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7. 出会い

 夜明け前の駅に蒸気と黒鉛を撒き散らしながら汽車が到着する。

 停車すると、少なくない数の人間がぞろぞろと開いた列車に乗り込んでいく。

 三等客室はただ四人がけの席が並んでいるだけのため、座り心地も良くなく薄汚れている。

 早く聖都から出たほうが良いという気持ちに押されて、汽車に乗り込んでしまった。

 クリスは席に座ると、ジェラルドから預かった封筒を開ける。

 そこにはクリスの聖王国から正式に発行されたクリスの身分を証明する身分証書と、ロティト枢機卿からの手紙が一通入っていた。

「クリスティア、か。またなんというか、気を使われている」

 苦笑が漏れる。

 書類を見ると、名前の欄にはクリスティア・カーキとなっている。

 縮めればクリスだから、配慮してくれたのだろう。年齢だけは一緒で、あとは全てデタラメの経歴が書いてあった。

 いや、クリスが実際にできることしか書いていないから、完全にデタラメとも言えない。

 身分証には、魔法と剣技に関する資格一覧が並んでいる。これがなければ、例えば剣などを所持していると逮捕されてしまう。

 身分証をしまい、次に手紙を開く。

 飾りと透かしが入っているのを見て、悪寒。明らかに面倒ごとの気配がする。

「見たくないな」

 言いながら開く。見たくないと言って本当に見ないと後で後悔する可能性があった。

『ケイアスのパーティーから離れるクリスくんに頼みがある。同封した写真の女性を護衛してもらいたい。彼女をできれば聖都まで連れ帰り、彼女がそれに反対しそうなら提案はせずに護衛してほしい。依頼や聖王国の介入は絶対に匂わさないようにしてほしい。彼女は今タチリスの街、イーツクに逗留している。もちろん報酬は払おう。前金として小切手も同封しておいた。君の好きなように使ってくれていい。それと、この手紙は開封後六十秒で自爆する。気をつけるように。――アンディ・ペドロ・ロティト』

 慌てて手を離す。

 六十秒、経っているはずだが、何も起きない。

 手紙からはらりと落ちた写真を拾う。裏を見るとこう書かれている。

『自爆は冗談だ。クリスくんはきっと引っかかってくれると思っていた』

 写真ごと引き裂いてやろうと思ったが、理性でぎりぎり静止する。枢機卿は暇人なのか。

 気持ちが落ち着くと、今度は薄気味悪さが目立つ。枢機卿は早くにクリスがパーティーを離れることを予測していた。だから、事前にジェラルドに封筒を預けることが出来た。昨日の今日で、身分証明書にしても動きが早すぎた。

 この依頼にしても、その予測の延長線上だと考えると、そのまま乗ることに疑念が募る。

 だが、

「乗るしかないかな」

 実質的な枢機卿からの直接の依頼で、断れるはずがない。前金まで押し付けられているということは断るという退路自体絶たれている。

「タチリスのイーツクか」

 タチリスはアーリア聖王国の北西にある隣国で、イーツクはその国境に近い一番大きな街だ。

 枢機卿が、わざわざ護衛を頼む程の人物、という時点できな臭すぎる。

 写真を見ると、十五歳前後の少女が笑っている。どこかの庭園で取られたようで、いかにもお嬢様といった雰囲気だ。

 白黒でわかりにくいが、恐らくブロンドの髪をしていて目を引くほどの美少女だ。

「イーツクまでは少なくとも二日かかるが間に合うのか」

 少女がクリスをわざわざ待っている理由がない。そして、居場所まで掴んでいるなら、自分で護衛をよこさない理由もわからない。

「とりあえず行くしかないか」

 暇つぶしのための本を開く。表紙には『術式構築の基礎と、その応用』と書かれていた。

 旅路は長いのだ。焦っても仕方がなかった。



「寒い」

 イーツクの駅を降りると、肌寒かった。道中、服を買い込む時間がなく、ココとエーリカに贈られた服を着ていたため周りから浮いて見えるほど薄着だった。

 駅のそばにある古着屋で外套を買う。後で、きちんと服を買い揃える必要があった。

「さて、お嬢様はまだこの街にいるのか?」

 写真などは荷物の奥にしまっておいた。依頼には悟られないようにと注文があったからだ。

 イーツクには冒険者ギルドがある。不特定の護衛などの依頼はギルドに集まりやすいため、まずはそこに行くことにする。

 冒険者ギルドは街の大通り沿いにある。三階建てのそれなりに大きな建物で驚く。冒険者ギルドは、時代の波に押されて次々と支部が閉鎖しているからだ。

 中に入ると、やはりというか閑散としている。

 冒険者ギルドが、名前の通りであったことなど、一部の時代の、一部の地域の話でしかない。人類未踏の領域が多数残っており、その最前線を支えていたギルドはまさしく冒険者ギルドにふさわしかった。だが大抵は、冒険者という名前に惹かれたならず者を集める傭兵斡旋所ないし、なんでも仲介屋で、ドブさらいなどもしていたような有様だった。

 そして、そのドブさらいですら、より効率的な金儲けをする企業に取られている。

 張り紙に出されている、依頼の少なさを見てもわかる。冒険者ギルドにいまだ依存しているのはそうしたインフラが整っていない辺境くらいで、かつて冒険者と名乗っていた人々は、国家や企業に雇われて姿を消しつつある。

「なにか御用ですかー」

 受付の女性が不景気そうな顔を隠そうともせずに言う。冷やかしかと思われたかもしれなかった。

 クリスは苦笑しそうになるのを留め、身分証を出しながら言う。

「仕事を探しているんですが、」

 言いつつ周りを見る。写真の少女、らしき人物はいない。一階に置かれた机の周りでたむろしている男が数人、

「無理に決まってんだろうが!」

 突然、頭上から怒鳴り声が響く。思わず見上げるが、木の天井しか見えない。

 受付の女性がまたかとでも言うようにため息を付く。

「どうかしたんですか」

「あー、護衛、というか道案内の依頼なんですが、かなり無茶な依頼らしいんですよね」

 女性が言いながら、クリスの身分証を見て目を丸くしている。

「魔法資格が七階位に剣士として三つの流派を収めてるって、」

 クリスを信じられないというように見ている。そこの実力については事実だった。

「あの、聞くだけでも良いんで、上で依頼内容を聞いてもらえませんか」



 階段を上がると、大柄の男と、少女が真っ向から言い合っていた。

 というか、写真の少女だった。

 かなりあっさりと見つかって拍子抜けする。

「だから、ビテリアス山脈を東に迂回して、さらにその北に抜けるなんて不可能だ! 途中には迷いの森とされるエルフの領域があって、そこを運良く抜けれても竜族の支配領域だぞ! 命がいくつあっても足りない!」

 付き合っていられないというように、男が手を上げる。

 荷物を担ぎ上げて、男たちが階段に向かう。そしてそのまま降りていってしまった。

 少女が一人、ぽつんと大きな机の前に座っている。

 顔には失望の色があった。

「どうしましたか」

 クリスは親切を装って声をかける。

 ばっ、と上げられた顔が、クリスを見て徐々に消沈していく。実物を見ると目の覚めるような美少女だった。不安げな顔すら庇護欲を誘う。

「えっと、あの、顔を見て落ち込まれても。何か気に触ることでもしたでしょうか」

「いえ、すみません。冒険者の方かと思ったので」

()()、冒険者ですよ」

 一人称を変えたほうが良いとココから言われたのを思い出して、とっさに変える。

 少女がまたクリスを見る。

「本当ですか」

「本当ですよ。証拠をお見せしましょうか」

 言いながら身分証を出す。少女はそれを受け取ると、目を通している。納得したように頷くと、決心したように言う。

「私は、リタ・シアノと申します。あの、不躾なのですが、私の依頼を受けてくださらないでしょうか。すでに何人にも断られていて、あてがないのです」

「まずは内容を聞かせてくださいますか」

「はい。私がクリスさんにお願いしたいのは道案内です」

 リタが机に広げられた地図に指を指す。

「私はここに行きたいのです」

 指された場所を見て、クリスの口から声が漏れる。

 イーツクの街から見て、更に北北西にあるその場所は、ドラケギニアと呼ばれている。正式な地名がわからないため、人類が勝手に付けた俗称だ。

「竜の、国とは」

 ドラケギニアは人類未踏の地で、竜の国と呼ばれている。誰も立ち入ったことがないため、周辺の正確な地理も、国の具体的な所在もなにもわからない。

 男たちが怒鳴っていた理由がわかる。ほぼ百%の確率でこの道案内は命を捨てる旅路となる。

「困惑はわかります。しかし、私はどうしてもここに行きたいのです。依頼料はいくらでも払います」

 リタが祈るように言う。

 クリスは冷静に指摘する。

「しかし、北に進めば現在竜やその配下である亜人たちとの最前線である北方戦線で、これを抜けることは出来ない。戦線を迂回しようにも、名だたる山脈が走っていて、踏破自体が難しい。西から行けば、巨人族との戦端である西方戦線のそばをすり抜けながらの移動で、危険すぎる」

 北と西と人類は戦線を抱え込んでいる。これに飛び込んでいくような形で竜の国を目指さなければならない。

「いえ、もう一つだけ道があります。北から一度東に迂回し、ビテリアス山脈の終端の横を通って北に抜けるのです」

「エルフの支配領域を抜けるという大問題がある、が、たしかにマシではある」

 クリスは嘆息する。

 マシ、というだけで十中八九ろくな目に合わない。死すら生ぬるい事態に遭遇しても不思議ではなかった。

 何が少女をそこまで駆り立てるのかわからない。

「行かない、という選択肢はないのですか」

「ありません。私は約束を果たさなければなりません」

 リタは聖印を強く握る。少女の意思は固い。最悪、この少女は一人でも行くだろう。

 そして、死亡か行方不明の報告だけが伝えられるのだ。夢見が悪すぎる。

 枢機卿の依頼は断れない。断っても死にはしないが、後々の影響を考えると、死に近い事になってもおかしくなかった。

「とりあえず、北の街であるホウロスまでは付き合いましょう。仲間探しも手伝います。その先は、その後で改めて契約する、ということでどうですか」

 表面上妥協点を探ったという格好を取っておく。

 ここですんなり受ければ怪しすぎるし、断れば、今にも飛び出していきそうだった。

 リタの表情が少し晴れる。

「はい、それでいいです。よろしくおねがいします」

 流されるままここまで着て、不吉な予感が的中している。

 後悔しても遅いが、後悔するしかなかった。

ヒロイン登場です。

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