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38. 叙任

「昨夜はお楽しみでしたね」

 ケイアスの言葉にぶっ、とクリスが紅茶を吹き出した。

 リタも身体が固まっていた。

「な、ななな、何のこと」

「隠し事が下手すぎんだろ」

 ケイアスが呆れたように言う。

 クリスは精一杯とぼけたつもりだったが、幼馴染にはまるで意味がないようだった。

「つーか一応護衛なんだから、気づくに決まってんだろ」

 ケイアスが頭をかきながら言う。

 あー、と頭を抱えながらリタを見る。

 真っ赤にした顔をうつむかせてプルプル震えていた。

 他の仲間達の様子を伺うと、ジェラルドはただ頷いているし、エーリカは目が合うとふっと小さく笑う。

 ココだけがよくわからないというように首をかしげていた。

 あー。

「どうして止めなかったの」

「俺は馬に蹴られたくねえ」

 ケイアスはひらひらと手を振っている。

「どうかご内密にお願いします」

 言いながら朝食のベーコンをケイアスの皿に移す。

 我ながら安すぎる賄賂だった。

「おう」

 かけらの遠慮も見せずにケイアスがフォークにベーコンを突き立てて、口に運ぶ。

「で、どこまで行ったんだ。AかBかCか」

「どこにも行ってないよっ。っていうか、そのえーとかびーとかしーって何」

「あー、俺の故郷の古い例えだ。まあ、段階の例えってだけだから、気にすんな」

「段階!?」

 親友のデリカシーがなさすぎて笑えなかった。

 クリスの様子にジェラルドが爆笑していた。

 こころなしかエーリカも口元が震えているような気がする。

 リタは完全に顔を伏せてしまっていた。

 ココだけが話についていけずに頬を膨らませていた。

「皆さん、食事中ですよ。それに何の話をされているんですか」

「いや、悪い、静かにするよ。あとはクリスに聞け」

 適当なことを言うケイアスをにらみつける。

 クリスの視線を感じてもどこ吹く風といった様子だ。

「まあ、でも、どうするかまじでちゃんと考えとけよ。時間はそんなにねえぞ」

 それに俺が助けられる話でもないしな、と言ってケイアスは席を立つ。

 ハレーブに着けば、リタは婚約者として王宮にいることになるだろう。

 クリスはあくまで勇者の供回りだから、一緒にいれる時間は殆どない。

「分かってる……」



「恥ずかしい……」

 リタがベッドに突っ伏してうめいていた。

「リタ、皺になりますよ」

 クリスがリタをベッドから抱き起こす。

 リタのメイドはクリスが訪れるとニッコリと笑って、

「ごゆっくり」

 と言って主人を置いて外に出てしまっていた。

 多分、完全にバレていた。

 それをリタも察してこうして今クリスの腕の中で悶えている。

「密会じゃなかったのですか」

「私もそう思っていたのですが」

 苦笑するしかない。

 リタが不満そうに、クリスを見上げていた。

「その口調」

「? はい、何ですか?」

「どうして敬語なのですか」

 リタの頬がぷうっと膨れている。

 可愛い。こういう小動物がいた覚えがある。

「どうして頬を突っつくのですかっ」

「いえ、柔らかそうでつい」

 ぷうっとまた膨れてしまう。

 こうしてみると、リタはまだ子供っぽいところがある。

「どうも私はリタの前では女性でいたいようです」

「何の話ですか」

「ただ、私は女性言葉で離すことに違和感があります。敬語が一番それらしいのでこうして使っています。ケイや仲間に対する言葉がああした感じなのは、彼らの前では男の方が自然に感じられるからでしょう」

 むう、とリタが納得しきれないというように唸る。

「でもリタが口調を変えてほしいなら、変えますよ」

 リタの肩に頭を乗せる。

 彼女の髪から柑橘類のようないい匂いがした。

 くすぐったそうにリタが身を捩る。

「惚れた弱みです」

 首筋でささやく。

「クリスは本当にたらしですよね。それで今までどれだけの女性を泣かしてきたのですか」

「いえ、そうしたことにはとんと縁がない生活を送ってきましたが」

 リタが半眼でクリスを見ていた。

 明らかに信じていない風だった。

「本当ですよ」

「そうしてわざわざ付け足すところが怪しいと思います」

 頭をかこうとしてやめる。この姿でやるのは流石に格好がつかなさすぎた。

 こういうところに男性の仕草が出てしまうから、強いて女性でいようとすると言葉遣いからしっかりしておいた方がいいと思うことが多い。

「私は男性のときこんな美形ではなかったんですよ」

「顔の話はしていません。いえ、クリスは美人だと思いますがそういう話ではなく」

 思い返しても、そうしたことはなかったように思う。

「冒険者のよしみで一緒に買い物に行ってほしいと言われたことはありますが」

「デートじゃないですか!」

 リタがベッドの上で立ち上がる。

 やたらと柔らかく出来ているから、バランスを崩しそうになっている。

「リタ、危ないですよ。それにその後誘われることもなかったですから、特別なことはなかったのですよ」

 リタがクリスと向い合せになるように、クリスの膝の上に座る。

「座りにくくありませんか」

「いいのです、これで」

 やたらとリタの顔が近かった。

 傍から見たらこれはなかなか恥ずかしい光景なのではないかと思う。

「このまま押し倒してしまえそうですね」

「いいですよ」

 冗談のつもりで言ったのに思わぬ言葉が返ってきて息が詰まる。

 リタの赤い顔があった。

 明らかに誘われていた。

「惚れた弱みです」

 リタの腰を掴む。

 そのまま、くるっと反転させて、膝の上に乗せる。

「え」

「流石に昼間からというのはまずいと思います」

「もう」

 ――頑張った、耐えた、耐えきった。

 どっと疲れたような気がした。

 不意討ちのように見せるリタの感情に振り回されていた。

 ただ、それも楽しかった。

「リタもたらしですよね」

「面白くない女だと思いませんか」

「リタは出会ったときからずっと可愛かったですよ」

 クリスがリタの前に回した手を、リタが握る。

「クリスのような勇者の前衛を務めるような冒険者を、周りの女性が放っておくはずないでしょう。将来が約束されている以上に、既に成功しているようなものですよ。運が良かっただけです」

 ブツブツとリタが何かを呟いていた。

「何ですか」

「クリスが知らなくてもいいことです」

 よくわからない。

 ただ不機嫌そうではなさそうだったので、深く追求しないことにする。

 うっかりやぶ蛇ということもある。

「リタ、少し真面目な話をしても良いでしょうか」

「はい」

 ケイアスに言われたことが気にかかっていた。

 クリスにも、リタにも時間がないのだ。

「リタは今回の婚姻のことをどう思っていますか」

「クリス、それは流石に怒りますよ」

「いえ、はい、試すようなことを言ってすみませんでした」

 怒られて当然だった。

 だが、ここできちんとリタの気持ちを聞いておかなければ次に進めない。

 今回の婚姻は政治的な問題をはらんでいるため、単純には解決しない。

 ただ、

「どうやったら婚約そのものをなかったことにできると思いますか」

 クリスは婚約そのものを無くすことはできるのはないのではないかと思う。

「向こうから断ってもらう、というのが一番穏当です」

 リタがクリスの腕の中で言う。

「ただ、この話はハレーブからいい出したことらしいので、そう誘導するのは少々骨が折れます」

 異国の地でそんなことができるのか、ということだった。

「そもそも今回の話はわからないことが多すぎます。ハレーブが婚姻の話を進めている割には、今回の私の訪問の表向きの理由は慰問としての使節です。本当に進めたいなら、婚姻としてしまえばよいのに、この表向きの理由もハレーブからの提案だそうです」

 本当によくわからなかった。

「聖王家の血を入れること自体、問題をはらみすぎていて、これほど汲々に決められるようなことではないはずです。うっかりすれば西方戦線どころか、ハレーブの王家が割れて内戦となりかねません」

 リタの考える懸念は的を得ているように思えた。

 今回の婚姻そのものが不自然だった。

「私はむしろハレーブについた途端、婚姻を出汁に彼の国の政治問題に巻き込まれることを懸念しています」

 表情は見えないが声は悩ましげだった。

「彼の国の王はそろそろ次の王を指名する年齢です。そんな方が私を妻に迎えるということは、聖王国を介入させて継承権問題を穏当に着地させることを狙っているのではないかと疑っています」

 はあ、とリタがため息をつく。

「そんなことで結婚させられてはたまりません。先回りして継承権問題を解決して、婚姻そのものを無くしたいと思っています。結婚する理由が無ければ、そのまま立ち消えになるでしょう」

 もちろん、これはリタの予想でしかない。

 ただ、クリスはリタを信じると決めた。そして、リタの味方でいると決めた。

「わかりました。ところで、私はケイのパーティーを抜けて、リタの側にいたいと思うのですが、どうでしょうか」

 驚いたようにリタがクリスを見ている。

「リタの騎士はまだいませんよね。王族の方は何人か自分の騎士を叙任できる権利があると聞いたのですが」

 つまり、自分の信頼できるものを側に置くための制度だ。

 今でこそ時代遅れに感じるが、かつては必要なものだったのだろう。

「昔の風習ですよ」

「でも、出来ますよね。騎士なら、貴女のそばにいれます」

 というか、ハレーブまでにそれらしい立場を確保しようとすると、それしかない。

「勇者の前衛という立場を捨てるのですか。私の護衛など、名声としてはたかが知れていますよ」

「それはクリス・サーガルという男の話で、彼は重症を負って田舎で療養中です。クリスティア・カーキという女には関係のない話です」

 そう言って笑う。

「それにケイにはもう話してあります」

「オムニキスには借りばかりが出来ますね」

 リタはクリスの膝の上から立ち上がると、ベッドから降りる。

「儀仗剣もないので、クリスの剣を貸していただけますか」

 リタにクリスの剣を渡すと重さに顔をしかめていた。

「略式もいいところですが、まあいいでしょう。そちらにひざまずいていただけますか」

 言われるままにひざまずく。

 右肩に重い感触が乗った。剣が腹を向けて肩に乗せられている。

「クリスティア・カーキよ。貴女の命は何に捧げる」

 本来、台本があるはずの儀式なのだろう。それをリタは事前に言わなかった。

 これはリタから、クリスへの問いかけでもある。

「リタリア様、貴女に捧げます」

 剣が今度は左肩に乗った。

「貴女の使命は」

「貴女と共にあり、貴女を支えることです」

 剣が離れた。

「クリスティア・カーキ、貴女を我が騎士に任じます。励みなさい」

「ありがたき幸せ」

 剣が床に置かれる。

「クリス、顔を上げてください」

 言われて顔を上げる。

 リタがひざまずいていた。

 そのまま唇を奪われる。

「むぐっ」

 し、舌、舌がっ。

 がっちりと顔を手で掴まれていて離せない。

 この細い腕のどこにこんな力があるのか。

 何分そうしていたか分からない。

 リタがクリスの顔から自分の顔を離した。

 自分と、リタの間にかかった唾液がひどく淫靡に映った。

「クリスがひざまずいているのを見て、興奮してしまいました」

 リタがそう言いながら自分の唇をなめる。

 クリスは自分のほうが歳上なのに、あわあわと口を動かすことしか出来ない。

「その指輪がクリスが騎士であることを証明してくれます。指輪の裏に私の名前が刻まれています」

 いつの間にか、右手の中指に指輪がはめられていた。

「リタ、あの、これ、」

「何ですか、クリスの命は私のものなのでしょう」

 有無を言わさない口調だった。

 普通、右手の中指に嵌める指輪は婚約か結婚指輪だ。騎士の指輪のようなものは、剣の握りが甘くならないようにと左手に嵌めるのが慣例だった。

「いえ、嬉しいです。いずれ、私からも渡します」

 そう言って微笑む。

 リタの目が怪しく輝いた。

「続きをしましょう」

「はい?」

 リタがクリスの身体に抱きついてくる。

 かと思うとそのままベッドに押し倒された。

「あの、リタ?」

「クリスが悪いのですよ。貴方がそんな顔でそんなことを言うから」

「えっと、落ち着きましょう」

「黙ってください」

 また唇を塞がれた。

 最近わかったことがある。

 こうなったリタはてこでも動かない。

むちゃくちゃスラスラ書けました。


ところでコレくらいならなろうの規約には引っかかりませんよね? よね?

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