39. ハレーブでの謁見
ハレーブの首都であるナレスの駅に着くと、王家の近衛と軍の歓迎が待っていた。
「お待ちしておりました、リタリア王女殿下。近衛隊の総隊長を任されております、ヴァスコ・ヴィセンと申します。国王陛下より殿下の護衛を承っております」
「国王陛下のお心遣いに感謝を。お願いできますか」
「はっ」
クリスはリタの後に続いて馬車に乗り込む。
リタの騎士として叙任されたのが汽車の中だから、その後の事情の説明が少々面倒だった。
ケイアスとリタに口裏を合わせてもらって、もともとクリスはリタの騎士に内定していたのだと言うことにしてもらった。
いかにも苦しい。
リタの騎士になるまでの経緯が完全にアドリブなせいで、色々とボロが出まくっていた。
そもそもあの展望室の件が予定にはないことだった。
まあこれで怪しまれていないというのは楽観が過ぎるし、メイドのミアの物分かりが妙にいいのも気にかかった。
「ケイに口添えしてもらった効果かな」
勇者の信頼のおかげという気がした。
リタが最初からクリスに信頼を寄せているのも、それを後押ししたのだろうか。
でも、
「ミアさんには絶対バレてるよなあ」
汽車の中でも挨拶はしたが、どう考えてもリタとクリスの関係を察している様子だった。
同性愛なのだが、彼女の倫理観に照らして大丈夫なのだろうか。
聖王国に密告とかされようものなら笑えない。自分がリタの足を引っ張ってしまう。
どうにかする必要があった。
「クリスから見て、この国はどう見えますか」
リタがクリスの袖を引っ張って聞いてくる。
馬車にはクリスとリタと、近衛の兵士が一人乗っている。
リタの言葉に兵士が少し眉を上げたのが見えた。
「窓から覗いただけで、どれほど分かるか、という気はしますが」
見れば発達した都市だと分かる。
基本的に人類諸国のそれぞれの街の景観は大きな地形の違いなどない限り、さほど変わらない。
文化もほとんど聖王国がその出自で、三千年間人類はそれに啓蒙されている。
「豊かな国に見えます。治安の良さも伺えます」
「ハレーブはその豊かな資源と外交努力で、西方のまとめ役となっています。今の国王陛下が相当な労力を支払われたのだと聞いています」
だからこそ、この国に聖王国とて配慮する。
聖王国の王族というカードを切ってでも、西方戦線を支えてほしいのだ。
「それでも戦争の影を感じずにはいられません。若い男性の方が少なすぎます」
リタが兵に聞こえないように小声で言う。
兵を徴発しすぎて、男性の数が足りていないのだ。
そしてそれをさせたのは聖王国だ。リタの言葉を聞けば、どの口が、という気分にもなるだろうから、声を潜めたのだ。
「ケイが戦線に加われば、西方を終結させられると思いますか」
「おそらくはできるでしょう。ですが、」
リタは兵士の様子を気にしているようだった。
「この話は、二人きりになれたときにしましょう」
リタが唇に手を当てて言う。
その仕草も随分と可愛らしい。
「わかりました」
思う。
騎士という立場は冒険者とは随分と違う。
そして勇者の供回りともやはり違う。
ケイアスは補佐を必要とはしていたが、守られる存在ではなかった。
むしろクリスのほうが守られることも珍しくはなかった。
だが、騎士ならば、クリスは絶対にリタを守らなければならない。クリス自身の立ち回りも変わるのだ。
学ぶべきことが多いが、その機会もない。
――騎士コース受講しとくべきだったかな。
かつて、ケイアスが勇者となったときに誘われたことを思い出して微妙に後悔した。
だが、将来こんなことになることなど、予想が着くはずがない。
未来のことなど誰にも分からない。
「こちらでお待ちいただけますか」
ハレーブの王宮について早々に、王への謁見を願われてリタとクリスは謁見の間の前まで通された。
一行の中で、リタとケイアスが主賓で、その供回りの何名かが同席することを許された。
流石に供回りとて旅装とはいかないようで、正装に着替えさせられる。
今まで女性の騎士としての正装を着たことがなかったから、落ち着かない。
女性でもスカートを履かせないのは、実用上の問題のほうが大きいのだろう。
「似合ってますよ」
「ありがとうございます」
リタに褒められて少し気分が良かった。
「茶くらい出してくんねえかな」
「たいして時間がかからないってことでしょ」
それくらい待て、と思う。
「そう思って、一時間以上待たされたことが何回あった」
「アレは聖王国だからでしょ……」
勇者をそこまでぞんざいに扱えるのは、聖王国くらいだ。
他の国では大抵過剰な程の待遇を受ける。
勇者の機嫌を本気で損ねたら、国が滅びかねないからだ。
大体が危険物のような扱いだった。
その上、今日はリタもいる。他の案件を全て押しのけてでも対応するはずだった。
「ほら、もうきたよ」
見れば、先程まで先導してくれていた近衛の隊長がこちらに歩いてくるところだった。
「おまたせしました、王がお待ちです」
過剰に大きな扉が両脇に立つ二人の男に押し開かれる。
両脇を見るとずらりと人が並んでいる。ハレーブは王政だが、貴族制度は随分と前に廃止している。
それに王政は王政でも、大半の力が議会にある。
一昔前の絶対王政ではなくなっているから、ここにいる人間はこの国を支える王族や中央官僚といった有力者たちだ。
全員が静かに、しかし値踏みするようにクリスたちを見ている。
「拝謁を賜りましたこと、感謝致します。ハレーブ王陛下」
リタがそう言って叩頭する。
「お初にお目にかかります、リタリア・ディ・アダスン・アーリアです」
「遠路はるばるよくぞ参られた、王女殿下。余がセルヴァトーレ・キン・ハレーブである」
玉座に座る男の顔は皺が刻まれ、老いが現れているのに鋭い眼光をたたえている。
その金の髪とひげはよく手入れされているのがこの距離からでも見て取れる。
体つきも五十を超えているとは思えないほど、しっかりとしている。
「此度の使節、誠に感謝している。前線の兵も勇気づけられるであろう。ついては、後に時間を取り、施設訪問の予定を協議させていただきたいと思うがいかがか」
「承知いたしました。何時頃がよろしいのでしょうか」
「余から使いを出し、追ってお知らせする」
二人共、あくまでこれは使節という建前を崩さない。
傍から聞いていると本当に婚姻の話などあったのか、という気になる。
それともいまここでその話を聞かれることがまずいのだろうか。
「それと、こちらの方も紹介させていただけますか」
リタが手を隣に向ける。
ケイアスがそれに合わせて一歩前に出る。
「オムニキスを継承しました、ケイアス・オムニキスと言います。以後お見知りおきを」
「オムニキスの勇者の評判はこの西の果てにも届いている。五百年ぶりのオムニキスの勇者は、その名に違わぬ実力だと」
「私だけの功績ではありません。ここにいる仲間の支えがあってこそです」
「随分と謙虚な方のようだ」
セルヴァトーレ王が苦笑している。
勇者にどういうイメージを持っているのだろう、と思って、西方に来ているのがイースティティアだったことを思い出す。
クリスは一度しか会ったことがないが、王の心境を思えば苦笑したくなるのも分かるものだった。
「オムニキスにも、今後の予定を調整させていただきたいのだが、どうだろうか」
「承知しました。ご随意に」
「世話をかける。では、本日は、これまでとさせていただきたい。それぞれ、部屋を用意させていただいた。長旅の疲れもあるだろうし、ゆっくりくつろいで欲しい。何か不便があれば、この者に言いつけてくれ」
隣で、紳士服の男性が頭を下げる。
多分、この王宮の侍従長か誰かだろう。
その男に先導されて、謁見の間を後にする。
「やけにあっさりと終わりましたね」
小声でリタに言う。
「そうですね、もう少しなにかあると思ったのですが。この後が本命かもしれません」
リタがそっと後ろを伺い見る。
そこには、謁見の間に残っている人々が見える。
「つまり、彼らには聞かれたくない内容ということでしょう」
だが、婚姻の話に聞かれたくないもクソもないように思う。
いざ婚姻を結べばそれを知らせないほうがおかしいのだから、今言っても変わらない。
というか事前に周知していないほうがおかしい。
「王はそもそも最初から私と結婚するつもりなどあったのでしょうか」
リタのつぶやきは小さすぎて、隣に立つクリスがかろうじて聞き取れる程度だった。




