5. 女性の作法
下町の宿屋と言っても、腐っても聖都の宿屋だ。
だから、内装は豪華で食事も美味い。そして高い。
灯籠亭の食堂は今日も賑わっている。それなりに格があるため食堂はレストランのようになっていて、最低限のドレスコードもある。
つまり、埃っぽい旅装のままとはいかないから、一度着替える必要があった。
服はココとエーリカが張り切って持ってきた服を着る。
割り切れているわけではない。
なんだかんだとクリスは十八年間、男という性別だった。それをいきなり、スカートを履けだの、髪を伸ばせだの、化粧をしろだのと、馴染めるはずがない。
だが、人に迷惑をかけないように普通を演じようとすると、やはり女性らしくするということはどうしても必要だった。
皆に迷惑をかけないためなら、スカートも履くし、髪も伸ばすし、化粧だってする。
「とか言って、楽しくなってきてませんか?」
「なってない!」
今日もココとエーリカが、クリスに教えながら化粧をする。クリスが女性になってから毎日、クリスに化粧と、女性の振る舞いを練習させるのだ。
「大声は、だめ」
エーリカが、諭すように言う。三つは年下の少女にたしなめられていた。
「でも、クリスさん、お化粧も上手になってますし、とっても綺麗です」
「ありがとう」
複雑な気分で礼を言う。
「あとは一緒にお風呂に入るだけですね」
「それは、ほんと、勘弁して」
いくら何でもそこまで開き直れなかった。純粋に罪悪感などの問題で、女性と同じ風呂に入るのは無理だった。ひどく罪深いことに思えるのだ。
「ココとエーリカは気持ち悪くないの? 僕が男だったのは知ってるでしょ」
「クリスさんはあまり男性を想起させる感じじゃなかったので……。――、あ、すいませんすいません」
「いや、いいんだよ。僕が男らしくないのは知ってたし……」
言葉とは裏腹に落ち込む。エーリカも似たような感じだから、二人からはまるっきり男性として見られていなかったのだろう。
だからこそ、パーティーとして成立していたとも言える。
過去数百年の冒険者稼業で培われた教訓の一つに、『パーティーで恋愛関係を作ってはならない』というものがある。
大抵の場合、人間関係がこじれてパーティーが崩壊するからだ。
だから、一般的には性別を男性か女性に統一して、そもそも恋愛関係を作らないようにする。けれどそうはならない場合もよくある。クリスたちのパーティーがそうだ。
そして冒険者のような普通の家族よりもよほど密接に苦楽をともにして、親密になるなと言う方が無理がある。
だから、そうした人間関係を嫌う人は頻繁にパーティーを変えるし、そうでなければ冒険者自体をやめて家庭を築く。
それができなかったパーティーは悲惨なことになる。人間関係がこじれにこじれて仲間内で殺し合いに発展した例すらあるのだ。
クリスたちのパーティーは、ジェラルドがすでに既婚者で、ケイアスは婚約者がおり、クリスの評価があれで、少女たちはまだ若すぎたからそうしたことになっていないだけだ。
このパーティー自体は、せいぜい続けられてあと数年だろう。
それより早くに、ケイアスの周りがうるさくなって解散することになるかもしれなかった。
そう、クリスがどんな決断をしようと、多分さほど変わりはしないのだ。
階段を降りて食堂に向かう間にちらちらと視線を感じる。
やけに見られている。
なにか変なところでもあったかと、クリスは自分の姿を見回す。
「どうしたんですか」
「なにか見られてる気がするんだけど」
「「あー」」
二人で勝手に納得しないでほしい。
「気にしなくて良い。行こう」
エーリカがクリスの手を引く。
クリスとココとエーリカは服のコーデを揃えていた。
季節は初夏だから、涼し気なワンピースの上にショールを羽織っている。色とアクセントを変えて、まるで仲の良い三人姉妹のようだった。
食堂に入ると、すでに奥の席にジェラルドとケイアスが座っていた。
ケイアスもこちらを見つけて手を振ろうと上げた腕が、時間でも停止したように固まっていた。
ジェラルドもクリスたちを見て目を丸くしている。
「どうしたんですか」
「驚いた」
ジェラルドが言った。ケイアスに至っては反応すら返さない。クリスのことをじっと見つめている。
「どうですか、私達のコーデは」
「いや、すごいな、尊敬する」
「私としても会心の出来です」
ココが薄い胸を張る。魔法を褒められているときより、よほど誇らしそうだった。
「ケイアス、はどう」
エーリカが聞くと、まるで今気づいたとでも言うように口を開く。
「えっ、ああ、綺麗だ。すごく綺麗だ」
綺麗だ綺麗だと言いながらケイアスの視線がクリスから外れない。
明らかに様子がおかしい。
「ケイ、ココとエーリカもかわいいよ」
二人を抱き寄せる。きゃあ、お姉さまとか言いながらよってくるココはノリがいい。
ケイアスの視線がココとエーリカにも行って、幾分かマシな顔になった気がする。
「ああ、かわいいな。どうしたんだ、その服」
「エーリカちゃんのお姉さんが買っておいてくれたんです」
「電信って便利」
この娘たちは多分、クリスが女になってすぐに連絡したに違いない。電信は一本でもそれなりの料金なのだが、三人分の服を買うためだけに使ってしまうあたり少女の金銭感覚が不安になる。
そんなことを話していると、給仕がやってきて前菜を置く。
この食堂は夕食はコース料理だ。
客層が観光客に絞られているがゆえの内容だった。
だが、聖都に帰ってきたときはこの宿にするというのがずっと続いていた。
五人で会話をしながら食事に舌鼓をうつ。
ジェラルドは一度、家族のもとに戻るという話をしている。
「一週間くらいしたら戻ってくる。流石に娘も幼いから心配でな」
「私も一回教授のところに行かないと行けないので……。論文書けってうるさくて」
ココがげんなりしたように言う。
「私は実家」
聖都に実家があるエーリカが言う。
「俺は、まあ、色々だな。次集まるのは一週間後くらいか。……クリスはどうするんだ」
ケイアスが、酒の入ったグラスを傾けながら言う。
クリスはためらうようにその言葉を口にする。
「僕は、パーティーを抜けるよ」
ケイアスの顔が固まった。
いつ君は~タイトルを回収するの~♪




