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9. ホウロスでの厄介事

 ホウロスで仲間を探して、三日が経っていた。

「できたら女性が良い……とか言ってられる状況ではなくなってきたなあ」

 冒険者の教訓から言って、リタとクリスに男性を加えると、間違いなくトラブルになる。二人共美しすぎるのだ。

 つぶやきながら、周りを見渡す。

 ホウロスの冒険者ギルドは人が多い。そして、見渡す限りの男、男、男。

 天を仰ぐ。土地柄の問題で、女性の冒険者、というのがまず少ない。

 戦地が近いということは、徴募兵が多く、その大半が男なのだ。

 リタが受付から戻ってくる。誰かいればギルドから紹介してくれるのだが、リタの様子を見るに不発だったようだ。

「駄目でした」

「気を落とさないでください」

 そもそも男とか女とか以前に、ドラケギニアまで一緒に行ってくれる人が見つからない。

 危険すぎるため、普通に考えると自殺志願者に見えるのだ。

 リタが、上目遣いでクリスを見る。

「クリスは、一緒に来てくれますよね」

「昨日も言いましたが、今更一人で行けとは言いませんよ」

 苦笑しながら、リタの髪をなでる。

 リタがくすぐったそうに身をよじる。

 一緒に温泉に入ってから、髪を撫でるのが癖になっていた。

 その上、毎日一緒に温泉に入っている。


 ――色々まずくないか。


 思わず自分の境遇を振り返って、どっと冷や汗が出る。

 ココとエーリカに勘弁してくれと言っていた自分は一体どこへ行った。

 ここ数日で女性としての振る舞いが更に身に付きつつあった。

 呆然としているクリスに髪を撫でられながら、リタが背伸びをして耳打ちする。

「実は、このホウロスにエルフがいるらしいんです」

 リタのさえずるような声が耳元で響く。吐息がくすぐったかった。

 動揺しながら言葉を紡ぐ。

「エルフ、ですか」

 エルフは長寿の種族で、姿は耳が長いという点を除けば人間に近しい。

 見目は麗しく、人間種と敵対していない数少ない種族の一つでもある。

「エルフが人里まで降りてきているというのは珍しいですね」

 敵対していない、というかエルフは人間の国家からさらに離れた森からでてこないため、そもそも接触自体が少ないのだ。

「でも、エルフがいれば話題にくらいは上がっているはずですが。どこにいるのですか」

「ここの憲兵に捕まっているらしいのです」

「エルフを捕まえるって、そんなことあり得るのですか」

 エルフは、この惑星に最初に生み出された三原種の一種族とされる精霊の末裔と言われ、総じて魔法などに長けている。

 そんな存在を地方の憲兵が捕まえて捕らえておける理由がわからない。

 牢屋を用意しても、魔法で簡単に脱出されてしまうだろうし、そもそも捕まえるのが難しいのだ。

「でも、そのエルフに仲間になってもらったら、迷いの森も抜けれると思いませんか」

 リタがそんなことを言う。

 その言葉には一理ある。

「人に協力してくれるかわかりませんが。でも、やらないよりはマシですね」

 そもそも一人も増えていないのだから、賭けてみるのもありに思えた。

「でも、どうやって牢屋から出すのですか。流石に脱獄させるのは駄目ですよ」

「それは――」

 リタが続けようとした言葉を、けたたましく開かれたドアの音が遮った。

 ギルドの入り口を見ると、大男が立っている。

 鎖が巻き付いた巨大な斧が存在感を放ち、毛皮のコートは高級品とわかる。

 取り巻きの男たちは、明らかに柄が悪すぎる。

「ビグナルディ……なんでこんなところに」

 隣の男がつぶやいている。名前を聞いて悪寒。

 パトリク・ビグナルディは、この街でかなり大規模に悪事を働いていると言われている。

 殺人、強盗は数しれず。冤罪などで他者を陥れたり、借金で首が回らなくなった人間を人身売買しているという噂さえあり、極めつけだった。

 しかも、本人は証拠不十分で、起訴すらされない。 父親がタチリスの有力者と言われており、地方憲兵も手を出せないのだと思われた。

 絶対に関わり合いになりたくない人物だった。

 ギルド長が前に出る。微妙に腰が低いのがわかる。彼でさえ、頭が上がらないのだ。

「ビグナルディさん、こんなところに来るなんて珍しいですね」

 ああ、とビグナルディは鷹揚に頷く。

「こんな湿気たところにくる予定はなかったんだがなあ。美人二人が旅の仲間を探してるって聞いて、ぜひこりゃ助けてやらんと思ってなあ」

 笑い顔が嫌すぎる。しかも美人二人ってそれ、

 ギルド内の視線がクリスとリタに集まる。

 ビグナルディが近づいてくる。

「なぁるほどなあ~、たしかに美人だこりゃあ」

 下卑た笑みに吐き気がする。この男がクリスとリタを見て何を考えているかなど、想像したくもなかった。

 リタを身体の影に隠しながら、ギルドの入り口に向かってジリジリと移動。

 屋内はまずい。

 だが入り口に陣取っているビグナルディの手下が邪魔すぎる。

「こんなところで冒険なんて夢を見ずに、男の上で腰を振っていたほうがお似合いなんじゃないかあ?」

 下卑た笑い声が充満する。

 血管がブチギレそうだが、無視するしかない。

 口を開けば罵詈雑言が飛び出そうだった。

 この手の輩は挑発して、相手に手を出させて正当防衛を主張する、もしくは賠償金などをふっかけるという手口をよくやる。

 相手に口実を与えてはならないのだ。

「こっちはお仲間探しの手助けをしてあげようって言ってんだ。礼くらいすべきなんじゃないかあ、あ?」

 じろじろと不躾な視線が、クリスの顔や、胸や、下半身に刺さる。気持ち悪すぎる。

 冒険者ギルドの他のだれも動かない。いや、動けないのだ。目の前の男の影響力を物語っていた。

 ぬっと背後から伸びてきた手が、リタに触れようとする。

 反射的に手が出ていた。

「リタに触るな!」

 手を弾かれた手下の男がわざとらしく地面に覆いかぶさる。

 骨が折れたわ、折れちまったわ~、などと言っているが絶対に嘘だ。

「俺の部下を良くも傷つけてくれたな」

 ビグナルディは不当な暴力で傷つけられた部下を守るボス、の体を取っているが、半笑いの顔ですべて台無しになっている。

 どう搾り取ってやろうか算段している顔だった。

「暴行罪に傷害罪の慰謝料に加えて、病院の入院費含めて十万ギル、払ってもらおうか」

 十万ギルといえば、一般的な世帯収入の数年分に値する。

 裁判もなしに法外な額をふっかけてくる事自体、馬鹿すぎると言いたいが、この男は恫喝や暴力で他人の人生を陥れてきたのだろう。

 つまり、この先に続く言葉も読める。

「と言いたいところだが、俺は慈悲深いので、」

「――決闘でもしろと?」

 まるで読めていたというように、強いて退屈そうに言う。

 会話の主導権を握り返したかった。

 出鼻をくじかれたように、ビグナルディはうなずく。

「そうだ、お前たちが勝てば、なかったことにしてやろう。だが、俺達が勝てば十万ギル払ってもらうぞ」

 ビグナルディがまるで譲歩したように言っているが、実際は違う。

 このまま決闘を承諾しなければ、普通に暴力の申立になるが、賠償金にしろまず通らない。

 だが、決闘を受けてしまうと、金銭の支払いが決闘の成約に基づいたものとなるため、法的拘束力を持つ。

 賠償金云々は全く関係がなく、ビグナルディはたとえ負けても失うものがない不公平な決闘の条件を、恫喝と暴力で錯覚させて成立させてしまうのだ。

 退屈すぎる手口だった。

 クリスがそのことを指摘すると、相手が引くかどうかは五分五分で、より怒らせてしまう可能性もあった。

 とりあえず不用意に決闘を受けない返事を考えつつ、

「受けましょう」

 ちょっと待て。

 依頼主が今、かなりいらないことを言った。

 幻聴だと思いたいが、クリスの隣でリタが胸を張っているのは幻覚ではない。

 ビグナルディの顔に会心の笑みが宿る。

「確かに聞いたぞ」

 唖然とした顔でリタを見る。

 リタが申し訳無さそうに手を合わせる。

 火遊び、というわけでもなさそうだが、意図が読めない。

 リタは馬鹿ではない、どころかクリスより聡明に思える。

 クリスが思いつく程度のことはわかるだろうから、この決闘の意味もわかっているはずだ。

 つまり、リタにはなにか思惑があるのだ。

「お嬢様のご希望なら、仕方ありませんね」

 ため息をつく。リタを信じることにする。

「決闘は外だ。ギルドには決闘場が併設されているだろう」

 多分訓練場のことだが、頻繁に決闘に使われてきたため、部外者には決闘場だと思われていることが多かった。

 剣を腰に二本指す。ずしりと重い。

 よく考えると女になって以来、実戦は初めてで不安が残る。

 だが、負けるわけにはいかない戦いだった。

次はどんちゃん騒ぎです。

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