人公を探すだけの、なんの起伏もない退屈な物語を提供することを約束しよう。
そろそろ自己紹介でもしておこう。俺の名前は永井雄介。17歳。平凡な高校生だ。特にイケメンというわけでもなく、頭がいいというわけでもなく、運動ができるというわけでもない、至って普通の高校生だ。
ただ、残念ながら、主人公にありがちな所謂一人暮らしというやつで、両親は現在仕事で海外を飛び回っている。そのため思い出したように仕送りやらが送られてくるのである。
とはいえ、そんな家庭環境のため、引っ越しなんてのはしょっちゅうで、幼馴染もいなければ、俺は一人っ子で、通っている高校の生徒会長も男。つまり、フラグが立ちようがないのである。
さて、いい加減そろそろ俺のモノローグがお腹いっぱいなところだと思うので、場面を変更しよう。といっても授業風景なんて描写したところでつまらないので大幅カット。時間を放課後にさせてもらおう。うん。こういう時は便利だ。
授業が終わり、クラスメートがぞろぞろと席から立ち上がる。おしゃべりに花を咲かせる者。部活に勤しむ者。帰宅をする者。俺もどちらかといえば帰宅部なので、鞄を手に取り立ち上がる。
「永井」
「ん?」
立ち上がったところで声をかけられ振り返る。そこには女子生徒が立っていた。こいつの事はよく知っている。何せ一年の時から一緒だったからだ。
坂本美月。長い髪を一つに束ねて、整った顔立ちをしており、誰がどう見ても美少女と呼べるレベルで、可愛い。というよりは綺麗という印象だ。
成績は優秀で、運動も得意。さらには人望にも厚く、ほとんどの確率でこいつの周りには人が集まっている。面倒見の良い性格で、頼りにされることも多いが、決して甘やかすだけでなく、時には突き放すこともするため。それが魅力なのだろう。
性別、人種問わず、誰に対してもこいつは自分らしさ。を崩さない。俺の理想とも呼べる主人公だった。
「一昨日の科学のレポート。今日締め切りなんだけど?」
「あれ?出してなかったか?悪い」
俺はカバンからレポートを取り出し美月に渡す。
「ん、ありがと」
「また委員長の手伝いか?」
「んー、まぁね」
美月は枚数を確認しながら返事をする。
「お前も毎回大変だな」
「別に。あたしだって好きでしてるんだし、それに本当にきついときは断るし」
なんてことないように言っているが、俺はこいつが頼まれごとをされた時に断ったことは一回しか見たことない。それも頑張ればできそうなプリントをやってほしいという類のものだった。
正直、こいつがもし男だったら、俺は何が何でもこいつと友達になっていただろう。それくらい坂本美月という存在は主人公だった。
「あんた、これからどうするの?」
「そうだな…」
ぐるっと教室を見渡す。もう部活や帰宅を急いでいる生徒はあらかた出て行ったみたいで、教室には俺たち含め、数人でおしゃべりしている生徒しかいない。そのため俺達の事も特に変な目で見られるわけではないのだが。
「まっすぐ帰るかな。特に予定もないし」
「そ、また明日ね」
「おう」
美月に別れを告げて教室を出る。特に何も予定もなく、ただただのんびりとした日を過ごす。そりゃ、ちょっとしたハプニングやアクシデントは起こるとは思うが、それでも平和に過ごす。それが続くのだと、信じて疑わなかった。
・・・この日までは。
その日は軽く寝坊してしまった。
とはいえ走れば十分間に合う時間だったので、朝食もそこそこに駅へとダッシュする。学校までは電車通学なので、一本でも間違うと、通勤ラッシュに巻き込まれたりしてしまうのだ。
だからこそ、注意が散漫だったのだろう。同じことを考える人がいるということに気づかずにいた。
「きゃああ!?どいてどいてー!!」
「へっ!?おわぁ!?」
駅の改札口。可愛らしい声の持ち主と正面衝突してしまう。といってもぶつかってきた相手が小柄だったため、俺は少しよろけた程度で済んだが、相手はすてーんと転んでしまった。
「いたた…も~。私ったら…ちゃんと前を見て走らなきゃだめだなぁ…」
いや、それ以前の問題だと思うんだが…という言葉を飲み込み俺はぶつかった相手を見る。恐らく…年上。のはずだ。身長は俺より低いどころか下手したら中学生に間違われるくらいに小さいし、かなり可愛らしい童顔なのである。かろうじてスーツを着ているのと、化粧をしていることから推察したんだが…。
「・・・って!そうだ!君!大丈夫!?」
目の前の女性は慌てて起き上がり俺の安否を確かめる。俺はよろけただけだからなんともないんだが…。
「えっと…とりあえず大丈夫です…」
「よかったぁ…ごめんねぇ。急いでて…」
「いや、俺も急いでましたから…おあいこってことで…」
「あはは…そうだねぇ…って、その制服。宮下高校のだよね!?」
「へ?えぇ…まぁ…」
「やっぱり!妹が通ってるの!二年生なんだけど…知ってるかなぁ…?」
「どうでしょう?二年生だけで二百人くらいいますし…」
とはいえ、このお姉さんは中々の美少女…もとい、美人さんだ。この人の妹というぐらいだからさぞかし可憐なのだろう。
「あ!?いけない!お仕事に遅刻しちゃう!」
お姉さんはわたわたしながら立ち上がり改札に定期をかざしながら
「じゃあね!君も学校に遅刻しないようね!」
そのまま風の様に去っていったが…走り方危なっかしいな…。
「・・・ん?」
ふと足元を見ると、可愛らしいうさぎがプリントされたピンクのハンカチが落ちていた。もちろん俺にこんな少女趣味はないからほぼあの人の落とし物だろう。
「交番に届け…いや、待てよ」
腕時計の時間を見て思い悩む。交番に持って行ってもどこで拾ったかとか連作先とかを聞かれたりして時間がかかりそうだ。遅刻しないぎりぎりとはいえ俺もこれ以上足止めを食らうわけにはいかない。数秒の思案の末、帰り際に交番に届けることにした俺はハンカチを鞄にしまい、学校行きの電車へと乗り込んだ。
「珍しいね。永井がこんな時間に来るなんて」
教室に着き、席に荷物を置いた俺に美月が話しかけてきた。
「そうか?何か問題でもあるか?」
「永井ってもっと早く来てるイメージあったから」
ここだけ聞いたら美月が俺の事をよく見てるのかもと誤解してしまうが、単にこいつとは一年からの付き合いなので行動時間というか、パターン的なのはすでに知られてる状態なわけだから特に驚いたりはしない。
「まぁな。ちょっと…嵐にあってな」
「?」
美月は怪訝そうに眉をひそめたが、特に興味はなかったらしくそのまますぐに自分の席へと戻っていった。嵐…適当に言ってみただけだったが、意外にしっくりくるな。これ。
「よーっす永井。朝から坂本さんと話せるなんて羨ましい奴だなこんちくしょー」
「アホ抜かせ。誰でもそうだろ」
「いーや。俺は割と坂本さんを見ていたが…坂本さんが自分から話しかけに行く男子は今のところお前しかいないんだよ!」
「・・・同じクラスだからな」
「ところでお前、何座の何型?」
「本当にところでだな…いて座のB型」
「ふんふん…いて座のB型ね…」
「星座占い?お前そんなの趣味にしてたっけ?」
「ふっふっふ。これをただの星座占いの本と一緒にされちゃ困るぜ…これはかの有名なJ・G先生が自ら監修した!最強の一冊なんだよ!」
「・・・」
「ほれ、見てみ?このレビュー。この本のおかげで運気がぐんぐんよくなりました!この本のお陰で災難を回避できました!この本を読んだら彼女ができました!って」
「最後のどう見ても関係ないだろ」
「とにかく!この本はすごいんだよ!その月ごとの運勢と、どこが悪いか、ラッキーアイテムは何か全部まるわかりだからな!」
「ちなみにおいくら?」
「ちっちっち。何も知らないんだなぁ。永井クンは。この本は通常の書店じゃ売っておらず、月額での定期購読契約なんだよ」
「うわぁ…」
「そんなありがたい本の内容を一部お前に聞かせてやるってんだから、光栄に思えよ?」
「いらねぇ」
「まぁまぁ。えっと…いて座のB型のあなた。貴方の周りに次々と新しいことが起こり始めるかも。そのチャンスと瞬間を見逃さないで。ラッキーアイテムはピンクのハンカチ。だとさ」
「・・・ピンクのハンカチ…ねぇ」
そんな少女趣味なものを持つ気はないが、なんとなく鞄の中に入っているブツを思い出す。
・・・まさか、な
「・・・あ」
その日の夜。俺は明日の支度をしようとして鞄の中に入っていたあるものに気づく。そういえば交番に持っていくのをすっかり忘れていた。
「・・・ラッキーアイテムはピンクのハンカチ。か」
今朝の友人との会話を思い出す。新しいことは次々起こっても別に問題はない。ただそれに巻き込まれるのが嫌なだけだ。
「・・・ま、明日でいいや」
俺は手にしていたハンカチを洗濯機に放り込む。明日の朝には乾燥機にかけてふんわりした仕上がりになっているだろう。
結局のところ。俺はここで最大の過ちを犯してしまっていたんだ。もし帰り道に交番に寄っていたら。もし今ここでハンカチを洗濯していなければ。
結局のところ。あとはただの祭りである。ここまで読んでくれた皆さんに謝罪をしなければならない。俺は冒頭で、なんの起伏もないただの退屈な物語だといったが、訂正させてほしい。
ある時は美人姉妹の取り合いに巻き込まれ。ある時は変人生徒会副会長に気に入られてしまい。ある時は海外で勝手に決められていた許嫁が来国し。色々とんでもないことに巻き込まれてしまうことを…。
・・・・・・本当に恨むぜ。過去の俺。